2017/8/4  0:04

考え抜くという喜びについて  2017年

夕刊で、ファッションデザイナーの鳥居ユキさんの連載が始まった。
今もなお世界の第一線で活躍を続ける人の話は、
昔話であっても活きがよくてカラフルで楽しい。

その中で、印象的なくだりがあった。

「『創造とは、悩むことではなくて、考えること』という
(文化学院院長・西村伊作先生の)教えは今でも大切にしています。ー中略ー
 ショーの準備で、本当にあれやこれやと迷うけれど、
 考え抜くことが大事なんですよ。その先で、光を見つけたときの楽しさ。
 他ではなかなか代えがたい喜びですね」(8.28 朝日新聞夕刊「語る」より)

考え抜くこと、その先に光を見つけること、その喜びを体験すること。

実はこれこそが人の進化を促す生き方だと聞いたことがある。
その生き方をしていると、使われていない脳の部位まで活性化されるらしい。
そうして人は本来の完成形へと向かうことができるという。

しかしこの際、脳の活性化云々は置いておいてもいいだろう。

考え抜くこと、その先に光を見つけること、その喜びを体験すること。

私たちの人生にはその醍醐味が存在するということ。
まずはそれを心に留めたい。

2017/8/2  16:47

祈りの力  2017年

その人は言葉を発することもできなければ、
思うように体を動かすこともできなかった。

出産時のトラブルがその人の肉体に尋常ではない制限を与えたのだ。
結果としてそれが、その人をその人たらしめた。
人によっては不運にしかなりえなかった事態を、
本人と周りの必死かつ地道な努力によって、
かけがえのないギフトに変えたのだ。

その人の中には神聖幾何学模様で彩られる宇宙があった。
借り物ではない、無限の叡智があった。
あらゆるものに寄り添う慈愛があった。
人の本質を否応なく引き出してしまうユーモアがあった。

この地球では、叡智も慈愛もユーモアも、
分かち合われてはじめて花を咲かせ実をつける。
言葉を発せないその人は、苦労の末に見出された
ごく限定的なコミュニケーション手段を使って、
自らの宇宙を惜しむことなく分かち合う。

どういう流れだったろう。
インタビューの最中に、頻発する昨今の自然災害に話が及んだ。
もしかしたら人類の覚醒と自然災害との関連について聞いたのかもしれない。
当時のスピリチュアル界には、
「膿み出し」「浄化」といった言葉を使って
自然災害を理解しようとする風潮があった。
「カルマ」や「同意」といった言葉を使って、
自分のやわらかい部分に触れるのを避ける傾向があった。

その人は言った。「僕にできるのは、ただ祈ることだけです」
自然災害のニュースが画面に流れるたびにそうするという。

言霊を発するその人は、
誰に教わることなく祈りの力を知っているのだろう。
この宇宙が祈るに値する力を持つことも知っているのだろう。

祈りを見くびってはいけない。
宇宙を見くびってはいけない。

この地球には迷信やファンタジーとして
真実が歪められて伝わることが往往にしてあるが、
その人の佇まいは、祈りと宇宙の真のありようを見せてくれた。

今も変わりなくその人は周りの愛する人たちに、
その叡智と慈愛とユーモアを分かち合っていることだろう。

2017/8/1  18:30

覚者の話ー祈り  2017年

現代人に一番思い出してもらいたいのは祈りの習慣です、と覚者は言った。
祈りとは、自分の思いを高次に届ける方法にほかならない。

最初は、言葉にしないで祈るのがいいという。
言葉にする前の思いをそのまま届ける。

なぜ、言葉にする前の思いなのか。
人の脳は往々にして思いを誤変換して言葉にすることがあるという。
そうすると、心にあるものとは別のものが発される。
現代人の祈りが届かないのはそこに理由があるらしい。

でも、高次なるものはすべてを知っているはずだから、
多少、言葉を誤変換しても、
私たちの真意を理解してくれるものではないか、
祈る以前に私たちの真意を汲んでくれるものでなないか、
といった甘い期待を私たちは抱きがちだ。
しかしこの宇宙には、
祈りは発せられてはじめて機能するという仕組みがある。
そうでなければ私たち一人ひとりがが存在する意味がない。

祈る際には、対象は決めずにおくのがいいという。
具体的な対象を決めてしまうと、
自分ワールドの閉じた箱庭で祈りごっこをすることになる。
具体的な対象というのはまず間違いなく、
自分のマインド次元の産物にほかならないからだ。

祈りをマインド次元の外にひとまず出せれば、
高次に届く可能性が生まれる。

そうやって思いを届け続けていると、
やがて思いを言葉にすることができるようになる。
そうしたら、思いを言葉に乗せて祈る段階の始まりだ。

そのとき言葉は言霊になる。

遠い昔、言葉が生まれた頃、
人の発する言葉はすべて言霊だった。
思いと言葉が直結していた。

現代人は、思いと言葉が直結する以前に、
自分の思いをキャッチできていない。
ベールの厚いこの世に生まれ、
自分ではないものを次から次へと取り込むうちに、
どれが自分のもので、どれが自分のものではないかが
わからなくなってしまったのだ。

そんな私たちがやらなくてはならないのは、
自分の中から自分以外のものを外していって、
もともとの自分のもので生きていくこと。

思いを祈りにするという行為は、
自分の思いを知る行為でもある。
思いがありのままの宇宙に届き始めたら、
宇宙はありのままを開示し始めてくれるだろう。

そのとき、私たちは宇宙と共振しながら、
真の意味の人間として第一歩を踏み出す。

果たして、今から始めて
それを体験する日は本当にやってくるのか?
しかし始めなければ永久にその日は訪れない。

埋もれさせてしまったもともとのものを
再び自分の中に取り戻さなければ、
私たちは生まれることすらできない。

2017/7/31  20:27

龍神の教えー神様へのお願いの仕方  2017年

ラジオ体操が終わると、
子供たちが我れ先にハンコを目がけて走り出す。
なるべく目立たないように(参加カードを持つ大人は少ないのだ)
その後方に並んで今日の日付にハンコを押したあとは、
家とは逆方向に歩き出し、近くに神社までお参りに行く。

神社と仲良しになれるようアプローチを始めたのはつい最近だ。
龍神の本でようやく神社が身近な存在になった。
しっくりきたのだ。

仕事柄、神社にまつわる話はよく耳にしていたし、数年前には、
霊能者の神社解説本のゴーストライターを務めたこともある
(残念ながら諸々の事情により陽の目を見ることはなかったが)。
それでもピンとこなくて、ピンときていないのに
ご利益だけを求めにいくのは神社に失礼な気がした。
それが一転、機会があれば足を運ぶ場所になったのだ。

そういえば小学生の頃、
コックリさんをやっている最中に指を離してしまい、
仲の良かった友達と二人で夕闇に沈むその氏神神社を訪れ、
立て札にある「みそぎたまえ、はらえたまえ、……」の文言を唱えて、
コックリさんの怒りが収まりますようにと手を合わせたことがあった。
真っ暗で中が見えない拝殿や、狛犬の陰や、そこらへんの草叢に、
何かが潜んでいるようで内心ドキドキだった覚えがある。
友達がいたので平気なふりをしていたけれど。
ご多聞にもれず、当時、目に見えない存在は恐れの対象だった。

龍神の本には、正しいお参りの仕方が載っていた。
鳥居を通るときの作法、手水舎でお浄めをする方法、
お賽銭の額、二拝二拍手一拝の作法、
といったものはだいたい知っていたが、
肝心の神様への祈り方というのは、初めてだったかもしれない。

祈る前に、祀られている神様の名前を知り、
どんなご利益があるかを知る。
二拝二拍手して手を合わせたら、
自分の名前と現住所と生年月日を告げる。
それから自分の願いを言葉にして伝えるが、
できればこのとき口に出して言うのがいいという。

