2013/4/6

風疹抗体。こんなこともあります…。  

やっと妊娠中期に入りました。
赤ちゃんは元気。

そして、今更ながら血液検査の結果がでて、心配してたけど、まさか…。

風疹抗体ありません。

もう、体質か。私はかなり追加接種してるんです。
30才なので、今話題の風疹の予防接種谷間の世代ですが、親が医療関係なのでちゃんと中学生で任意接種してます。
でも、24歳で医療関係に就職するにあたり検査したら、風疹のみマイナス。麻疹や水疱瘡、おたふく、と主要なのは大丈夫なのに。で、27歳で結婚し、試しに受けた検査で風疹のみマイナス。また接種し、半年後28歳で1人目を妊娠し、風疹抗体は64。まぁギリギリ十分な量でした。

そして、現在それから約二年。
風疹抗体マイナスなのです。

お医者さんには体質だと思って、仕方ない。三人目を考える時に、接種してあっても期待しない方がいいだろう、と言われました。ま、予定もないけどさ。
そして、今は風疹抗体ないことが予防接種してなかったから、妊娠前に意識しなかったからだって言われるけど、あなたの場合は違う。ベストをつくして、ちゃんとやることやってる。言い方は悪いけど、本人の意識が低くて抗体なかったわけじゃないんだからって慰められたけど…。要注意な生活決定ですな。電車なんて乗れん。イオンや都心の外食なんてできん。ま、まだまだ悪阻だから、無理なんだけど、早く出掛けたかったからね。

風疹は、今は一度も予防接種をしなかった世代が話題になってるけど、抗体なんて下がるもん。だから、子どもの頃の接種で安心してる人を見ると、正直怖いのですが、普通の感覚はそうだよね。男性ならまだしも、女性なら子ども考える前に本当に抗体大丈夫か、気にするべき、それで妊娠後にないなんて、それこそ自己責任にまで思えてしまう私は厳しいよね。

ただ、そう考えると、中学生うったのが消えて、大人になって接種のも数年もたず消えて、接種直後にも関わらず、風疹抗体64しかなかったことを考えると、自分の体質を考えて二人目決意したらすぐうつべきだった。それで陰性なら、仕方ないけど。厳しい私の考えからすると、そこだよな。
二人目計画して、接種不明な旦那には年末に接種したのに。

旦那も職業柄、まわりも自分も交通機関使わない通勤だし、屋外勤務ばかりだし、接種して日が浅いからまぁ、大丈夫かなと思いたいんだけど。電車が一番危険らしいし。

まぁ、本当の初期は越えたので、少し安心してはいますが、油断ならない。

旦那のインフルエンザに、親の帯状疱疹から、感染症から逃げまくって助かってたけど、まだまだ逃げなきゃなのね。
今は中国の鳥インフルエンザが一番怖い。もう妊娠中に天変地異は勘弁してくれ。震災の記憶がよみがえる。
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2013/3/12

3.11  

東日本大震災から昨日で2年ですね。
犠牲になられた方のご冥福をお祈りします。被災者の方が一日も早く少しでも、元気になれますように。

あの日、関東にいた私は被災とはほど遠いけど、出産直前のお腹で物流も交通機関も混乱し、ミルクもオムツも手に入らなくなり、計画停電、断水、放射能問題でやっと出た水道水は使えず、住んでた地域は福島より放射能汚染されたと言われるホットスポットになり、子どもを心配しました。そして、旦那は福島県の警戒区域、それも原発北西、かなりひどい地域に派遣になりました。当時はまだ防護服なんてその辺りじゃなかった。

家族もいて、家もあって言えたことじゃないけど、苦しい時間だったな。

被災者の方々はこんなもんじゃないし、被災地にいた妊婦さんや小さい子はどうしてたんだろう。

本当に自分のことしか考えられない、小さな人間だと実感した震災だったけど、震災後の一年間で、引っ越しをし、放射能との自分なりの付き合い方もできて、一時期、関東を離れる決断を受け入れてくれたことを感謝。
最初の一年間で、自分を取り戻し、大袈裟だけど、やっと家族も集まれ、自分達の生活がスタートした震災後2年目。

今さらだけど、本当に今さらだけど、自分のことしか見えなかった証拠だけど、一年間落ち着いた時間を過ごし、今になり被災地に何かできないか、被災地を知りたい、被災地に行きたい、娘も大きくなってきたし、見せたい、いろいろ思うようになりました。

私に何ができるだろう。微々たる募金ぐらいだろうか。
自分なりに思うのは、自分がやりたいだけだろうけど、娘に、震災前後に生まれたこの世代に伝えたいことがいっぱいあるなと思う。

