○死んだことに気づかない
「いいのかい? 赤茘の旦那。ここはどう考えても怪しいぜ。まさか腹ごしらえしてまた旅を続けようなんていわないだろうな? そりゃ堪忍だぜ。この街の責任者を呼び出してよ、洗いざらい泥を吐かせちまうか? この街の秘密をよ」
「そう急くな、赤龍進」赤茘はかるく手を挙げ、供を制した。「せっかくだから、何でも食べるがよい。おまえはいつも那古で食べた肉の味が忘れられないと申しておるではないか」
「そりゃもう! だけど、どうするつもりだい? 実際、おかしなとこだぜ、ここは」
街……。そう呼ぶには不自然なところばかりが目立った。ここは紀南街道の、京に上っていく道沿いにある小さな宿場町なのだ。紀南街道という名前はついているが、もともとは狗神時士が京から伊勢に向かって旅立っていったその旅程だという伝説がもとになっており、寂れた石畳の細い道路が続いているだけの、旅人が利用するような道ではない。ここは、南紀から京へ税を納めるために利用されるだけで、旅人の多くは北国街道を使って湖から濃、狗へと旅をするのがふつうである。そのような、人影もまばらな、いつ作られたかもわからず寂れ放題の街道沿いに、このような街があること自体が不自然なことだった。
犬の肉と葡萄酒を注文した赤龍進は、それにかぶりつきながら昼間のように照らされた街並みを観察した。ここにある建物は、那古のような石造りの堅牢な家ばかりで、南紀の多くの家が瓦さえない茅葺の家であることを思えばここだけまったく違う文化が栄えていることがわかる。それに、この明るさ……。地のバルディアンによってサイバロイドとして再生され、地球の過去の歴史もそのときに脳に移植された彼には、白熱灯の意味はわかる。だが、現在の地球には、白熱灯を生産する能力もなければ明るさを灯す電気もない。ましてやここは山深い谷間の村だ……、本来は……。電灯などあるはずもないのだ。血の滴った口元を袖で拭った赤龍進は、ちょっと口唇を尖らせて赤茘のすました顔を恨めしげに見た。自分からテーブルについておきながら、赤茘はなにひとつ注文せず、何かに集中しているようにかるく瞼を閉じて指先で印を結んでいる。五年に渡る旅の間、赤茘は赤龍進を伴ったままほとんど行動らしきことを起こさず、ましてや高久満永や妻であるお豪らと連絡を取ろうともせず、まるで何からか逃げ回っているかのように移動を続けていた。それが赤龍進には気に食わなかった。狗神時士の特別な計らいによって死んだはずの命をふたたび与えられた彼には、赤茘の元を逃げ出せない理由と遺伝子に組み込まれたプログラムがあった。彼はそれらに支配されていたのだ。本当なら、青竜島の海賊として生きてきた彼には、高久満永らと合流し、仲間であった相模や鬼丸、雷汪らとふたたび暴れまわってみたいという気持ちがあった。それに、赤茘もそうすべきだという思いもあった。なぜ戦おうとしないのか? 赤龍進にはそれが不思議でならなかった。軽く溜息をついた彼は、沈着冷静なすまし顔の赤茘に対する反発もあって、この村の秘密を暴いてやろうという気持ちになった。
「おい、ねーちゃん」
赤龍進は、別の客に逃げられてふてくされていた先ほどの呼子の女をテーブルに招き寄せた。
「あらなんだい? もう怒っちゃいないのかい?」
「怒ったりしねぇさ。ささ、こっちへきて酌をしてくれよ」
「あら、あたしはそんな仕事じゃないんだけど、まぁいいわ。今夜は商売あがったりだから」
赤龍進は女にも酒をご馳走した。
「気前がいいのね」
「話を聞かせてほしいんだ。いいだろ? この街は、なんて名前だい?」
「村の名前? もともとは『穴道の谷の宿(しゅく)』って呼ばれていたそうだけど……、いまじゃそんな名は使わないかねぇ」