おそらくそれが神様にお願いする
世間一般的な礼儀作法になるのだろう。

“にわか”参りに通うなか、4人の“にわか”顔なじみができた。
一人は、ガッチリした体躯で、
目を合わせて「おはようございます」と挨拶を交わす年上の男性。
スポーツウェアに見える格好は、ジョギングがてらの参拝か。
一人は、どこからともなく自転車で現れ、
神社の駐車場に駐輪する、ひょろっとした痩せ型の男性。
淡いブルーのチェック柄の綿麻と思われるシャツを着て、
参道をすれ違うとき挨拶を交わすも、目線を合わせることはない。
一人は、やはりどこからともなく自転車で現れ、
参道を通らずに境内の端っこに駐輪する、
やはりひょろっとした男性。野球帽をかぶり、やや若い。
初日に会ったときは、鳥居脇の草むらからヒョイッと現れ出て、
不審人物? 挙動不審? と思わなくもなかったが、
後日そこには小さなお稲荷様が祀られていることを発見。
もしかしたらこの神社のある意味ツウかもしれない
(オタクっぽい雰囲気はそのせいか?)。
しかしいまだ一度も挨拶を交わすに至らず。
最後の一人は私同様、
ラジオ体操帰りに立ち寄るシルバーの女性。
おそらく4人の中では一番の年上になるだろう。
手水舎でお浄めをすると、参道まで行かずに、
境内の中に設えられたもう一つの鳥居の前で
パンパンっと二拍手して手を合わせる。
毎回、私より先に到着していたが、ラジオ体操最終日には、
私がお参りを済ませて鳥居を出ようとするところで到着。
にっこり笑って、「おしゃべりしてきちゃったから」。

この4人の面々は、これからも早朝参りをするのだろうか?
果たして私は?

鳥居をくぐるときの拝礼も、
拝殿での二拝二拍手一拝も堂にいった頃、
私は礼儀作法とは別の次元の祈りに出会うことになる。

覚者が教えてくれた祈りの方法は、
龍神が教えてくれたものとは別次元のものだった。

2017/7/30  18:34

もしラジオ体操が……  2017年

すぐ裏手の公園で町会主催のラジオ体操が始まった。たったの10日間。10日間だったら皆勤賞を狙えるかなと、朝の5時半すぎに起きて、6時半からのラジオ体操に参加する毎日が続いている。みんなでやるラジオ体操に参加するのはいつ以来ぶりだろう。ハンコを押してもらうカードを首に提げて参加した記憶はあるが、果たしてこの公園だったのか?(参加するとしたらこの公園以外にないのだが) 小学生の頃、朝とはいえ夏の暑い盛りにドッチボールチームの練習に参加して、めまいで目の前が白黒画面になって点滅し始めたのは確かにこの公園だったから、きっとそうだったのだろう、と、遠い記憶の糸を手繰り寄せて思い出す。いささか実感が足りないけれど。

放送が始まる時刻になると、町会の体育部という名の役員の比較的若手部員が、前方横一列に並ぶ。そこを円の直径に見立てて、緩やかな半円状に参加者が広がるが、多いとは言えない人数の中で、パーセンテージを占めるのは、小学生とシルバー世代。ラジオから音楽と号令が流れ始めると、みんな一斉に体を動かし始める。当たり前といえば当たり前の光景だが、多少の型崩れはあるにしろ、全員が動きを知っているという事実に驚愕する。これだけの年齢幅がありながら、みんながラジを体操を知っている。なんだかすごいなあ、と感嘆の思いを抱きつつ、私もその一員になる。

参加カードの記載によると、ラジオ体操は1928年(昭和3年)にかんぽ生命の前身である逓信省簡易保険局によって制定されたという。カードには書いていないが、昭和天皇御即位の大礼を記念して「国民健康体操」という名で始まったらしい。昭和3年といえばすでに他界した父が生まれる前のことだ。現在のシルバー世代も知っていて当然ということか。お国のお達しですんなり定着したかと思えばそんなことはなく、2度の中断があり、3度の衣替えを経ているという。体操の中の「幻の3番」と呼ばれるものは、2度目のときの若者向けを狙った改編で生まれたとネットにはあった。

1928年あたりの日本といえば。
1929年のニューヨークの株式取引所から始まった世界恐慌に先駆けて、1927年に昭和金融恐慌が起きている。中国との関係悪化を象徴するように、南京事件、溝口事件、第一次山東出兵があったのも1927年。翌1928年になると、特高警察が設置され、今や制定を待つばかりの様相を呈する特定秘密保護法と引き合いにされる治安維持法の改正があり、取り締まりが強化されている。三・一五事件、第二次山東出兵、済南事件、張作霖爆殺事件が起きたのもこの年。1931年に勃発する満州事変に向けてまっしぐらといった感じか。

人々の暮らしに密着したものを見ていくと。
1928年3月にキリンレモンが発売。同じく3月に上野で開催された博覧会で高島屋呉服店が初めて「マネキンガール」を採用とある。銀座に資生堂アイスクリームパーラーができたのもこの年で、日本初のファクシミリが登場して実用化されたのが11月。

ラジオ体操が「国民の健康増進のために」という名目で始まったというそれを真に受けていいかどうかわからないが、今もなおそれが健在で、近年自然災害に見舞われることの多い日本の各地避難所で、みんなでやる機会があるというのを聞くと、よき習慣が残ったのではと思う。

でも、このラジオ体操が他のものだったらどうだっただろう。
ヨギであるヨガナンダは、日本にヨガを持ち込もうとしたが、ある新興宗教を窓口にしたがために、うまくいかなかったという話を聞いた。ヨガナンダが訪日したのは、ラジオ体操ができる少し前のこと。もしそれが成功していたら、全国的というのは無理だとして、多くの人がヨガを日常に取り入れることをしていたのだろうか?

ヨガの助けを得るまでもなく、また、新たに体操を作るまでもなく、日本には古武道というものが古くからある。それは今日の武闘とは別の次元のもので、別の哲学のもとに成り立っている。敗戦後、マッカーサーから厳禁(抹消?)を言い渡されそうになったとき、待ったをかけて日本の古武術の達人とアメリカの武闘家を闘わせ、日本から古武道が消え去る局面を切り抜けたという話も聞いた。

本来の古武道が、ラジオ体操のように、一人一人の中に根付いていたら、今の日本は違っていたのではないか? 今後の世界が変わっていたのではないか? ……見果てぬ夢を見てしまいそうだ。

でも、いいのだ、これで。仮にラジオ体操のようにヨガをやる人が増えていたとしても、古武道を身につけている人がいたとしても、上に言われてやっているようでは、健康にはいいかもしれないが、そこから得られるエッセンスの恩恵にまでは預かれなかっただろう。

今は、まったく知らない同士でも、ひとたび音楽がかかれば、みんなが同じ動きをして体と心をほぐせるラジオ体操が根付いたことを喜ぼう。楽しもう。

ラジオ体操はわりと激しい運動なので、シニアがやると膝や腰に悪いという話も聞く。その一方で、病気のリハビリのために家族4人でラジオ体操を始めたら、近所の人たちが集まりだして、すでに数十年が経ち、地域の住民の健康に役立っているという話も先日新聞に載っていた。

自分の声を聞いて、自分にやったやり方でやるのが一番ということだ。何につけても。

2017/7/29  14:25

覚者の話ーホロスコープを超える  2017年

その覚者は、若いときに
インドの占星術師に占ってもらったことがあるという。

達人中の達人という評判の占星術師はホロスコープを見ながら、
「これで全部わかるよ」と。
「ホント?」と言って手帳をパラパラめくり、
比較的予定が埋まっていた一日を選んで、
「じゃあ、去年の○月×日に僕は何をしていた?」と聞いた。

「簡単だよ。朝は6時半起床、
 タイムに△分、家を出たのは□時」
そんなのは書いてないなあと思いながらも、
そのくらい細かなことまで言い当てる。
そのあとに会った人物の名前も日本語で出てくる。

