2012/2/12

恋する暴君8巻感想  

恋する暴君8巻感想
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2012/1/24

恋する暴君after  

Chapter1 始まり 
 そろそろ帰るか。
 静まりかえった研究室に携帯の音が響く。着信画面を見てため息を一つつくと耳にあてた。
「なんだ」
「先輩、あと6日です!仕事終わったらすぐに帰りますからね!」
 必死な声のバックに談笑する賑やかなざわめきが聞こえる。仕事終わって飯食ってる店からかけてるのか。
「おまえ、大事な仕事だろ? 終わるまでそれに集中しろ! 新米のくせに」
 相変わらずこいつは会いたいだの寂しいだのとたわ言ばかり言っていて、社会人としての自覚が足りない。プロジェクトに同行させてもらっているだけで勉強になるというのに、俺と離れる方が万倍辛いとか言って散々愚痴っていた。
「やってますよ、ちゃんと。でも――」
『森永―っ、誰に電話してんの?』
 酔ってるらしい若い男の陽気な声が割り込んできた。同僚か。
「あ、いや・・・・・・」
 声が遠くなり電話を奪い合うようなやり取りがするのを聞いて電話を切る。
普通の社会人なら常識としてあんな性癖は隠そうとするはずだが、あいつに限っては万が一ということもある。どっちにしても俺の名が携帯に出てて間接的にバレるなんて事態は絶対に避けたい。ついでにしばらくかからないように電源も切った。

 ふーっと大きく息を吐いて、試験管やビーカーの溜まった洗い場のふちに両手をついた。さっさと片付けて帰ろう。時計も8時45分を指していた。洗い終えたら9時過ぎか。
静かな研究室にガラスのぶつかる音と水音だけが響く。森永がいなくなって雑用が増えた。
俺の研究を見ながら必要な物を予測して出し、不要になったものを同時に片付けていた。
だからこんな風に物が溜まることもなく、進行もスムーズで、俺は研究に打ち込むことができた。
 ――やはりあいつがいないと不便だな。
そう思いかけて慌てて首を振る。いや、俺はあいつがいなくたって一人でやれる。そもそもあいつが助手として来る前は全部一人でやっていたんだから。
 コンコン。ドアを叩く音に振り向くと、刷りガラスに人影が映っている。服が白いから警備員ではないようだ。
「はい?」
 返事をするとドアノブがカチャリと音を立てて回る。顔を出したのは新任の瀬尾助教授だった。
「巽君、まだ帰らないのか?」
無表情で淡々と訊く。少し戸惑いながら
「これが終わったら帰ります」
 と答えると瀬尾は「そうか」と言って扉を閉めあっさり去っていった。なんなんだ? 俺は頭を抱えたくなった。まさかあいつも? いやそんな自分の発想がすでに侵食されている。
 瀬尾はまだ28で歳も俺とさして変わらない。ドクター過程途中から論文が認められ助手となり、更には助教授に迎えられた優秀な男だが、先生と呼ぶには微妙に抵抗を感じる。他の同じドクター過程の奴等もそうだ。
しかし女は別だ。眼鏡を掛けた理知的で端正な顔と感情をほとんど見せない性格が女子学生にはかなりの人気で、瀬尾の講義は女学生の希望が異常に多く、定員をオーバーして抽選になったほどらしい。授業が終わっても、質問と称した女子が詰め掛けて休み時間もロクにない点は多少同情を感じなくもない。が、それより謎なのは、そんな時も質問にだけ答えて熱い視線をガン無視するらしい瀬尾が、やたら俺に構ってくることだ。別に講義も取ってないのに――。
 さてと、帰るか。時計を見ると9時10分だった。ロッカー室で白衣を脱ぐ時、ポケットから取り出した携帯を見てふと思い出して電源を入れる。と同時にメールの着信が。
『週末忘れないでくださいね。先輩大好きです』
アホか。後ろについたハートマークにゾッとして見るなり消した。これ会社の奴らに見られてるんじゃないだろうな。帰ってきた時一度絞めておかねば。まだ月曜というのにこれから毎日こうかと思うと気が重くなる。かといって電源を切っとくわけにもいかんし。
 廊下に出るとすっかり暗い外を見ながら夕飯はどうしようか考えた。コンビニ弁当も飽きたし、ファミレスでなんか食うか……。玄関ロビー近くに来たとき、時間割を見ながら一人立っている瀬尾助教授に気づいた。
「さようなら」
 軽く会釈すると橋本は「あ、巽君」と呼び止めた。
「何ですか?」
「他のゼミの学生と合同で研究チームを作るという話があるんだが、君も参加しないか?」
「え?」
 いきなりの話で答えに窮していると、瀬尾は俺の研究テーマとの関係や今詰まってる問題に触れてそれが役に立つだろうと説明した。
「ええ、わかりました。参加させていただきます。・・・・・・そこまで考えてくださってありがとうございます」
 内心驚きながらも素直にそう返事した。瀬尾が俺の研究についてそんなに詳しく知ってくれているとは知らなかった。
「でも、なんで俺に? 俺は先生の受講生じゃないのに」
 今まで何度となく感じた疑問がすらすらと口をついて出た。
「巽君はとても研究熱心で一人で頑張っていると教授から聞いていたからね」
 いつも通りの淡々とした答え方でそう言われて逆に戸惑いを感じた。
「それは、恐縮です」
 頭を下げると、「ではまた」とあっさり言って瀬尾助教授はすたすたと歩いていった。
 意外といいやつ……なのか? とにかく研究は面白そうだからまあいいか。
 共同研究の話を聞いた二日後――水曜日。
昼飯を一人で食べていると、テーブルの横に生徒らしい男女二人組が来た。
「巽さん、ですよね?」
 先に口を開いたのは男の方だった。外に跳ねさせた明るい色の茶髪でチャラチャラしたいかにも遊び人風だ。初対面なのに面白がってるような顔で俺を見ている。誰だこいつ。
「そうだが?」
 不機嫌を隠さない俺をまったく気にしない様子で笑顔のまま
「やっぱり。俺、東郷京一郎。それで」
 と隣の女子学生を見る。黒いおかっぱの頭に黒い大きな目が印象的な男とは対照的にまじめでおとなしそうなタイプだ。
「わたしは砂原琴美と申します。合同研究よろしくお願いします」
 ペコリと頭を下げた一言でようやく事情が飲み込めた。瀬尾助教授に聞いてわざわざ挨拶に来たらしい。
「ああ、……よろしく」
 こっちも軽く頭をさげた。
「俺たち瀬尾先生のゼミ生で――」
 としゃべり始めた東郷を砂原は諌め、
「明日4時にB-1に集合ということなのでよろしくお願いします」
 というと二人は帰って行った。普段あまり俺に話しかける奴もいないので安心していたのだが、東郷は違うらしい。今回はうるさい奴が一人いるのは決定らしい。