関東でも、物流や放射能問題の多い地域だったので、被災地ではないながらも、娘と同年代のママさんは、それたりに震災の記憶は濃くあるなと感じます。
生まれたばかりで、幸せにつつまれるはずだった時間、子どもを守るために必死な記憶ばかり。

あなた達は、必死に守られたんだよ。どんなに大切にされたか覚えていてね。皆が小さな命を守ろうと頑張ったんだよ、そんな気持ちです。

あの日、目の前で子どもを失った方もいる。津波で流された妊婦さんや、赤ちゃんもいる。
そんな中、温かい家で家族そろってる私たちは恵まれてるんだ。感謝しなきゃ。

2年前、大きなお腹で不安の中、明かした一夜。
今、私のお腹の中には、新しい命を授かることができました。今回は妊娠するまでも苦労があり、今も自分の体調と一歳児の育児に大変ですが、お腹に命があるなかで、またこの日を迎え、考えることもあります。

被災地の子どもたち、小さな命が救われますように。希望となりますように。

体重も6キロ減り、辛い辛いと言ってしまう自分がいますが、今の当たり前の毎日に感謝することを忘れないように。

地震大国になり、震災不況、未だある放射能問題、不安な世の中に子どもを生み出そうとする不安はあるけれど、まだまだ初期でほとんどまわりには伝えてませんが(このブログは普段の友人見ないから)安定期まであと一山。

どうか希望となってという願いでいっぱいです。

福島原発廃炉まで40年と言われ、震災以降に生まれた子達が、福島原発に関わる時代も来るのだろう。

どうかどうか、明るい時代が到来しますように。
被災者の方々が、救われ、元気になりますように。
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2013/1/25

化学流産って  

今回もいい話ではないんだけど、また気持ちの整理ために。興味ない方々になってはつまらないと思いますが。

2人目の話題。

10月に超初期流産になったのは書きました。生理予定日頃に妊娠検査薬陽性になり、そのまま生理がきてしまうもの。画像診断ができる前で。
自覚する流産もすごく多いけど、こういう超初期流産は気付かないことの方が多く、実は正常妊娠の数倍はあるのではとも言われています。原因は自然淘汰がほとんど。
ケミカル反応だけなので、化学流産といい、医学的には流産ではないことは私も知識としてもっていました。

そんな訳で、前回は大きなショックはなかったわけですが、実は年明けに2人目トライで二度目の化学流産。

今回は落ち込みました。
なぜ2回続けて?1人目は、1回のトライでできて、陽性反応が消えることはなく無事に育ったので、高確率でまだ難しい時期と言えど、さすがに今度は大丈夫ではないかという思いがどこかにありました。1人目の時の方が、難しいと思ってたけど、うまくいったゆえ、根拠のない大丈夫な思いもあり。

実際は受精卵の半分以上は化学流産ではないかとの説もあるので、2回連続も珍しいことではないのは知識としてはわかります。
でも、数日の間でも私のお腹にいたはずなのに、という思いもあります。

そして2回連続となると、何か異常があるのではとも思ってしまいます。もちろん医学的にはそんなこと言える時期ではないのはわかっています。

陽性反応が出た後、何日かたってやった再検査で、反応が薄くなっていた日。爆発的にホルモンが増える時期に薄くなるのはダメだということは経験的にわかっていたので、絶望的な気分。結局翌日に出血がはじまり、生理がくる。

1回目の化学流産の百倍はショック。

旦那に言えど、今まで私が妊娠についていろいろ知識を吹き込んだのが幸か不幸か、だってこの時期だから仕方ないじゃん。大丈夫だよって感じで。
男女の差、価値観の差はこれほどか。

結局、わかってくれるのは難しいんだなと思いながらも、私の意思は尊重してくれるので、万一、何かあるとしたら1才でも1ヶ月でも若いうちに、早い方がいいと伝え、時期尚早でも病院に行くと伝えました。
私の気持ちなんてわからない、何で私の気持ちを踏みにじるようなことばかりするの、無神経めって旦那に腹が立ってた私だったけど、少しうれしかったのが旦那が俺は検査する?って聞いてくれたこと。

もともと、不妊の原因の半分近くは男性側の原因です。そのことは、結婚前から旦那には何度も伝え、もし自分たちが悩むことになったら、絶対に男性側も協力が必要と伝えてました。そのことを覚えていてくれたのがうれしかった。協力の意思があることはうれしかった。