すごいなあ。でもそれだけでは
占星術師の読みがすごいとまでは言い切れない。
透視術を使って手帳を盗み見ているということもありうるからだ。

「それはサイキックなの? それともホロスコープなの? 
 本当のところを教えて」
「ホロスコープです」

ホロスコープってそこまでわかるんだ。
そう感心していたら、占星術師がニヤッと笑った。
「このことをあなたはすごく嫌がっているでしょう」
「うん、嫌だね。
 そんなふうに会う人間まで決まっているなんて嫌だね」
「それはね、あなたが
 ホロスコープ通りに生きる素質を持っているからだよ。
 もしそれが嫌なら、
 ホロスコープから自由になる方法があるよ」
「それは何?」
「覚醒することです」

占星術師は続けた。
「あなたは今、ホロスコープの中に人生がある。
 だけど覚醒すると、
 あなたの一部分に占星術が入るという図式に変わる。
 そのときあなたはホロスコープを自由に駆使できるようになって、
 ホロスコープとは全然違う人生を生きることもできれば、
 ホロスコープ通りの人生を生きることもできる。
 さあ、どうする? ということまで、
 あなたのホロスコープには出ているんですよ」
「どっちを選ぶかは出てないの?」
「それは出ていない」

そうしてその覚者は自分の人生を生きた。
その延長線上に覚醒があった。おそらく、
ホロスコープから自由になったと言っていいのだろう。
それでも(それだから)覚者は言う。
「覚醒したら占星術からも自由になるというのは、
 当時、斬新な話でしたが、
 自由になろうがなるまいが、いいんじゃないかと今は思います。
 味わい方ですからね、人生は。覚醒したかしないかではなく」

味わい方というのが、今日という日の今という時間を
どれだけ丁寧に心を尽くして過ごせるかということだと
気づいたのは、つい昨日一昨日の話。それまでは、
やっぱり人生のストーリーを変えることに心の主軸はあった。

ストーリーは変えられない(変えたとしても大して意味はない)。
でも、生き方は変えられる。

当たり前の日常を、
当たり前ではないものとして生きられたら、
その人生は成功したと言えるのではないだろうか。

2017/7/28  10:24

ある占い師との思い出  2017年

もう数カ月になるだろうか。幾度か浮かぶ顔があった。ずっと以前に担当した占いの先生。その先生の著書を作るために、占いの予約の入っていない時間帯に何度もオフィスを訪ねた。「初めまして、よろしくお願いします」から始まって、占術の方法、内容、その世界観を根掘り葉掘り聞き出し、お得意様とも言える長い付き合いのクライアントを紹介してもらって話を聞きに回った。ICレコーダーがなかった時代にどれだけのテープを回して取材しただろう。その先生の顔がふと浮かぶのだ。

どうしているかな。お会いしたいな。

その先生とはそれ以来、連絡を取ることはなかった。仕事上でのおつきあいだったし、プライベートでお会いしたとしても、知らず知らずのうちに先生のお仕事の領域に踏み込むような話をしてしまうかもしれない(きちんとアポを取らないまま無料で占ってもらうという図々しいことをしてしまうかもしれない)と思った。先生のテイストが、当時ニューエイジにはまり込んでいた私の好みと少し違うということもあった。
時折、新しい本の案内をネットで見つけると、「僕は○年に本を出す縁があるようなんですよ。前に出した本も同じ○年でしたからね」という言葉を思い出し、あれから干支を一周したわけ?と驚いたりしながら、お元気な様子に安心していた。それでも連絡しようとは思わなかった。それなのに、顔が浮かぶ。

とりあえず、ネットで調べてみよう、

と調べると、その名前はすぐにヒットした。今は退任して、弟子が教えを引き継いでいるという。

退任?

細身で飄々とした雰囲気ながら、一回り上の世代に多く見られる仕事にアグレッシブな印象の、あの先生が? にわかに信じられなかった。でも、いつもにこやかな印象からすると、好々爺のように後任指導で満足したのかもしれない、とも思った。

退任したとしても、ただお会いすることはできるだろうか?

後継者の女性のHPから問い合わせメールを出すと、驚くほどの早業で返信が届いた。
「本人の遺志により公表していませんが、3年間の闘病の上、昨年亡くなりました」

……! 

自分でも驚くくらいショックだった。取材当時、占術の実体を掴むために占ってもらったから、先生には私生活も筒抜け状態だった。取材の終わったあとに予約が入っていないときは、先生行きつけの洋食屋さんで食事をご馳走にもなった。ざっくばらんにたくさんの話をした印象が色濃く残っている。

もう会えない? そんなことがあるなんて……。

取材中に何気なく目にしたシーン、先生が口にした言葉が蘇る。
後継者の女性は先生のパートナーだという。確かずいぶん年の離れた奥様だと聞いたような。非公表の情報を教えてもらったことへのお礼と先生の思い出をいくつか添えて返信メールを出した。

そういえば、と思い出す。算命学をベースにした先生の占いは、占い結果から一枚の絵が描けるのが特徴だった。その人の人生を象徴する風景が浮かび上がるのだ。私も描いてもらった。詳しくはもう覚えていないが、川が流れ、花が咲き乱れる光景だった。

「あなたは『花』だから人中に出て咲き誇らないと」

「でも先生、集団が苦手なんです」

「あなたはたくさんの花が咲き乱れる中で、大きな花を咲かせるタイプだから、大勢の中にいた方が人生が開花します」

まったくああ言えばこう言うで口がうまいんだから、なんてことを当時思った。
でも今ならわかる。確かに人中にいた方が私は自分の能力を発揮しやすいことが。

『先生。先生の言った通りでした。でも、今となっては後の祭りです。
もっと早くに先生のところにアドバイスをもらいに行けばよかったですね。
今、お会いしたら、先生とはどんな話ができたでしょう。
それが叶わないのが残念で仕方ありません。

先生は、最後までクライアントさんたちのお力になり続け、
しっかりご自分の使命を果たされたわけですね。本当にお疲れ様でした』

今もまだ先生の顔が浮かぶ日々が続いている。

2017/7/11  12:11

仙人と赤ん坊  2017年

テレビをつけるとKinKi Kidsの堂本剛くんが出ていた。

たしか突発性難聴を発症して入院治療していたが、
完治にまでは至らないものの退院したと
ネットニュースで見たのはここ2、3日のこと。

もしかすると、退院後初の仕事がこれ?

突発性難聴は、怖い病気だ聞いている。
発症してすぐに治療しないと、
そのままになる可能性があるらしい。
事実、私の知人にも会社の飲み会の最中に発症し、
そのままになったという人がいる。
年に一度というくらいの大規模な飲み会だったので、
異常に気づくもすでに終電はなく、
もしかしたらその辺りも影響したのかもしれない。
その一方で、何回か発症しているという知人もいる。
ギックリ腰と同じように、
癖になってしまうものなのだろうか?

まだ完治していないという堂本剛くん。
今月下旬からデビュー何周年記念のイベント
目白押しのようだが、大丈夫なのか?
ファンでもないのに、ちょっと心配になった。

番組の中で、堂本剛くんは「先生」と呼ばれていた。
ふだんの彼は、仙人のような佇まいをしているという。
ふだんどころか、最近ではステージの上でもそうらしい。

へんにテンションを上げることもなく、
周りに迎合することもなく、
淡々と自分でいる。
自分らしくいることを大事にしている。

奈良県出身ということで、
奈良県産のお米と梅干しが好きで、
夜、眠りに入る前は、ご先祖様に感謝する。

彼が育った地域では、
神社の前を通るときお辞儀をするのが当たり前で、
その流れからご先祖様に感謝するのも日常のことだという。

人に言われたからではなく、
それをするのが良い行いだからではなく、
自分にとってそれが当たり前だからする。

“自然体”と呼ぶにふさわしい彼の佇まいを見て、
思い出したことがある。

「蝶の幼虫は、自分が蝶になるなんて、
これっぽっちも考えていないと思いますよ。
蝶の方だってそうです。自分がかつて幼虫だったなんて、
これっぽっちも考えてはいない。

それでも幼虫の中には蝶が内在しています。
だから遅からず蝶になるんです。

蝶が内在している幼虫は、
ただひたすら葉っぱを食べることが、蝶に一番近い行為です。
蝶がひらひらと舞うのと同じ、蝶に一番近い行為なんです。

人間も同じです。
いずれは覚醒します。
覚醒は人間に内在していますから。

それなのに、覚醒する頃にするだろう行為を、
そことは程遠い今して、どうするというのでしょう?