 土曜日。帰ると予想通り。
「お帰りなさーい、先輩」
 奥から急いで出てきた森永が満面の笑みで出迎えた。
「森永・・・・・・、ちょ」
 避ける暇もなくがばっと抱きついてきた。
「だから、帰ってくる度にこんな」
 言いかけている最中に腕を解かれて上気した顔で俺を見つめる。来る、と思った瞬間唇を奪われた。キスは最初は軽く、何度も口づける度に深く入り込んでくる。
 勢いでそのまま押し倒されたら厄介だから思い切り押し返して引き離す。
「まっ昼間っから何を考えてるんだおまえは」
「えーっ、だって。二週間ぶりなんですよ。毎日この日を待ってたんですから!」
 不服そうな抗議を無視してズカズカ上がりソファに思い切り腰を下ろした。一度言いなりになったら夜まで、いや朝まででもこの男は好き放題するに決まってる。泣き言言ったり甘えつつエロいことは滅茶苦茶やって我を通しまくるのだからまったく性質が悪い。
森永は数ヶ月かかるプロジェクトで、二週間ごとにこちらに帰り、月曜日には会社に行って夕方からまたあっちへ行くという生活だ。つまり明後日月曜の朝まで完全にオフということだ。俺が受け入れてからのこいつは前より強気だから気を引き締めないと。
「それより飯。腹減った。おまえが早く帰って来いってうるさいからなんも食ってねえよ」
 そういうと森永は「ああ、すぐ用意しますね」と笑顔でキッチンへ向かった。甲斐甲斐しいモードになれば安心だ。俺はほっとして運ばれてくる料理を見つめた。

「ね、先輩。この二週間でなんかありました? ――変わったこと、とか」
 遠慮がちに森永は付け加えて俺をじっと見つめた。なんだ?と思いつつ
「変わったこと、ねえ。別に。ああ、そういや合同で研究することにはなったが」
「合同?」
 森永の表情が一瞬曇る。
「なんだよ? それがどうかしたか?」
 訊くと慌てて手を振るが、その笑顔もどこか作ったように見えるのは気のせいか?
「あ、いえ。それ面白そうなんですか? 先輩の研究に役に立つ?」
「ああ。立ちそうな感じはある。瀬尾助教授に薦められたんだが、なかなか」
 思い出しながら頷いた。あれは多分あれに使えばもしかして――。
「瀬尾?」
 不意に森永らしからぬ不機嫌な語調に驚いて顔を見た。森永は複雑な表情で俺を見つめていた。変なところに引っ掛かるなこいつ。
「瀬尾がなんだ?」
 森永は言いにくそうにしていたが不安そうな顔で意を決したように口を開いた。
「瀬尾って前になぜか構ってくるとか言ってた助教授ですよね?」
「あー、そんなこと言ったか?」
「言いましたよ!」
 森永は少しいらだったように言い切った。
あまり記憶がないが、新学期になって周囲の人間についてしつこく聞かれた時に話したかもしれない。
 「なんで瀬尾助教授が? 教授から話があってじゃなくて?」
  必死に食い下がってくる森永に半ば呆れた。
「何をそんなに必死になってるんだ。研究には熱心な奴だし、教授から俺の研究について聞いて、役に立ちそうな研究だからと誘ってくれただけだ。気にすんな」
 「そう…・・・なんですか。前のこともあるし、俺、ちょっと心配して」
 イラッ。
 「前ってなんだ。ヤなこと思い出させんな。お前はそっちに思考がいきすぎだっつーの」
  森永の特殊な趣味(オレ)がゲイに共通であってたまるか! と反論しようとしてカナダのナンパの件を思い出す。アレ、こいつ知らなくてよかった。知ったらまた騒いで面倒そうだ。
「すみません。研究メンバーはどうですか?」
 森永は本当にすまなそうな顔で訊いて来た。
「まあなんとか。ちょっとウザイ奴もいるが大体はマトモだ」
 茶髪男がチラっと浮かんだ。
「ウザイって先輩。トラブルはだめですよ?」
 森永は苦笑いしながらソファから立ち上がり歩いていった。おまえは母親か。
「そこまでアホじゃないわ!」
 ほどなくコーヒーカップを二つ手にした森永が戻ってくる。
「どうぞ。・・・・・・先輩、一度大学行っていいですか?」
 瀬尾か。言わずと知れた、だ。多分憮然とした表情で見つめた。
「ま、いいが、変な態度するなよ」 
 森永は大丈夫ですよといつもどおりのやわらかい笑顔で言った。
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