フィーア・ローナスとの再会は意外と穏やかな形で迎えられた。
いや、水面下ではおそらく色々あるはずだ。
フェイトはそう邂逅する。いや、フルエピソードで再生と分析を行いたいものだが、『星座占いの罠』という講義中だ。
占術学のエドウィンズはしゃべるが大好きなことで有名な先生だった。
しゃべるだけなら良い。言いたいことほど、書くのも言うのも早い。
これが何より性質の悪いこと。量も半端なく多い。
よって多忙と集中力欠如の余り、意識を吐き出してしまうとその部分は致命傷なくらい壊死してしまう。
もっとも、学生たちもそう容易く手足を捨てたくないので寮のよしみで運命共同体を形成する。
――ミーンの奴、自分の星座じゃないからって…。
フェイトはインクを微少、ペン先に濡らして黒板の文字をノートに写し取った。
講師の好みのためか、この授業は万年筆が義務付けられていた。
それはどうでもいい。南十字って何だ。
南半球の星座を言われても困る。ここは北半球。
残念ながら、海外旅行をする御縁がないので南に移ることもないフェイトはぼやく。
言わないでもご承知だが、国外旅行はもう経験済みだ。
――あ!インクが多すぎる。
これは痛手、次のページに進めない。悔しいことに、ここではルーズリーフは却下される。
ティッシュで吸い取り、わずかな抵抗とページを振る。
この文字量だと、許可されている羊皮紙だとお金がいくらあっても足りやしない。
しかもノートサイズの加工品が主流というのだからぼったくりと思えよう。
街中で見かける羊皮紙のタスマリンを見て、切れ端はどうした!と叫びたくなる。
ようするに、食パンの耳は何処へ?である。
常識的な話になるが、牛の皮はのばされて太鼓やタンバリンに使われたりする。
「ピク座は―――」picとは画架座。これも南半の星座だったはずだ。
再度言うが、ここは北半球。お目にかかる機会は北半の星座よりも少ないはずだ。
無駄とも言える。いや、テストに出るのだったら無駄ではないのだが、無駄と位置づけられる講義にフェイトは頭を抱える。
そもそもだ。ミラーもバレッタも、ランディすらこの講義を受けていない。
先生の話を聞くだけという科目なのにも関わらず、だ。
物好きなシルビアは論外なので放っておくとして、単位を楽に取りたいといっていたミラーがとっていない。
だが、それにも関わらず、この400人は入れるだろう講堂は満タンである。
――占いなんて自分でできるもん。
これはバレッタのお言葉だ。フェイトは教師の言葉を耳に入れつつ、溜息をつく。
彼女ら曰く、少なくとも結社に入っている、いや、まともな魔術師なら占術くらいできるらしい。
ミラーですら「占術で当たりの方角とか決めるからな、勉強はしておけ」とか始末である。
でも履修していないのは、「人様の流儀を聞いていると面倒だから」ということらしい。
つまり、派閥というか流派というか、占いなんてどうでも良いものにすら、そういうのがあるのだ。
好きにやってくれ。フェイトはインクがついた面にインクを吸う画用紙を挟み、白紙を黒く染めていく。
「ちなみに、この方法によって、本日の授業でのべ319人の方が倒れることを知りました」
ああ、それくらい死んでいるのではないだろうか。
自分から右は死亡している。目を見開いても寝ている奴もいるのだ。
だが、のべ数だ。少なくともフェイトは死んでいない。そして、シルビアも。
いや、最前列にいるシルビアは睡眠が命に関わる問題だ。当然と言えば当然。
しかし、最前列で教科書の見当違いなページを開けているその神経は何ぞ。
眼を強化したフェイトは学習面における彼女の傲慢さに呆れる。
そういえば、第1学年の魔法はもちろん、今年の学習範囲は覚えていると豪語していたか。
フェイトは範囲外のページを読む気になれない全14巻からなる教科書一つをみて、口をひきつらせる。
生きる辞書め、などと言っても僻みにしか聞こえない。
紋章術序論で『フェーライトにおける魔法円と魔方陣の混合の経緯』とかいうどうでも良いタイトルの課題を出されたが、彼女は30枚くらいのレポートを出していたはずだ。
ようは、他国では魔法円と魔方陣は別々の意味だが、フェーライトでは別の起源から紋章術が発達したので云々という経緯らしい。さらに加えて、国外流出、国内流入等でさらにややこしい流れがあるらしいが、残念ながらそんなものにフェイトは興味がない。
シルビアは、名家でもしっかり授業で他流派を学ぶべきだ、と最もなことを言っていたが、ランディ以外は最低限のところしかとっていない。
ある意味、あの二人はスタイルを完熟しているのかもしれない。フェイトは自動筆記のアビリティを身に付けたがごとく、指を動かす。
あとは肉体的な成長とそれの補正。本当か?