それはまるで蝶の幼虫に、
『あなた、いずれは蛹になるのよ。
蛹になったら、何も食べずにじっとしているというのに、
今そんなにムシャムシャムシャムシャ食べるばっかりで
いったいどうするつもり? 本当に蝶になる気あるの?』
と言っているようなものです。

幼虫は蛹の段階を経て、やがて蝶になります。

人間も眠りの段階を経て、やがて覚醒し、本当の人間になります。

それは内在していることです。
内在しているのだから、自分に耳を傾けるべきです。
人のやり方を真似ても何にもなりません。
人から言われたからとやっても何の意味もありません。

唯一無二の存在であるその人になるのに、
誰か別の人のやり方を真似てどうするというのでしょう。
唯一無二の存在であるあなたは、
あなたの中にしか内在していないというのに」

自分は本当はどうしたいか。

世の中が、これが良いと言っているからではなく、
これをするのが当たり前としているからではなく、
素の私は、本当は何を思っているのだろう。
そこに意識を向けている今日この頃。

先の堂本剛くんの話に戻ろう。

最近、嬉しかったこととして、
デビュー曲を書いてくれた山下達郎さんと
ステージでジョイントできたこと、
事務所社長のジャニーさんが、
以前プレゼントした自筆の書を、
一番いい場所に飾ってくれていたこと、をあげていた。

仙人だからといって、
この世の営みに意識を向けていないわけではない。
人との交流で味わう思いがけない感情。
その一つ一つを大切にしているさまが、
生まれたての赤ん坊のようだった。

仙人というのは、余分なものを手放して、
まっさらな感性で生きている達人をいうのかもしれない。
自分のまっさらな感性に出会い続ける先に、
唯一無二の存在としての自分がいるのかもしれない。

2017/6/8  13:39

彼女の話ー帰還  2017年

スピリチュアルな先生からは「ねえさんとは少し時間をかけて話さなくちゃね。いつでも会いに来なさい」と連絡先を教えてもらっていた。しかしなかなかその機会をつくれずにいた彼女は、先生に宛てて自らの体験を手紙に書いて送ったことがあった。今回のことも手紙にしようと便せんに向かっていたときのこと。ある体感がものすごい勢いで体中を駆け巡ったかと思うと、意識がトン、トン、トンと次元を駆け抜けていく。「すべてが美しい」次元を抜けて、終わりも始まりもない「無」の次元に出たと思ったら、さらに加速をつけてその先へ……。出たのは、「終わりも始まりもない」と同時に「すべてが存在する」次元だった。
私には足りないものなどなかった。最初からすべてを持っていた。どこから生まれて、どこに行き、どこに帰る? それを追い求めていくつの転生を繰り返してきただろう。でもそれは探し求めるものではなく、私は最初からそこにあるものだった。最初からそこにあり、今もそこにあるものだった……。
これこそがまさに彼女が追い求め続けてきた境地だった。魂の底から願ったそれを今、体験している。いくつもの人生を経て、ようやく最高の宝を手にした瞬間だった。

その体験を境に彼女の生活に急速な変化が訪れる。実家の店に客足が戻ったばかりか旦那の給料も上がり、晴れてパート勤務を続ける理由がなくなった。
「家の事情が解決したので、ここを辞めようと思います。一緒に辞めませんか?」
自分がいなくなったら年上女性は再びいじめのターゲットになってしまうだろう。それを心配して声をかけると、「金銭的にもう少し働く必要があるので、辞めるのを数か月待ってもらえませんか」という返事が返ってきた。彼女は今しばらく現状維持を続けることにした。

パワハラいじめを回避すべく、いつも通り作業に没頭しているときだった。不意に意識が別の何かとつながり始めた。
ふつふつとわきあがる旦那への不満。願っても叶わなかった家族の形。可愛くてたまらない甥っ子姪っ子たち。その子たちとの交流を阻む親族間の不和。すでに他界した親に対する後ろめたい感情。………。
それは古株女子の意識だった。浅い層からつながりはじめ、徐々に深みに入り、深く、深く、さらに深く、どんどん深く。やがて真っ暗な中ぽつんとスポットライトが当たる場所に出た。まあるい光の中で小さな女の子が膝を抱え、その膝頭に顔をうずめて泣いている。泣き声がだんだんと大きくなるにつれて、その体も成長していく。やがて少女と呼べるくらいになると、その子は同じ姿勢のままぶつぶつと何かをつぶやき始めた。
「傷ついた……傷ついた……傷ついた」
何が起こっているのだろう? 思わず駆け寄る。
「どうしたの?」
女の子はキッと顔を上げると、ありったけの声で叫んだ。
「傷けられるなら、友達なんていらない! 誰もいらない! 傷つけられるくらいなら、先に傷つけてやる!」
その声を聞き終えると、すーっと意識が現実に戻ってきた。

イメージの中で見た少女は、今の古株女子からは似ても似つかない容姿をしていたが、確かに古株女子だった。いくつか前の人生なのだろう。少女は怯えていた。その下には恐怖が横たわっていた。古株女子はどこかの人生でひどく傷つく体験をし、もう二度と同じ思いはしたくないと、人に刃を向けることを学んだのだ。あまりにも苦しかったから。あまりにも悲しかったから。あまりにも怖かったから。彼女には、古株女子の痛みがわかった。今のような態度をとるようになった心の経緯も理解した。そして、それが一筋縄では氷塊しないことも。
「ねえ、人の意識を覗いてはだめなんじゃなかったっけ?」
『学びの上では時に必要なこともある』
真我さんが言った。

「古株女子がああなった根っこには恐怖がありました。意識の底に恐怖がでんと腰を下ろしています。昨日今日知り合ったような人間にどうこうできる問題ではありません。無駄な努力に時間を費やすのはやめて、私たちももう先に進みませんか?」
二人きりになるタイミングを見計らってそう告げると、年上女性が言う。
「北風と太陽の話って知ってる?」
やれやれと思うそばで、真我さんが耳打ちした。
『それ以上話す必要はない。おまえの役割ではない』

それからほどなくしてのことだった。
「私がこっちのコピー機使うから、あんたはあっちのコピー機を使って」
古株女子の言う“あっちのコピー機”とは、トリセツに明記してある使用頻度をはるかに超えて酷使しているコピー機だった。メーカーの担当者からは、「もう限界に来ているので、この次故障したら新しいのに換えてください」というお墨付きをもらっている代物だ。案の定、使いはじめたそばからトラブってしまった。
「おまえ、壊したな! センター長に言いつけてやる!」
緊急の呼び出しをくらったメーカーの担当者がやってくるとすかさず、
「ろくすっぽ機械の扱いがわからないバカがさわったからこうなったんです」メーカー担当者が「いいえ、これはもう寿命だったんです」と律儀に返しても、「いや、このバカがさわったから壊れたんだよ」と譲らず、メーカー担当者はバカ呼ばわりされている彼女に同情のまなざしを向けるしかなかった。それを正社員たちが遠巻きに眺めている。
「もう見ていられません。私は大丈夫ですから、いつ辞めてもらっても構いません」
年上女性の言葉を受けて、彼女はその月いっぱいの退社を決めた。

