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青竜島で人が暮らすための集落は、島の西側の海岸から東側の山を見上げた中腹にある。南国の、恵み豊かな森を切り開いて作られていた。さほど離れておらぬ場所に真水の湧き出す泉があり、南には田畑が整備されていた。どこへ行くにも真ん中の位置にあるため、島を縦横に走る通り道が交差する場所でもあった。
集落を形成する家々は、森を切り開いたときに伐採した木と、いくら採っても尽きることのない大きな葉を編むように作られていた。掘っ立て小屋に過ぎないが、雨が漏れてくることはないし、なかは奪ってきたかあるいは各地の港で購入した物品に溢れており、内陸の貧しい農家に比べれば格段に暮らしやすい。島は台風の通り道でもあったから、なまじなまじ神州の家を真似て作るより、こちらのほうが壊れてもすぐに作り直せるから便利であったのだ。
集落の一番高い丘の上には簡単な灯台が備えられていた。いつもは明かりを絶やさないが、今日は消えている。
「おい、あれを見ろよ」
雷汪がだれにいうともなしに呟いた。
一行は、集落の前にある広場へやってきた。蜘蛛丸の疑問のこたえがそこにはあった。「男たちはどこへ行ったのか?」そのこたえである。
広場までたどりついたかれらを出迎えていたのは、男たちの屍の山であった。
こちらは無残に切り刻まれ、いちめんに血飛沫を撒き散らし、腐臭を放っていた。ある者は刀を手にしたまま前のめりに絶命しており、ある者は仲の良かったものと折り重なるように倒れ、胸を突かれて死んでいた。広場には日差しよけの屋根があったが、屋根の柱にもたれかかって死んでいる者もいれば、椅子の上に倒れこんでいる者、内臓を飛び出させ血溜まりの中をのた打ち回って憤怒の表情のまま息絶えている者もあった。
「どうしたんだ? 何があったんだ?」
金切丸がたまらずに口にする。
そこにある死体の数々の凄惨さは、8人を絶句させるのに充分であった。
「検視じゃねぇ。かといって、よその海賊の襲撃でもなさそうだ。どう考える、黄泉よ」
「それは、親父に聞いてみるのがよいだろう」
と、黄泉はいい、浜の方角を指差した。
星明りの下、白い砂浜にそっとひとりの老人が呆けたように腰を下していた。
老人は、美輪玄光であった。青竜島の首領であり、かつては南海の傑物と呼ばれた男であった。
「親父!!」
金切丸が先頭に立って走り出した。心持ちの弱いやつだ、と、黄泉は冷たく見据えた。金切丸のうしろへ続くのはクロであった。クロは捨て子である。黒い犬と一緒に捨てられているところを偶然、美輪玄光に拾われた。一緒に拾われた犬は、すでに死んでいる。
あわてて美輪玄光に走り寄る者は他にいなかった。青竜島生まれの蜘蛛丸は、当然のように黄泉の傍らにいた。蜘蛛丸は黄泉の副官である。雷汪、赤龍進、山部の神州生まれの3人は落ち着いたものである。
金切丸は転がるようにして美輪玄光にすがった。
「親父!! どうしたんだよ! 他のみんなはッ! 船は? なんでみんな死んでんだ?」
「帰ってきたか……」
そうなのだ。
ただひとり、美輪玄光だけが生きていた。
放心した様子だった。遠くに海を見つめたまま、やつれ、蒼白であった。
「なにがあった、親父」
遅れてやってきた黄泉が詰問した。他の者らは少し離れた場所でことの成り行きを見守っていた。
「返事をしてもらおう。何があったのか。喋れるか?」
黄泉の物言いに腹を立てたのか、金切丸は黄泉をキッと睨みつけ、もう一度玄光の肩にすがるように両手を置くと、老人の小さな肩を激しく揺さぶった。
「こたえてくれよ、親父。何かがあったんだろ? たいへんなことがあったんだ。話してくれ。黙ってちゃわからないよ」
かつて、美輪玄光といえば、周辺諸国に名を知られた大海賊であった。彼は、奪うばかりの生業をやめ、蝦夷との貿易を営んだ最初の人物でもあり、海賊でありながら人望の厚い人物でもあった。
黄泉の尋問は続いた。
