Diaries of Ghosts
忘却の川へ流れ去る諸々をしばしこの岸辺に繋ぎとめて..日記についての日記、もしくは不在の人への手紙。
e-mail:sleeper_i@yahoo.co.jp
カレンダー
2008年
October
Sun
Mon
Tue
Wed
Thu
Fri
Sat
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
おすすめリンク
最近の記事
今宵の月は・・・
ようこそ。ペンギン・カフェへ
昔のミセス 金井美恵子
The Sky Crawlers スカイ・クロラ
精神の呼吸 塩田千春
京都国際マンガミュージアム
芸術の夏
読まれなくなった小説のために
リンク集
バナナブレッドのプディング
『がんって何様的日記』
→
リンク集のページへ
検索
このブログを検索
カウンター
本日のアクセス
昨日のアクセス
総アクセス数
記事カテゴリ
日記論 (18)
手紙 (28)
映像 (23)
landscape (30)
soundscape (39)
artscape (9)
cyberscape:ghost in the shell (15)
書物 (50)
金井美恵子 (17)
日々雑録 (12)
人 (4)
ノンジャンル (2)
遠い日々の記憶 (2)
cinemascape (0)
最近の投稿画像
ようこそ。ペンギン…
昔のミセス 金井美…
The Sky Crawlers …
精神の呼吸 塩田千…
京都国際マンガミュ…
最近のコメント
ほんとうにお久しぶ…
on
遊佐未森 cafe mimo
お久しぶりです。 …
on
遊佐未森 cafe mimo
cometさん、こんに…
on
花
最近のトラックバック
月下の一群 (1) (集…
from
John's Notes
瞳子 (小学館文庫)p…
from
John's Notes
荵吩ク縺ョ蟆剰ェャ縲隈OTH縲阪〒縺ッ荳サ莠コ蜈ャ縺ョ蟆大・ウ縺碁ォ俶。縺ョ蠢玲悍蜍墓ゥ溘r閨槭°繧後※縲√後弱す繝懊え繝峨え繧ュ縲上▲縺ヲ縺薙ョ蟄励r諤昴>豬ョ縺九∋縺ヲ縺励∪縺」縺溘o縲阪→險縺謾セ縺。縲取ュサ莠。...
from
RAY's Favorite…
メッセージBOX
QRコード
このブログを
過去ログ
2008年9月 (2)
2008年8月 (4)
2008年4月 (3)
2008年3月 (6)
2008年2月 (7)
2008年1月 (2)
2007年12月 (4)
2007年11月 (1)
2007年10月 (6)
2007年9月 (4)
2007年8月 (3)
2007年7月 (1)
2007年6月 (3)
2007年5月 (8)
2007年4月 (1)
2007年3月 (4)
2007年2月 (2)
2007年1月 (6)
2006年12月 (4)
2006年11月 (2)
2006年10月 (6)
2006年9月 (10)
2006年8月 (10)
2006年7月 (6)
2006年6月 (2)
2006年5月 (9)
2006年4月 (5)
2006年3月 (3)
2006年2月 (3)
2006年1月 (3)
2005年12月 (2)
2005年11月 (3)
2005年10月 (6)
2005年9月 (2)
2005年8月 (2)
2005年7月 (9)
2005年6月 (7)
2005年5月 (12)
2005年4月 (11)
2005年3月 (3)
2005年2月 (6)
2005年1月 (2)
2004年12月 (6)
2004年11月 (9)
2004年10月 (15)
2004年9月 (16)
2004年8月 (7)
ブログサービス
Powered by
« 空の記憶
|
Main
|
花 »
2008/4/19
「秒速5センチメートル」
遠い日々の記憶
昨日は首都圏では秒速20mの突風も吹き荒れたということで
桜も完全に散ってしまったことでしょう。
桜の花びらの落下する速度は秒速5mなのでそうです。
そこから題をとったアニメ映画を見ました。
新海誠
という、若いクリエーターの作品です。
さすがにこの歳になると、このような作品を見て
直截に感動してしまうということはないのですが、
それでも感じるところはあります。
それは、うつろいゆくもの、失われつつあるものを、
ただ眺めるしかないときに感じる悲しみのようなものです。
大切なものはすでに失われています。
この映画では、雲は高くたなびき空はどこまでも広がり、天空には星ぼしが瞬いています。
そんな世界の広がり、地平線の遠さは、若い主人公がこれから歩む時の道程、
遥かな未来を暗示しています。
確かに、少年の頃、世界は無限に広がり、時間は永遠に続くかのようでした。
校舎の屋上から眺める市街地や山並みの向こうには見知らぬ街は広がっているはずでしたし
放課後、夕暮れの残照の中、友達と連れ立って自転車で帰る道はいつも同じでしたが
その瞬間はいつも永遠で、そんなことがいつまでも繰り返されるものと思っていました。
それでも、時はすべてのもののうえを着実に通り過ぎていくでしょう。
この映画は、その時どきの主人公達に寄り添いながら、彼らの未来から、
今という彼岸から俯瞰的に彼らを眼差しているかのようです
それは遥かな距離・時間と不在の対象に向けられたメランコリックな眼差しです。
彼岸から回想された過去、立ちあらわれる記憶の風景はどれも美しいものです。
人間は限られた時間、限られた空間のうちに封じ込められ、私たちが愛する全てのものは、壊れ、失われ、消え去ることを宿命づけられている。
それら「うつろいゆくもの」の価値は、それが失われたときわたしたちが経験するであろう未来の喪失感によって担保されているのだ。
わたしたちは今起きつつある「私の人生」という物語を「すでに読み終えた私」を想定し、その「私の物語を読み終えた私」が今起きつつある出来事にリアリティとしての厚みや深みをその都度賦与するという、時間の順序が狂ったかたちで生きている。「私の物語を読み終えた私」というのは、言い換えれば、「死んだ後の私」ということである。
「あとがき」、あるいは「生きることの愉しさ」について 内田樹
投稿者: イネムリネコ
トラックバック(0)
この記事へのコメント一覧
投稿者
メール
コメント
URL
画像内の文字列(認証コード)を入力してください。
認証コードを正しく入力するとコメントが反映されます。
※大文字/小文字の区別はありません。
コメントは新しいものから表示されます。
コメント本文中とURL欄にURLを記入すると、自動的にリンクされます。
◇teacup.コミュニティカテゴリ
自伝・社史
個人ニュース
わくわく日記
にこにこ日記
つれづれ日記
ほのぼの日記
恋愛日記
子育て日記
スクール日記
OL日記
ビジネス日記
フリーター日記
その他
Copyright (C) GMO Tea Cup Communication, Inc. All Rights Reserved.