2年余りに及んだ本業とパート勤務のダブルワーク生活。そこから帰還した彼女に馴染み深い日常が戻ってきた。何があるわけではない当たり前の日常が極上のひとときに感じられる。どの瞬間もかけがえがなく、どの瞬間も愛おしい。平和であるということは、なんて素晴らしいのだろう。
同じ日常を生きながら、彼女はもはや以前と同じ彼女ではなかった。何事にも白黒はっきり決着をつけたがる傾向は影を潜め、誰であれその心に寄り添えるようになった。誰もが分かちがたい自分の一部に思えた。試練につぐ試練が彼女の内面に深みを与えていた。
人にはそれぞれ事情というものがある。そして人にはそれぞれ学びというものがある。人と人が出会うということは、それぞれの事情と学びが交差するということだ。そこでは良いも悪いもない。ただ、体験がある。ただ、学びがある。いずれにせよ試練は学びという確かな果実を実らせてくれる。回避すればいいだけのものではない。不運と嘆くだけのものでもないのだ。今や彼女はそれを体で知っていた。試練をくぐるというのはそういうことだ。
そう遠くない日に、彼女は再び航海に出ることになる。そこでは試練という文字は消え、宿題という名の新たなテーマが与えられる。しかしその話はまた別の機会に譲ろう。その機会があればまた、ということだが。

2017/6/5  14:08

彼女の話ー氷解  2017年

真冬の朝だった。カーテンを開けると真っ白な世界が広がっていた。大粒の雪片がひらひらと途切れることなく舞い降り視界を遮る。おそらく深夜から降り始めたのだろう。すでに地面の痕跡が跡形もなくなっていた。
凍えるように寒い。それはそれとして、彼女はすぐに異変に気づいた。見え方が違うのだ。現実の世界を見ているのに、まるで「すべてが美しい次元」を体験しているときのよう。どういうこと? 瞑想もしていない。チャクラも使っていない。なのにどうしてこんな見え方をする? そればかりではない。どっちが上でどっちが下かがわからない。天と地の認識があやういのだ。あたかもサーファーが波にのまれ、海流に巻き込まれてぐるぐると回っているうちに空のありかがわらなくなってしまったかのように。
とにかく座ろうと椅子に腰を下ろすと、アジナチャクラがものすごい回転のしかたをしていることがわかった。頭痛にも近い動きで、立つことさえままならない。このままチャクラが爆発する? そんなありえないことが今にも起きそうだった。
「今日は何曜日だっけ? 店はどうだろう? 雪が降っているから客足が遠のいちゃうかな」
ふとそんなことを思うと、たちまち意識が現実に戻った。ん?と思っている間にまたそっちの世界につながってしまう。意識の逆転が起きていた。軸足が現実世界ではなく大いなる意識の世界に置かれていたのだ。
とにかくその日は、現実世界のモノやコトに意識を集中するように気をつけた。ラジオの声に耳を傾け、音楽に耳を傾け、人の言葉や現実のやりとりに意識を向ける。意識が吹き飛ぶたびに、何度も現実に意識を向け直す。そうしてようやく一日が終わろうとする頃、意識の向け方のコツをつかみ、ほっとして布団に入るのだった。

翌日はパート勤務の日だった。状態は変わらない。とにかく現実的なことを考えなくては。
「それは開眼かもしれません。ちょっと待ってくださいね。覚醒したと言われる勉強会の先輩に聞いてみます」
年上女性に相談すると、親切にも先輩とやらにメールしてくれた。いろいろと説明があったようだが、いずれにせよ“よい兆候”だという。よい兆候? これのどこがよい兆候なのか。それを聞いたからといって今の状況が好転するものでもない。これはもう先生に聞くしかないと思った彼女は、ちょうど一か月後に先生の講演会があるというので出向くことにした。それまでは意図して“儀我”に意識を向け続けるしかない。
「エネルギーがあふれちゃってるの。ぼくもそうなって講演を断念するしかなくなるときがあるの」
講演会会場の片隅のヒーリングのコーナーで、先生はそう話してくれた。
「どうにかなりませんか?」
「やがて馴染んでくるの」
「生活に支障をきたしているんです。“やがて”じゃ困るんです!」
切羽詰まっていることを告げても、先生はにこにこ笑うだけだった。万事休す。時を待つしかないということか。
電車に乗ってようやく家にたどり着くと、もはや何をする気力も体力もなかった。家事などとてもできる状態ではない。「お母さんは病気なのでもう寝ます」と宣言すると、布団の中で死んだように眠りに落ちた。
翌朝目覚めると、チャクラの動きがいくぶん落ち着いていた。ものの見え方やめまいの感覚は相変わらずだが、体は格段に楽だ。(そうして結局、先生が言う「馴染む」までに3か月を要することになる)

意識が尋常ではない体験をしはじめているというのに、現実の生活には何一つ変化が見られなかった。古株女子のパワハラいじめは相変わらずだし、年上女性の明るい意気込みも相変わらず。彼女はだんだん腹立たしさを覚えていった。
パート部屋の密室での横暴な仕打ちは今や誰の目にも明らかだというのに、どうして誰も何もしてくれない? 他の部署の仕事をパート社員が勝手に請け負うっておかしくない? あることないこと悪口を言い触らして回るその素行をなぜ誰も注意しない? 古株女子のやりたい放題がどうしてまかり通る? 
冷静に考えれば致し方ないことだった。彼女が勤めるのは大きな本店を構える会社の一支社でしかなく、正社員は2〜3年もすれば移動するのが当たり前なのだ。そのなかにあって古株女子は、その支社全体の古参といってもいい存在で、正社員ですら知らないことによく通じていた。わからないことがあれば古株女子に聞けばいい。古株女子に辞められるより、見てみぬふりを続けるのがいい。万事、さわらぬ神にたたりなし。
「会社ってどこもそういうものですよ。パート勤務は使い捨てなんです」
年上女性があっさり言うのを聞いても、とうてい納得できないものではない。やがて彼女の怒りは正社員への嫌悪という形でに矛先をかえていく。どうして上司は見て見ぬ振りを続けるのか。どうして正社員は「自分たちの仕事は自分たちでやるからいいですよ」と言わないのか。

そんなとき、たまたま彼女が一人きりで作業をしている時間帯があった。正社員の男性が1人、部屋に入ってきてあたりを見回す。そして彼女に向かってささやくように言った。
「大丈夫?」
え!?と思って顔を上げると、その男性はふだん古株女子が座る席をあごで示して苦笑いをした。そしていったん外に出ると、今度は自販機で買った缶コーヒーを手にやってきてコトリと机に置き、「がんばって」と声をかけて足早に部屋を去った。
わかってくれている人がいる……。
みるみるうちに、不満が、苦しみが、悲しみが、溶け去っていった。
そうなのだ。みんな、何とかしてあげたい気持ちはあっても、手も足も出せないのだ。私もそうだった。ハーフの子がいじめられたとき、何もできなかった。何もできなかったけど、それでいいとは決して思っていなかった。何もしないのは、加担しているのと同じ。しかし、人にはそれぞれ事情というものがある。今ならわかる。自分も経験したから。
そのとき、声が聞こえた。『我、何人とも裁かず』。そう。人が人を裁くことなどできない。被害者に被害者の気持ちがあるのと同様に、加害者にも加害者の気持ちがあり事情がある。よいも悪いもなくて、そこにあるのは各人の学びだけ。かつて真我さんたちが言った「それも学びの通過点」の意味がようやくわかった気がした。
加害者にならなければわからなかった気持ち。被害者にならなければわからなかった気持ち。その両方を体験して訪れた、許し。
「ほんと、体験することに、よいも悪いもないんだね」
『無駄なことは一つもない。すべては学びの通過点なのだ』
彼女に大いなる解放が訪れていた。