疑問を浮かべても仕方がない。何せミラーたちは明らかに自分を持っている。
貴族だし、腕もある。危険は危険だが、何とかなるだろうと思ってしまう。
虚をついたとはいえ、ミラーは大の男を投げ飛ばし、多勢に無勢を勝ちに導いた奴だ。
そうなると、自分のやることが増えていく気しか起こらない。
魔術と気術、そして、学校の勉強。おまけに人間関係。
ああ、ルナは大丈夫だろうか。
左前方のこれまた最前列にいるルナの後ろ髪を見て、フェイトの心労は募るばかりである。
そして、今回ばかりはリーラを呪った。
何しろ、フィアとルナを二人だけのルームメイトにしてしまったのだから。
普通は配慮等で三人するか、無理やり交換くらいしてくれても良かったのではないだろうか。
教育者としてどうかと思う。フェイトは胸中で呻くが、ここのところ姿を見せないリーラには届かない。
おかげで、ルナとコンタクトがとりにくくなった。
フィアの登場前に街で慎ましく買い物をしたのがいけなかった。まさかの事態でリスクの塊と化してしまったからだ。
ゾルアとの一戦における売り文句と買い文句、そして周囲をフェイトはほとんど忘れていた。
ルナとフェイトは親しい関係に見えてしまう状況を一度作って、わざわざ赤の他人説を流して、その上で二人だけで休日を過ごしている。という結果のフロートを見てフェイトは己の失策も呪う。
「私はかの有名な女優――を直に占えることを知った時、いて座の彼女はとてもタイ焼きが好きと聞き、彼女の自宅で―――」
先生が脱線し始めた。少なくともこれは授業外のお話だ。
はいはい、好きな女優の家でタイ焼きを一緒に食べて、占って、彼女の未来を救えて良かったですね。
いっそ、あのテロを予告してくれれば自分はこうも苦しまずにすんだのだ。
そして、どうやってもひっくりかえらない過去にフェイトはため息をつく。
青髪のフィアはルナの隣で本を読んでいた。
フェイトは皺だらけのメモ用紙に再度目を通す。
授業開始前、ご親切にもルナが通り過ぎしなに机に置いてくれたものだ。
内容はまず、『フィアの記憶からルナのことが消えている』とのことだった。
正しく言うと、『事件前後のフェイトしか覚えていない』ということだった。
どうやら、陰惨なテロ事件は彼女に想像を絶するトラウマを残したらしい。
そのおかげで都合よく、ルナと自分の関係をごまかすことができる。しかし、両手をあげて喜ぶほど自分は腐っていない、とフェイトは一人ごちった。
ルナの持前の能力で現在はフィアと良好な関係を築いているらしい。
妹と大手を振って話せないのは残念だが、妹と彼女とのために耐えて見せよう。
覚悟を決めたフェイトはインクを吸い終わった紙を外に出す。
だが、事件のことに関しては余り期待しない方が良い。
しぶとく自分のミスを覚えられているところを考えると、異性の心情に鈍感なフェイトでも相当な恨みと思考の偏りは想像できた。
もちろん、そのこともしっかりメモに書かれている。
残念ながらフィアは新参者のフェイトが考えなしに過信と見栄で動いたと思っているそうです、だとか。
勝手に体が勝手に動いてしまったのも事実だし、藪に入ったのは既述通りだと自覚してしまっただけに何とも言えないが…。
――あの時は見栄とかではなく、ちゃんとした気持ちを持っていたのは事実だ。
だが、彼女が動けなかったという大事な事実をフェイトは忘れていた。
フェイトは項垂れる。これほど人生をやり直したいと思ったことはない。ないはずだ。
彼女の入学初の平日で9回の遭遇、そして全てが無視だ。
視界から消されているとも取って良いくらい。
手紙の最後には「この二日、寝言でつぶやいています」と罪悪心を拡張させる文言があった。
兄まで苦しめて楽しいのか、と愚痴りそうになったが、板挟みのルナも自分の失態で泣かされていることを思い出して止まった。
一番苦しんでいるかもしれないことにフェイトは気づき、己の配慮のなさに嫌悪を抱く。
そして、不出来な兄を呪い拒絶する資格がある彼女が『貴方を愛するルナティック・チェルシーより』とわざわざ書いている。いばらの道を歩む彼女に頭が上がらない。
『追記、返信は昔の苗字を使って郵送してください』と書かれては返信せざるおえない。
名前は使えないので、苗字だけだ。いや、兄さんたちの名前から適当なのを選ぼう。
「自慢話はこれまでにして」
ようやく終わったか。まったく教師の話を聞いていなかった癖に彼の態度は大きい。
「同様にオリガン法で、とある履修生を調べました」
会場からおっと声が上がった。寝ていた奴も目をこすっていた。現金なものだ。
そして、勝手に生徒の将来を占うのは御免こうむりたい。
「一人は、エゴに辛酸をなめさせられますが、諦めぬ心がそれを救いと変えるでしょう。さらに、信心が肝要です。最後に運命のカードを知ることができるでしょう」
「もう一人は身内を亡くし、若い時から己も生死の狭間に立たされ、人間関係に悩まされ、生来誤解されやすく、一時は至上とも思える充実した時を過ごすものの、親しい者たちの離反や敵対にあい、挙句に肉体を失うという運命でした」
そいつは激しく可哀想な結果だな。フェイトは他人事と同情した。
「私もこちらの結果が成就されないことを祈るばかりです」
と、棒読みされても信憑性に欠ける。心にもない言葉を生徒の前で言うのはやめてほしい。
先生の顔は明らかに、加えて外れないことを確信しております、付け加えていた。
どうでもいいが、ここ数日で身内を亡くした生徒を十何人も見てきただけに彼はその占いに欺瞞を抱いた。
占いとは『裏がない』と言われるくらいだ。
当たらなかったらそれで良し、当たったたらそれみたことか、とどうとでも転べる。
占星術はいいから、もう少し実用的なのをやってほしい。
と占星術の魔術的な位置づけを理解していないフェイトは拘束時間の終わりを耳にした。
そして、彼の動作に天は稲光と体に響く衝撃を添えてやった。