ただ、私たちの場合、タイミングがあえばほぼ確実に受精卵にはなる。そして、一人目が健康に生まれている。そのことにより、私の判断ではもし不妊の因子が夫婦間にあったとして、男性側ではない確率が高い。絶対ではないけど、そう思ったので、とりあえず旦那は見送り。何よりタイミングで100%受精卵になり、半年で化学流産2回だもの、医学的には不妊や不育と言わないのは私が十分わかっているのです。

受精卵になることから、不育ではないかという私の思いもあり、受精卵を攻撃してしまう抗体検査など簡単な血液検査でもできたらと思ったのです。問題がなければ安心するし。
あとは、基礎体温の相談。少し気になるのが、一人目妊娠前と比べ、基礎体温が鈍いというか、一気に上昇一気に下降が減り、少し崩れる。ちゃんと二層で排卵はしてるけれど。で、生理前に不正出血たまにある。
まぁまだ1才の娘がいて、熟睡もできないから基礎体温は確実ではないんだけど、出血はいただけない。

ということから、排卵は大丈夫だけど、着床に関係する黄体ホルモンがおかしいかも、黄体機能不全も知りたかった。

化学流産の出血がおさまった頃に行くと、基礎体温表を見て、きれいと言われる。心配な点を言っても、もっと皆はガタガタだからあなたは大丈夫と言われる。出血もよくあることと。ただ、私はうまくいった一人目の前にはなかったことだと訴えたら、黄体機能を補う薬をもらうことに。
化学流産自体は、ありまくること、全く問題なしと門前払い状態…(対応は易しかったですよ)検査はしませんでした。

でも、これで少しほっとしました。前に進んだ気がして。
正直、本格的な不妊治療や不育症だと言われたり、治療や検査が必要になったとしたら、莫大な治療費がかかるのを知ってる私としては、本格的な治療も検査もする自信はなかったです。私たちの年収より高い治療費がかかってしまう…。不妊治療、不育症治療はほぼ保険適応外です。

まぁ正常だと断言されたわけではないけど、とりあえず月の薬代800円ほどでしばらくいけそうなので良かった。安心料です。これでタイミングがあって2回妊娠しなければ、2人目不妊、不育症に多い血液検査だけ直訴しようかな。ま、日本での不妊の定義はタイミングあって2年妊娠しないなので、たった半年タイミング2回で2回化学流産の私たちは定義にはほど遠いのですが、海外ではもっと早く検査して治療に進むのを勧められてます。日本はその点遅い。特に30代になったし、1ヶ月でも若い方がいいというのは常識。

なので、問題がなければそれはそれでいいじゃないか。
でも、不安に思うんだったら、経済的に大丈夫な範囲なら早め早めで手をうっとくべき。それが私の考え。

そして、実は化学流産ということで、可能性があるなら、私は不妊ではなく不育を疑っていたのですが、黄体機能不全は不妊の枠組みなんだね。
不育とは心拍確認されたほぼ大丈夫と言われてからの流産が多く、化学流産でも不育の因子が見つかる人もいるけど、5週以降の話が多く、生理予定日4週前半で流れてしまうのは、不育ではなくやはり受精卵都合で母体に原因はないというのも勉強しました。いわば、妊娠して育たないのではなく、着床しきれず子宮内膜をかすったという感じでしょうか。

それも聞いて少し安心しました。

で、今回もらった黄体機能を補う薬は排卵日以降から生理予定日まで。
ってことはさ、妊娠しても黄体機能が不安定なら、生理予定日ぐらいじゃ黄体の薬はやめられないよね?妊娠してたらもっと飲まなきゃじゃん。飲まないから流産とか悲しすぎるし。私はもう経験と知識で生理予定日3日前に妊娠してたら薄い陽性反応がでることは知っています。でも、それが化学流産に気付いてしまうという辛さも兼ね備えているんだけどね。病院で確定診断ができるのはもっと後なので、生理予定日前にフライングで検査して陽性反応なんて知らなくていいって意見も多く、今回2回こういう経験をしたことで、私ももうフライング検査はやめよう(今までは予防接種や大会だったのえ仕方ない面もあった)と考えていたのだけど、薬が生理予定日までしかないということなので、結局フライングして陽性ならもらわなきゃなのね。

今度陽性反応がでたら、娘の時を含めて、妊娠検査薬陽性反応を見るのは4回目になる。もう、私は陽性を見るのが怖い。
もちろん、すごくすごく恵まれていることは承知しているけど…。

最初の数日が一番の山なんだよね。今度こそそれを越えられますように。
さて、職業柄、次にタイミングとれるのはいつのことやら。

正直、2回目の化学流産のショックはまだまだありますが、前向きに前向きに。頑張っていこうと思います。
早くチャレンジして良かった。30代だもんな…。体質改善もボチボチですな。