2017/6/2  13:33

彼女の話ー愛がすべてを救う?  2017年

そこには何もなかった。よいも悪いもなければ、上も下もない。喜びも悲しみもなければ、始まりも終わりもない。愛すらない。
「なんだこれ?」
古株女子のいない隙を狙って、年上女性に聞いてみた。なんといっても年上女性は先生のもとで何年も勉強している人物だ。
「美しい次元のその先に行ったら、何もない次元に出てしまいました」
そう告げると、年上女性は目をまんまるにした。
「本当ですか? 本当にそこに行ったのですか? 信じられない! それはおそらく根源です。えー、信じられない!」
「根源とは何ですか?」
「人が最後に行き着く場所です」
今度は彼女が目をまるくする番だった。これが最後に行き着く場所!? あんなすばらしい次元を体験したあとに行き着く場所がここ? 地球で過酷な労働に耐え、生活苦に耐え、壮絶ないじめの日々に耐えたあとに行き着く場所がここ? 納得できない。これが覚醒したいと望む人たちが手に入れる場所だなんて。
彼女は、次の勉強会と仕事の休みの日が重なったこともあり、直接先生に尋ねることにした。
「行き着いた場所には何もありませんでした。意味すらもない次元からどうしてここに生まれてきたかがわかりません」
先生はにこにこ笑って言った。
「ただそこに居ただけでは何も意味がないの」
首をかしげながら何度も同じことを口にする彼女に、先生もまたにこにこ笑いながら同じことを口にする。先生の言っている意味がわからない。真我さんたちに尋ねても翻訳できる答えはくれない。そうして彼女は腹をくくる。わからないものはわからない。クヨクヨしても始まらない。とりあえず今の生活を大切に生きよう。

「瞑想ばかりしていないで、もっと歩み寄りましょうよ。3人仲良く仕事ができるように、私たちで努力してみませんか?」
パートの時間を瞑想三昧で過ごす彼女に、年上女性が提案した。
「これ以上どうしろというんですか。ありえないくらい仕事量が増えて、もう十分すぎるくらい努力してきましたよ。私にはそんな余裕はありません。刺激を与えないように存在を消して、ミス無くこなすことでいっぱいいっぱいです」
「あの人は、わざと憎まれ役を買って出て、私たちを鍛えてくれているんです。私たちにその力があるからです。でないと、いつまで経っても私たち、ここを卒業できませんよ」
ここを卒業できない? 3人仲良く仕事ができるようにならないと、実家の店は赤字続きで、私は日々睡眠不足の過重労働から抜け出せない? 恐ろしき……学びの世界。
「私、学びやめたいです。一抜けた!って普通の生活に戻りたいです。どうすれば普通の生活に戻れますか?」
「そう言って、学びの世界から去っていった人たちもいます」
「去れるものなら去りたいです。でも、ここのパートを辞めるわけにはいかないんです。家から近くて、ご近所の誰にもバレずに働けるのはここしかないんです。どうしたらここを去らずに、学びから去れますか?」
そう聞きながら、彼女には年上女性の提案に同意するしかないことがわかっていた。
「がんばって、私たちで凍った心を溶かしましょう!」
年上女性が明るく言い放った。

翌日から少しずつ話しかけるも、古株女子は完全無視。罵詈雑言を口にするとき以外は、彼女の存在などまるでないがごときの態度を続ける。ぬれんに腕押しとはこのことだ。その一方で、パワハラいじめは手を替え品を替え実にバリエーション豊かに繰り広げられていく。季節は冬。彼女に与えられたのは大型冷凍庫の出入り口の冷気がもろに当たる場所だった。ただでさえ寒いのに、冬場となると凍えるよう。しかし古株女子は暖房器具の設定温度を上げることを許さない。彼女の座席付近は1℃ということもあったという。
それでも彼女には古株女子への憎悪はなかった。パートに勤め出した頃、ハーフの子と3人でゲラゲラ笑いながら作業をした日々が彼女の心を温めつづけていたのだ。ハーフの子へのいじめが始まる前日まで、パートの時間が楽しくて、パートに出かけるのが楽しみだった。あの日々を再現できたらどんなにいいだろう? 3人で仲良く仕事ができたらどんなに楽しいだろう? 彼女こそがそれを願っていた。

スピリチュアルな勉強会に参加するため年上女性がパートを休んだ日に、思い切って彼女は古株女子に話しかけた。
「無視したままで構わないので、話だけ聞いてください。どうして私を嫌うのかわかりませんが、私は仲が良かったあの頃と同じ気持ちです」
古株女子は口を真一文字に結んだまま手だけを動かし続けた。完全無視。そしてそれを機に、あちこちで彼女の悪口を言い放ち、「気持ち悪い奴」と罵った。もはや誰の目にもパート部屋でいじめが横行されているのは明らかだった。それでも年上女性は言う。「凍った心を溶かしましょう。愛が解決しないことは一つもありません」。彼女はしばらく傍観していることに決めた。

2017/5/27  10:13

彼女の話ー新たなる体験  2017年

翌朝のことだった。古株女子が開口一番言った。
「私、**さんのこと、嫌いじゃなくなった!」
**さんとは年上女性のことだ。勘のいい彼女はすぐに悟った。次のターゲットは私だ、と。案の定、その日から壮絶なパワハラが彼女に向けて行われることになる。もしかして、ハーフの子や年上女性のいじめは単に前哨戦に過ぎなかったのでは、といえるくらい苛烈ないじめの日々。古株という立場をいいことに、ノルマをこれまでの二倍に増やす、他の部署から余計な仕事を請け負ってきて押しつける、機器の故障を彼女のせいにする、彼女に関してあることないことを社員に言い触らす……。

「ごめんなさい。私をかばったばっかりに」
「いいんですよ。**さんがいじめられているのを何か月も見てみぬふりをしてきたんですから。因果応報です」
へたに口を開くと悪口雑言の嵐が吹き捲くるので、彼女は作業中ひたすらiPodに集中した。ふだんは音楽を聴くが、そのときは年上女性が“先生”の講話を貸してくれたので、それに耳を傾けることにした。人として生きていくうえでしごくもっともな内容ばかり、しかし実践するのは難しい。そんな一連の話のあと、瞑想開始の合図のように、よく知られるマントラが先生の口から放たれた。彼女の中で何かが起こる。宇宙空間で透明な扉がパタパタパタと開き、大切な何かを思い出す感じ。彼女は思う。私はこの先生に会いに行かなくては。

次の講話の予定日は、偶然にも彼女の仕事が休みの日だった。うさん臭さを完全には払拭できないまま、たいして期待もしないで彼女は会場へと向かった。めあては講話ではなく、先生が一人ひとりに直接行う“ヒーリング”だった。ずらっと並んで自分の順番が来たら、聞きたいことだけ聞いて帰ろう。正味数分のヒーリングの時間にはそれが許されていた。
「目に見えない存在と会話ができるんですけど、もしかしたらそれは私が思っているような宇宙意識といったものではなく、単に心の病が見せる妄想なんでしょうか。先生ならそれがわかると聞いてここに来ました」
先生は、他の人に対するのと同じ一連の所作をしてヒーリングなるものを始めると、しばらくして言った。
「ねえさん、これは真我だよ!」
「頭がおかしいわけじゃないんですね?」
一瞬にしてぱあっと心が晴れ上がった。頭がおかしくなったわけじゃなかったんだ! それで十分だった。しかし彼女が受け取ったのはそれだけではない。気づいたのは翌日のことだ。

いつものように口を閉ざし、気配を消して手だけを動かす。ふと、前日に教わった瞑想をやってみようと思った。先生の口にしたマントラの音を思い出しながら、教わった通りのやり方を繰り返すこと数度。ん? 眉間の奥に何かある! そうして彼女は思い出した。その瞑想法・呼吸法を以前にもやっていたことを。
先生から教わったという瞑想法は、ある呼吸法をしながら眉間の奥のチャクラに働きかけるものだった。彼女はチャクラのことに関してもあまり知識がない。それにもかかわらず、そのチャクラの存在をはっきりと認識し、それに働きかけることができた。
アジナチャクラに働きかけると、ガガガーッと真っ直ぐ上に引っ張られる感覚がした。真我さんたちとの会話も格段にスムーズになり、それまで翻訳しきれなかったものもやすやすと翻訳できるようになっている。
「何が起きてるのー?」
『おまえが我らを完全に受け入れたのだ』
どうやら先生に太鼓判を押されたことで、かすかに残っていた疑念が払拭され、このような体験を招いたようだった。
それはやるたびに完成されていった。音とリズムと呼吸と発光が一体化すると、ものすごい波動に引っ張られ、それに体を委ねたとたん、とてつもない境地にたどり着く。
やがて音を思い出す必要はなくなり、いつでもどこでもできるようになった。そこで体験されるのは、「すべてが美しい」次元。何もかもが美しい。そしてしばらくその次元を体験すると、その先へと出ていくことが起きた。「すべてが美しい」次元を通過して、その先へ。……そこは何もない次元だった。