「どうして使わなくなったんだい。これだけ流行ってりゃ、評判になるだろうし、評判になりゃこの宿(しゅく)の名は知れ渡る。それとも別の名が使われてるのかい?」
赤茘がくすくす笑うのをぎょろっと睨みつけて、赤龍進は女を質問攻めにしていった。ところが女の応えは要領を得ず、どうにもこの谷がどういったいきさつで高野一族の手を離れたのか、どうしてこんな辺鄙な場所にある宿場町が流行っているのか説明らしい説明が聞けない。業を煮やした赤龍進は、この街の噂を尋ねることにした。
「この先の村や、別のところでも小耳に挟んだものだが、どうしてここは『幽霊街』なんて呼ばれているんだ? おまえら、朝になったら消えちまうなんてこたぁねぇよな?」
「朝?」女は首を傾げた。「朝なんて言葉、いつ以来だろう? そうね。朝になったらあたしたちはいなくなるのかもしれないわね」
赤龍進は太い眉毛を中央に寄せ、難しい顔をしてみせた。やはりこの村は何かいわくがあるのだ。しかし、彼が続けて話そうとするのを赤茘がとどめた。
「彼らは死んだ者たちなのだ」赤茘はそういって葡萄酒を口に含んだ。「わたしはこうして酒をくちにし、酒の味を味わい、飲んだつもりになっている。しかし、実際は何も飲んではいないし、味わってもいない。これはすべて情報なのだ。赤龍進がいくら喰おうが飲もうが、身となり血となることはない。情報で肉体は維持できないからな」
「情報? ああ、情報ね……」
赤龍進は意識を集中して自分に与えられた記憶体の中から言葉の意味を探り出した。
「情報……。なんとなくわかるぜ。そうなのか。飲んだり喰ったりしてるつもりになってるだけなんだな」
「ああ、そうだ。そしてこの村は、きれいに体裁を整えているように見えるが、本当はすでに廃墟となっているのだろう。狗の国生まれの高野一族は、国を追われてからも狗の暮らしが忘れられなかったとみえる。この街並みは狗の国そのものだ。だが、使用されている資材も何も、さほど高価なものでないし、造りも荒い。彼らはここを終の棲家にするつもりだったが、おそらくは狗の国が軍備増強するというので、ここを捨て、仕官することに賭けたのだろう。そうだな、女」
「そうじゃないの? たしかにあんたのいう通りかもね」
「だったらおまえは一体何者なんだ? バルディアンか?」
「いや、違うのだ、赤龍進。彼らはバルディアに保存されていた記憶体だ。バルディアには、『神州』という古代の宇宙船の蓄電炉があって、その中に多くの記憶体を収納していた。それがなんらかの事情で放出されて地球の電離層に張り付き、空の色を赤く染めてしまっているのは知っているだろう? こいつらは電離層を離れ、地上へやってきた連中なのさ。おそらくは……、わたしと接触するために」
「はぁん!」
と、赤龍進が鼻を鳴らして席を立つと、女も同時に後ろへ飛び去った。その素早さは並みの人間の速さではなかった。
赤龍進は手にした錫杖をグッと構え、両腕に力を込めた。すると両の肩がみるみるうちに倍ほども大きく盛り上がってきた。彼が手にする重さ100斤の錫杖は、かつての宿敵ミリオナのゴゴに託された品である。ミリオナのゴゴはバルディアでの攻防を終えたのち、みずからの錫杖を赤龍進に託すと、踵を返すなりガチャ、モーク、ギーロらと姿を消してしまった……。神州の東半分はふたたび那古に拠点を移した帝皇家によって閉鎖され、神州東部に居住していた蝦夷らのその後もすべて闇に閉ざされた状態にある。ただ、蝦夷は以前より頻繁に香の国などに姿を現すようになっており、なかには開拓地をあてがわれ住み着くものも多い。それがバルディアの夢が途絶えたからなのかどうかは誰も黙して語らないが、東から西へと居住地を移す蝦夷が多いことは確かなことだった。
