○ふたり旅
真紅の身体に白い一本の角を持った馬が、闇に包まれた山あいの街道に蹄の音を響かせていた。
その背には白い布のついた大きな笠で頭を覆った小柄な少年らしき人物がまたがっており、歩いて手綱を牽いている男が旅の供であるようだった。
少年の身なりは、旅をするにはあまりに高価な布で仕立てられた高級品で、旅装束であったものの、一目でのっぴきならない身分だとわかってしまう。額にも、首にも、首元にも宝飾品が飾られ、さらに金細工の腕輪と足輪が嵌められていた。上半身はゆったりとしたブラウス、うすく透けたやわらかい脚通しは、いまは消滅した神州の東端にあった狗の国で数年前に流行したもののようだった。腰には申し訳程度の中型の美しい細工が施された剣が下げられていた。
その馬具も見事なもので、装飾過多と思われるほど金や銀の飾りが多くついていた。もう一頭の、こちらは見るからに駄馬であったが、そちらには大きな荷物がふたつ括りつけられている。彼らは人目をはばかるように旅を続けていたが、もし山中で山賊に出くわせば、放っておきはしない上等の獲物であった。
馬の手綱を牽く男はかなりの大柄である。しかし、彼ひとりで華奢な、宝飾品だらけの少年を守れるものなのかどうか、宿を貸した農民たちは心配したり、その旅人をいぶかしんだり、ときには山賊に彼らの情報を売ったりした。しかし、彼らは礼をいって宿を離れるとすぐさま姿をくらませるのが普通であったし、山賊が上等の獲物から金品を奪ってはぶりが良くなったという話もきかなかった。ただ、そこかしこの有名な盗賊の一味が全滅させられているという事件は、頻々と起きていたのだが……。
「村人の話じゃ、幽霊が出るってのはこの先の谷の辺りだって話でしたぜ。村の連中はなんでもそこを『幽霊街』って呼んでるそうで」
供の男が巨大な錫杖で遠くを指し示した。
「この先は高野一族が拠点としていた集落だったはずだが……」
馬上の少年がうっそりと応えた。
供の男は饒舌だった。まるで会話が途絶えることを怖れているかのような口ぶりで、思いついたことを次から次へと口にするものだから、主である少年は苦笑を浮かべるしかなかった。
「赤龍進(せきりゅうしん)、そう話があちこちに飛んでは、何を話しているのかわからなくなる」
「オレよ、もうこんなの飽きたんだよなぁ」男はあくびがてら応えた。「もう五年になるだろう? 旅から旅へ……。いったい、あんたが何を考えてるのかわかりゃしねぇ。狗の国の国主だったあんたは、那古城を取り戻したいんじゃねぇのかい? 那古にいるあの帝皇さまってのは、ありゃまちげぇねぇぜ、黄泉だ。たしかに顔の痣はすっかりなくなっちまってる。だがな、オレは黄泉をアニキと呼んでた一の家来だったんだ。一の家来が主を間違うはずもねぇ。黄泉が、何かの形でサイバロイドの肉体を手に入れたか、さもなきゃ、コピーロイドをこさえてたってことさ。なんたってあいつがラゥルだったんだからな。ラゥルはさ、この世界の支配者ではなくて、太古の人間と新しい人間のどちらをこの世界の支配者にするか決める、裁定者だったって教えてくれたじゃねぇか。オレたちがこうして空気吸って生きてるってことは、あいつは新人類に新しい世界を託したんだ。そうだろ? 古い身体を狗神時士にやられちまったものだから、新しい肉体にしてこの世界の支配に乗り出した。黄泉だったころのアニキは、裁定者としてすべてを白紙から考えることが必要だったから、古い記憶を持たなかった。そうだよな?」
「ああ、そんなところだ」
「だったらさ、もうそんな必要はねぇってこった。ヤツはオレたちを……、地のバルディアンが生き残る道を選んだ。あるいは、時士さまがそうせざるを得ないように仕向けた。オレたちはバルディアの攻防で勝った。負けた連中はみんな死んでいったか、地底で保護されてる。もう終わったはずだ。旦那はなぜ逃げ回ってる? まぜ逃げ回る必要がある? 誰から逃げてる? 黄泉か? 黄泉が怖ろしいのなら、濃の姫や高久さまたちと合流してあいつを討てばいいじゃないか? なぜこんな旅を続けているんだ?」
「それは、おまえはわかっているはずだ」狗神赤茘は美しい顔をほころばせた。「我らは『時渡』である。サイバロイドであるおまえは当然のことながら、このわたしも、時を越え、お役目を果たさねばならぬのだ」
「だからさ!」赤龍進は振り返って抗議した。「『時渡』ってのはバルディアンが利用するために人工的に作られた生命だろう? そのバルディアンたちがいなくなっちまったじゃないか? 地下にはたしかにオレたちの仲間がいるかもしれないが、あいつらはあれっきり姿を見せやしねぇ。オレたちはさ、好き勝手生きてもいいんじゃねぇかって思うんだ。そりゃオレはあんたの供を続けるよ。オレは、法水城で死んだ命を時士さまに助けてもらった身だ。時士さまはオレをあんたの用心棒にするために助けてくれたってことくらいわかってる。それに、オレはやっぱりサイバロイドで、自由意志ってものが制限されちまったんだ。残念なことだがなッ! だからこそさ、あんたがもうちょっとオレに気を使ってくれてもいいと思うんだ。勝手に逃げ出すことができないオレのためにさ」
「おまえはどうしたいというのだ?」
「そりゃ、いくさだよ。バァっとさ、ハデにやりたいんだなぁ〜。こう毎日毎日歩いてばかりの地味な日常じゃ、背中の龍が掠れて消えちまうってもんだ」
赤龍進は、サイバロイドとして新しい肉体を手に入れたに関わらず、またしても背中に彫り物を入れたのだった。
「それで山賊どもを散々に打ち据えるのだな」
「こういうの、ストレスっていうんだぜ。何だって知ってるだろう?」
その後も、赤龍進の取りとめもない話は続いた。
民家から遠く離れ、左手にはゴツゴツした岩場、右手には深い渓谷がある。河の流れる音がかすかに聴こえるが、新月の夜であり、谷の底は闇に包まれている。ふたりは明かりを灯していなかった。自らの遺伝子から地のバルディアンによって製作されたサイバロイドである赤龍進には夜目は関係なく、特異型サイバロイドである狗神時士と天上人ヨアマチャとの遺伝子を強く引き継ぐ狗神赤茘(いぬがみ せきれい)には、闇を見通す目が備わっているのだ。
「お、見えてきた、見えてきた」
遠くに、ぼんやりとした明かりがともっていた。急に元気になってきた赤龍進の歩幅が大きくなり、鼻面を引っ張られた馬がブルルと嘶いた。
深い渓谷の先に、周囲を山々と清流の流れに囲まれながら天然の要塞のようになった開けた土地があった。谷間の土地にしてはそこそこの広さがあり、数千人規模なら住居できそうな場所であった。そこに、ぼんやりと不可思議な光が浮かんでいる。この時代の篝火の明るさではない。
それは遥か未来、あるいは遥か過去の時代の、青白い電気による明るさであった。
「さてさて、何が出ますことやら」
怖れるということを知らぬ赤龍進の軽口には応えず、赤茘は馬上からじっとその明かりを見つめた。

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