2017/5/24  13:05

彼女の話ーサイは投げられた  2017年

古株女子の憎悪は日増しに強まっていった。強まって強まって、ある限界値までいくと体調を崩して休む。そのパターンが繰り返されるようになる。『放った波動は自分に返ってくるのだ』と真我さんたちの解説が入る。憎悪を放ち、放った憎悪が返ってきて、体調が狂う。そういうことが起きているのだと。

当然のことながら古株女子が休んだ日は、のびのびと仕事ができた。確実に作業量は一人分増えるのだが、それでも憎悪の嵐が飛び交うなかでの作業に比べればよっぽどましだ。気兼ねなくおしゃべりもできる。そんななか、ふとしたきっかけから年上女性がスピリチュアルに関心が深いことを知り、二人はスピリチュアル話で盛り上がることになる。年上女性が質問役で、答え役が彼女。なぜかそのときは彼女自身が知らないことでも答えを口にすることができた。何かしらの回路につながることができたのだろう。

そういう日々が繰り返されるなか、古株女子が2週間ほど休むことになる。二人は毎日毎日3時間半、スピリチュアル話を繰り広げた。
「その話、この間“先生”から聞いたばかりです。どうしてそれを知っているんですか?」
質問に答えると、年上女性がそう言った。
「“先生”……?」
「へんな宗教に入っていると勘違いされるのが嫌であまり人には言っていませんが、実は私はスピリチュアルなある先生のもとで真理を学んでいるのです」
信頼関係ができあがった証だろう。年上女性が自らの秘密を打ち明けてくれた。だったら自分も秘密を打ち明けなくてはと、彼女は真我さんたちの存在について話した。
「それって……大丈夫なんですか? 先生がよく言っています。人間の妄想はすごくて、そういう存在をねつ造して、自分は真理とつながったと思ってしまうことがある、と。……ごめんなさい! 疑っているわけじゃないんです。ただ、真我を身につけるのは大変なことで、それができる人は皆無に等しいと先生から教わっているものですから」
言葉で否定しながらも、彼女が疑いの目を向けているのは明らかだった。彼女は心の中で真我さんたちに語りかけた。
「ねえ、なんだかあなたたちの存在を思いっきり否定されたような気がするんだけど。あなたたちは私の妄想の産物なの?」
『おまえはこの期に及んでもまだ疑うのか? それだからおまえは○×※△〃』
途中から真我さんたちの言葉が意味不明になった。
「わあー、しっかりして!」
『おまえがだ! おまえがしっかりしろ! 真実を裁くことは誰にもできない。おまえにとっての真実よりもその他大勢の真実をおまえは選ぶのか』
ハッとした。そして彼女は年上女性に告げた。
「これが妄想か真実かは私にとってはどちらでもいいんです。どちらにしても、彼らは私にとって愉快でかけがえのない存在なんです」
「……ごめんなさい。私、ひどいことを言いましたよね。きっと嫉妬心があるんだと思います。膨大なお金と時間を費やして、命がけで真理を探求しているのに、何も感じられなくて」
そうしてひと呼吸おいて、年上女性が言った。
「先生に会いに行きませんか?」
「え?」
「先生には真実がわかります。一度、いっしょに勉強会に行きませんか?」
彼女は丁重にお断りをした。都合がつこうがつくまいが、そういう場所に足を踏み入れる気は毛頭なかった。そういう場所は、うさん臭さを拭えなくて、足を向ける気がしないのだ。しかし事態は彼女の思惑を超えて動いていく。彼女の目覚めを後押しするかのように。

家の都合で2週間欠勤していた古株女子が復帰した。復帰直後こそおとなしかったものの、すぐにいじめが再開。古株女子不在の間に年上女性と打ち解け合ったことが力になったのだろう。彼女はこれまで口にしなかったことを口にした。
「私も同じミス、したことありますよ。そのときはそんなに怒らなかったじゃないですか。そんなに怒るほどのことではないんじゃないですか」
一瞬、古株女子の表情が固まったように見えた。

2017/5/22  14:19

彼女の話―学びの通過点  2017年

1年半が経過するまでのこと。彼女は自身の体験を物語風に語ってくれた。あたかも短編小説を連載形式で配信する無料メルマガサービスのように。真我さんたちとの出会いから始まった物語は、すぐに彼女の身に起きた強烈なある一連の出来事へと移っていった。

舞台は早朝の時間帯に繰り広げられるパート社会。ふだんは実家が経営する店を手伝う専門職の彼女だが、その時期は業績が不振で、家計を助けるためにやむなくパートの仕事を入れることにした。「店を手伝っている娘がパート勤めを始めたことを人に知られたくない」という父親の希望をのむと、仕事の選択肢はごく限られたものになった。毎朝4時起きをし、本業の仕事が始まる前の3時間半を時間給の単純作業にあてる。祭日があろうがなかろうが、週5日勤務。幼稚園と小学校に通う子どもが二人いて、旦那を支え、家事労働もしなくてはならない。その頃の睡眠時間は平均3〜4時間だったという。

勤務先のパート社員は3人だった。1人は彼女とほぼ同い年の古株の女性、もう1人は少し前に入ったばかりの年若いハーフの女の子、そして彼女。隣室では正社員が机に向かいそれぞれの業務にいそしんでいたが、ドアを隔てた十畳ほどの密室には3人しかいなかった。仕事は手先だけを動かせばいい単純作業で、時間内にノルマさえこなせば、どれだけ口を動かそうとも文句を言う人はいない。
最初の頃は笑いが絶えなかったという。たわいもないバカ話をたくさんした。ハーフの子とは時に意見がぶつかりもしたが、毎日顔を合わせることで心の距離は縮まり、意見の対立が必ずしも仲違いにつながるわけではないことを肌身で知る経験になった。古株女子は年季の入った二枚舌の持ち主で、正社員の前では猫なで声を出し、ハーフの子がいなくなるとその子の悪口三昧になるという危険人物ではあったが、君子危うきに近寄らずを遵守すれば、つつがなくパート生活を送れそうな気がした。
その様相が変わったのは3か月を過ぎた頃だ。きっかけはきわめて些細なことだった。ハーフの子が古株女子の気に障るようなことをしてしまい、そこから猛烈ないじめが始まったのだ。古株女子が何かにつけてハーフの子を罵倒し、執拗なパワハラを行う。「精神的に追いつめて、あいつをぶっ潰してやる」と陰で宣言した通り、端から見ても理不尽で壮絶ないじめだったという。1週間後、ハーフの子は辞めていった。「ふん、案外もたなかったな」と古株女子は鼻で笑った。
代わりの人が入るまでの2人体制の間、勤務時間は古株女子の武勇伝劇場と化した。過去にどんなバカがパートに入り、そのバカをどんなふうにいじめ倒して辞めさせていったか、そういう話をえんえんと聞かされる日が続く。

ようやく1か月後、一回りほど年上の女性が入ってきた。3人体制の復活だ。ほっとしたのも束の間、今度は3日目からいじめが始まった。もともと器用でも俊敏でもなさそうな年上女性が凡ミスをしでかし、それを目ざとく見つけた古株女子が年上女性を罵倒した。スイッチオン。戦闘開始。そこから年上女性のミスが連発するようになり、いじめが過熱していく。
「なんで、あんなにミスを連発しちゃうのかな」
心の中で思うと真我さんたちが答えてくれた。
『年上女性のミスは恐怖によるものだ。古株女子にあのような波動を浴びせられたら、恐怖が恐怖を呼んでしまう。恐怖のスパイラルにはまってしまったのだ』