「みな死んでいる。ここにいるやつらの親の屍もあった。話してくれねば、収まらぬ」
玄光は、もごもごとなにごとかをつぶやいた。言葉にならない老いた自分の声を恥じるようにすぐに黙ってしまったが、黄泉の強い視線に耐えられなくなったのか、なんとか聞き取れるほどの小さな声を、やっとのことで搾り出した。
「はじめは…………、一陣の旋風であった……。なにが起こったのかわかりもせん。旋風がここを襲い、人をバラバラにした。まるで意思を持っているような……。みな東へ逃げ、追い詰められ、やられてしまった。……そして、裏切りが……」
「船がなかったが。誰が奪った」
黄泉の尋問は容赦なかった。金切丸がなにごとかいいかけて立ち上がったが、一歩前へ出た雷汪が睨んだまま顎をしゃくると、いまいましそうに玄光の元から一歩離れた。
玄光はこたえなかった。ただとおく海を眺めるだけだった。
「いえぬのか、親父。船は2艘あった。大型の船だ。奪われでもしなければ、なくなってしまうはずがない。島のものが奪ったのか、誰かがやってきて奪ったのか、どっちだ?」
もごもごと、なにごとかいいかけたが、また口をつぐんでしまった。雷汪は、かつての大海賊の変わり果てた姿を正視できないのか、うつむいてしまった。山部も視線を伏せる。蜘蛛丸は心配そうな面持ちであった。ただ、金切丸だけが強い調子で黄泉を睨みつけていた。
「船を奪ったのは、裏切り者らだな。そうであろう。では、訊く。この、斬られた者らは、そのつむじ風ではなく、裏切り者によって殺されたのだな」
黄泉の追及は鋭かった。
「ではなぜオヤジだけが生きている?」
黄泉の言葉に、その場にいた者たちが凍りついた。そうなのだ。生き残ったのは、首領である美輪玄光ただひとりなのだ。
玄光は、海を見ることさえやめて、うつむき、頭を抱えた。
黄泉だけでなく、雷汪も蜘蛛丸も、すべてを悟った……。
結局、玄光は生きすぎたのだ。誰しもが望む、あたりまえのことも、時には罪以上の罪悪になりうる。罪悪の名は、恥という。
「親父は、裏切り者に、命乞いをしたのか?」黄泉の張りのある声に、少年らがビクリと身体を震わせた。「みなが戦い、殺されていくのを見て、臆したのか! 財宝を差し出し、船を差し出し、命だけはと膝を折ったのかッ!!」
哀れな・・・、黄泉はするりと抜刀した。
「やめろッ、黄泉!! 何の権利があって」
金切丸が叫びたてた。すぐさま雷汪らに取り押さえられたが、ウオウオと声にならない叫びを発し続け、頭を抱えて砂浜に倒れこんだ。
黄泉は、愛用の細剣をかまえた。
恐怖にひきつり、両手を痙攣させる玄光の姿にかつての栄光の片鱗はどこにもなかった。老いること……、黄泉は嫌悪する。
「命だけは……」
との声が聞こえぬうちに、黄泉の剣はよこに一閃した。胴から噴出す血の飛沫は、人間の執着の叫びのようにたかく舞い上がった。首は落ち、胴は倒れた。生きすぎた者の首は刎ねられた。
「オヤジは死んだ!」黄泉は全員を眺め回した。「美輪一族はここに滅んだ。これより青竜島は、この黄泉が治める」
と、黄泉が宣言すると、なぜか金切丸以外のだれもがホッとした心持になるのを感じた。
「首領はオレが務める。副官は蜘蛛丸。やらねばならぬこと、考えねばならぬことは山ほどある。みんなで力を合わせてこの窮地を乗り切っていくぞ。わかったか?」
「われわれは美輪一族ではないか! 滅びてなどおらぬわ! よそ者のおまえに美輪一族がまとめられるものかッ」金切丸だけが反抗した。「おまえなど、どこで生まれたかも知れぬバケモノではないかッ。だれがこの青竜島をおまえなどに預けるかッ」
そこへ、けたたましい音を立て、赤い閃光が月の夜空に舞い上がった。
「救援信号だッ」
赤い閃光は、船に残してきた者らから発せられた、救援を求める花火であった。
少年海賊たちの反応はすばやく、若々しかった。

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