「そっちの坊やを渡すんだ」髪を振り乱した女が叫んだ。「わたしに永遠の肉体をよこせ!」
女の姿がぼんやりとかすれた。通りを行き交っていた男たち、給仕をしていた女、客たち……、赤龍進と赤茘を残し、人々はその姿を変えていった。前を赤龍進に守られた赤茘であったが、その凛と通った声はなさけ容赦なく姿を変えたかつての人間たちに向かって放たれた。
「おまえたちは、いまここにかりそめの空間を作り出し、そこに過去の記憶を投影して一時の享楽を味わっているつもりであろうが、そのおまえたちが肉体を求める動機とは何だ? 永遠の肉体など存在しない。肉体は死すべきものである。おまえたちはなぜ死んだことに気づかないままで満足できないのだ? なぜこの期に及んで肉体を求める? 死を求めているわけではあるまい?」
「死とは何だ? 存在とは永遠のものだ。もしくは、永遠に準じるものだ。死など存在しない」
そう叫んだのは、隣のテーブルに腰掛けていた老人であったものだった。老人はすでに老人の姿をしておらず、しゅんしゅんと唸りを上げる竜巻状のプラズマとなっていた。この、人の大きさほどの旋風が、遥か古代に生み出された情報の入れ物、記憶体であった。記憶体は地球上のあらゆる情報を記憶し、地球が滅び去ったのちも存在し続けるとされていた。
「こいつら、記憶体かい?」赤龍進が小声で尋ねた。「記憶体に人格はあるのか?」
「記憶体には二種類あるのだ」赤茘はふたりを取り囲んだ旋風を睨みつけながらいった。「ひとつはサイバロイドを管理するために作られた軍事用。もうひとつは個人の記憶を記録しておくための民生用。こいつらはおそらく民生用の記憶体なのだろう」
「民生用? ああ……、オレの記憶体から情報が流れ込んでくる……。サイバロイドによる1000年戦争……。公共事業として当たり前のように行われていた戦争だな……。サイバロイドは主に独立宇宙都市『神州』によって生産され、輸出されていた……」
「『神州』には独裁者がいたからな」赤茘は苦い顔をした。「『神州』には三条秀英という独裁者がいた。ヤツはいっさいの民主的手続きを拒否し、宇宙での進化に備えて乗船する人員を選別したんだ。そこが他の国の脱出船とは違っていたところさ。すべては三条秀英の計画。サイバロイドの出現も、記憶体の創造も、ラゥルのよる支配も……」
「恋しい……」女がいった。「肉体が恋しい……。永遠に生きられると思って記憶体を購入したのに……。記憶を繰り返すだけじゃ嫌だ……。新しい刺激が欲しい……」
「放っておくがいい」赤茘は冷たくいった。「ヤツらは空(から)のサイバロイドとしか合一できぬ。人の身体に入れば、人が壊れてしまう。行く宛がないのだ。自分では永遠に生きているつもりなのか知らないが、その実は死んだことに気づいていないだけなのさ」
夜が明けてきた。小さな旋風は空が明るくなると同時に宙へと舞い上がっていった。
闇を照らしていた不思議な光源が失われると、そこに残っていたのは廃墟となった石造りの街並みと、おびただしい四散した死体の山であった。
「記憶体と合一しそこなった連中の死体だ」
高密度のエネルギー体である記憶体は、サイバロイド以外の人間の身体に入ると、その人間を内部から焼き切ってしまうのだ。赤龍進は、長い外洋から戻って青竜島で見た死体の山を思い出してぞっとした。
負け犬の遠吠えのように、ふたりの脳裏に声が聞こえてくる……。
(我らがどれほど多く存在しているか知るまい……。その気になれば人類を破滅させるのも容易ではないのだぞ……。そこにあるおびただしい死体を見るがいい……。我らを侮るな、狗神時士の血を引く者よ……)

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