年上女性の取るに足らないミスはだんだん度を超すようになっていく。目の前で繰り広げられるいじめに歯止めをかけられない申し訳なさも手伝って何かとフォローしてきた彼女も、ついに声を荒らげる日がやってくる。嬉々とした様子の古株女子。自分の不甲斐なさにうなだれる彼女。オロオロする年上女性。
「その仕事ぶりを見ているとイライラしてきちゃうんだよね。どうしてもっと優しく接してあげられないんだろう?」
『学びの通過点なのだ』
「いじめをただ黙って見てるって、いじめに加担してるのと同じだよね。いじめられるのは嫌だけど、いじめるのはもっと嫌だ」
『本当にそう思っているのか?』
「え?」
『今言ったことは真実か?』
「………」
淡々と聞き返す真我さんたちの言葉が彼女の胸に突き刺さった。いじめられるのは嫌だけど、いじめるのはもっと嫌だ。そう言いながら、余計な波風は立たせたくなくて何もしない自分こそ一番の卑怯者じゃないか? そうして彼女は深く決心する。自分の仕事もきちんとこなしつつ、年上女性のフォローもしっかりやっていこう。いじめを阻止できないのなら、せめてそのくらいしなくては。

2017/5/18  11:57

再会  2017年

出会ったばかりなのに、何十年来の知り合いのように話がツーカーで通じ合う相手というのがいる。そこそこの年数を生きていれば、誰しも一人や二人はそういう相手に巡り会っているよね? 私にもいた。過去形で書いたのはまさにその通りで、なぜか私の場合、そういう人とのつきあいは短いスパンで終わってしまうのが常なのだ。ツーカーの相手というのは元来そういうものかもしれないが。
彼女はまさにそんな1人だった。仕事の場面で知り合い、ちょっとしたキーワードから一気に互いの距離を縮めていった。頭の回転が早くて、勘がよくて、噓が大嫌いで、だから言葉に噓がなくて、曖昧さのないオリジナルな言葉で語り、家族を大事にしている彼女とのやりとりは、メールにしても電話にしても直接会うにしても、いつも私を触発してくれた。いつまでもこの関係が続くといいな、と思った。でも運命のパターンというのはそうそう変わるものではない。短い蜜月のシーズンを終えると、私たちは互いの近況さえ報告しあう機会のない関係性に戻っていった。いつものように。

郵便受けにファンシー色たっぷりな封筒を見たのは2年前のことだ。懐かしい筆跡。彼女が今もなお魂の探求を続けていることが書かれてあり、よかったらメールをくださいという一文が添えてあった。ケータイがオシャカになってメルアドをなくしてしまったという。はやる心を抑えて彼女のアドレスをあちこち探したが、どこにもなかった。ケータイのアドレス帳はその都度更新してしまっているし、PCのアドレス帳にもなぜか彼女のケータイアドレスはなかった。なんてこった、整理整頓好きがこんなところでマイナスに響くとは……。少し考えたあと、封書で返事を出した。ケータイのメルアドを添えて。そうして再び彼女とのやりとりが始まった。

しょっぱなのメールには、「何でも聞いてください」という文面があった。音信の途絶えている間に彼女は目に見えない存在たちとコンタクトがとれるようになり、彼らがいろいろと教えてくれる日々を送っているという。「質問をする→回答を得る」のプロセスが、彼女の認識を広げ、魂の成長に役立つので、質問大歓迎らしい。
彼らって? 「彼らは私です」と彼女が言う。スピリチュアル用語を使えば「本当の私」「高次の私」だろうか。さる高名なスピリチュアルな先生からは「ねえさん、それは真我だよ」というお墨付きをもらったらしい。「もしかして自分は頭がおかしくなったのでは???」と思えなくもない事態に、御大からのお墨付きは安心感を与えてくれた。しかし大勢の人に筒抜けの状態で言われたことで、御大である先生の取り巻きのおばさま方から嫉妬と羨望の眼差しを向けられることになり、それはなかなか面倒なことだったという。
彼女は続けて言った。「つながるきっかけを作ってくれたのはcooさんなんですよ」。え!? 私? ……確かに覚えがあった。彼女と最後に会ったときのこと。池袋のスペインバルでパエリアランチを一緒に食べたあと、本で読んだばかりの「見えない存在たちとコンタクトを取る方法」を人通りの多い場所でさくっと教えたのだ。彼女に伝えるためにその本に出会ったという感覚が私にはあった。彼女に限らず、私にはそういうふうに巡り会う本がある。読んだばかりの本を人に紹介したあとに、「ああ、この人に伝えるために出会ったのか」と気づくことしばし。
彼女はそのやり方を試し、一発でつながった。威厳のある声で「質問は何だ?」と聞かれ、あまりに突然のことだったので「間違えました! ガシャン!」という感じですぐにコンタクトを切った。質問なんて考えていなかったし、本当につながるなんて思ってもみなかったから。しかし話はそこで終わらない。また別の機会にコンタクトを試み、晴れてやりとりが始まったという。
存在は、最初は一人だった。あるとき、「ねえ、物言いが偉そうなんだけど。もっと優しく言えない? ユーモアを交えるとかさ」と苦言を呈したら、キャラクターの異なる三人の存在になったらしい。強面と、学者タイプと、ひょうきんなおじさん?
彼らと交流を続けながら、彼女は日々気づきを深め、今回の人生の宿題を片付けようと果敢に挑んでいる。3次元の枠を超えた世界を垣間みる体験も増えたという。私から言わせれば、それ以前から彼女は日常茶飯事的に3次元の枠を超える体験していた。その一方で、彼女には浮ついたところが1つもなく現実にしっかり根を張って生きていた。そんな彼女にそういうことが起きたのだ(むしろそんな彼女だからそういうことが起きたとも言える)。私は彼女に人類の一つの希望を見せてもらっているような気がした。時が満ちれば、それは起きるのだ、という希望。

「何でも聞いてください。時期尚早だったり魂の成長を妨げたりする以外なら、彼らが答えてくれます」とメールにはあった。私はそのとき読んでいた本がらみで「覚醒」について聞いた。抽象的な事柄は自分で体得するしかないから質問するのはお門違いな気がしたが、だからといって「私の人生、これからどうなるのでしょうか?」みたいな個人的な質問をするのはNGな気がした。
正直、私自身の人生はゆるやかに破滅に向かっているように感じていた。でも、それは人様の“真我さん”(私は3人組をそう呼んでいる)に聞くべきことではないはずだ。何がどうなっているのか、それを繙くのは自分の仕事であり、それを含めて探求と呼ぶのであって、安易に答えを得るのは違う気がした。それで、質問のための質問をした。残念ながらそのときにはそれしか思いつかなかったのだ。回答は当然ながら抽象論に終始するもので、心に響くものとは言いがたかった。それはそうだろう。捻出した質問の回答が心に響くわけがない。

数日経って、心にある思いが湧き出てくる瞬間があった。1人の友人と電話で話した直後のことだ。その人はスピリチュアルな探求を続けていたが、ずいぶんと長い間、変わらない状況に苦しんでいた。彼女との定期的な会話の中で、私は幾度も同じ昔話を聞き、変わることのない胸の内を聞いた。いつもはそうでもないが、そのときはなぜか理不尽さを感じた。「どうして彼女が!?」」という思い。これをチャンスとばかりに質問メールを出した。
回答は鋭利なナイフでスパッと切るようなものだった。「彼女は変わらない。人のせいにしているうちは、誰も何も変わらない。おそらく彼女は今生の宿題を持ち越すだろう」。真我さんたちが一般論をいっているのではなく、彼女という存在を的確に捉えて読んでいることがわかる文面だった。そこには希望的観測的な甘さはみじんもなかった。そんな身もふたもない……、と思う一方で、真実の世界のリアルさ(シビアさ)に触れた気がした。
『これは彼女に限った話じゃない。ある意味これは、私に向けて言われている言葉なんだ』
スピリチュアルの世界で、目にしたもの耳にしたことが人ごとで済むのは皆無に等しい。人生というのはそういうふうにできている――。頭で理解していたことをリアルに実感したのは、それから実に1年半もの時間が経ったあとのことだった。でも、その話はもう少しあとにしよう。その前に話して(書いて)おきたいこともあるから。



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