ふぅ、少し整理ができました!
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2012/11/27

ベネッセ食材宅配  

ベネッセ食材宅配、お試しでやってみました。
私なりの口コミというか感想。

やってみようとした理由は、メニューが決まってて、それ作るように食材や調味料(基本のは来ませんが)がくるところ。
私の現状として、メニューがマンネリして、子どももムラ食べがはじまり、食べさせるのに苦戦。いろんな味も覚えさせて、味覚も育てたい。何も文句言わず、要求もどうでもいいって旦那だけど、少しは主婦としておいしいもの作りたい。でも、子育てと厳しいお財布で、手間もお金もかけられない。
放射能問題が気になる私としては、野菜の産地が選べず、届いて知るのが嫌なんだけど、一応検査はしてあるし(検出限界があること、サンプリング検査なので、基本的には検査は信用しないタイプだが)放射能にこだわってばかりで、いろんな生活が制限されるのも、成長に弊害がでたり、悪影響もあるかなって、もうすぐ原発事故から2年なんだし、多少は妥協かってのもある。直後のようなひどい汚染はないしね…。

初めてのメニューは麻婆豆腐とエビ玉。子どものをとりわけ安く作れるようにレシピがなってて助かる。

感想として。
レシピはとてもわかりやすいです。30分とかいてあったけど、あたふたしながらだと45分かかりました。まぁ手馴れれば30分でもいけるかなって思います。
肉やエビは海外。豆腐も大豆は海外。ピーマン西日本で、ネギだけ北関東。結局、迷ったけど、ネギも少量なので使いました。自宅にストックがあったら、そっちにしたかもだけど。ただ、野菜の感想としては、野菜が少ないような?普段、味噌汁は味噌煮込み、チャーハンはご飯より具が多いんじゃなかってくらい野菜たっぷりな人だから、多少物足りなさを感じたけど、宅配の量が一般的なんだろうね。

味もおいしかったです。子どもには、タレを入れる前にとりわけで、その通りやったけど、やはり少し子どもには濃いような気がしました。普段が薄味すぎるのだろうか。1歳6カ月の娘ですが、今回のコースは1歳7か月からのキッズコースなので、そのせい?まぁでも、キッズコースの方が種類も豊富だし、と迷ったけど、こっちにしたんだよね。濃いのは薄めたので、1歳6カ月までのコースに変えずにこのままでいこうと思います。

大人が食べても、普通においしかったです。もちろん、濃いからかもだけど、子どももよく食べました。
確かにマンネリ解消にもなったし、自分でもこんなに作れるのってうれしくて、いつもより食卓のレベルはあがった気がします。メニューを考えるストレスもなし。

家計にはどう響くんだろうね。普段食費は計算しても、1色単位では計算しないので、1食1000円以上の数字を見ると、お高いような気がしちゃうんだけど。月4万ちょいの我が家の食費は1日に割ると、1日1500円もないですから。

とりあえず、お試しはあと2回あるので、割引だし、やりたいけど、今後はまだ検討の余地あり。放射能と価格ですな。家計簿にどう反映されるか。
結局、産地気になるからってきた野菜使わずに自宅の野菜使ってたら、無駄だしね。生活ががんじがらめにならない程度に、多少は放射能は妥協とは思うけど、あまりにって思うのがあるとね…。
食品添加物に関しては、スーパーの買うよりは比較的配慮してると思いましたが、豚肉が国産じゃないのには驚き。
あぁ放射能問題がなければ、少しだけならやるの決定なのにな。

でもでも、我が家は既に食材宅配が3つ
パルシステム
コープデリ
大地を守る会(物はいいけど高いので、これっていう時だけで、お休みばかり)
毎週カタログにまみれて、旦那にあきれられてる状態。その上、ベネッセのカタログまでとは思ったけど、カタログというよりチラシなので、その問題はクリア。

さて、主婦も頑張ります。
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2012/11/22

久々に問い合わせ  

最近、放射能関係の問い合わせはしてなかったけど、娘の食べる範囲も広がってきて、悶々としてるぐらいなら、と久々に問い合わせ。

震災直後、電話しまくった頃と違い、和光堂の対応が洗練されてる(笑)あの頃は安全と言い切るしかなかったし、企業も混乱してたし、気にする人が今よりずっと多かったから、強固な姿勢が必要だったんだろうね…。

1歳半からの
ゴマ入りせんべいミニ
米…国産2010年度米(とりあえず年内は古古米)
ゴマ…ミャンマー
その他、確認できず

1差半からの
バナナのクッキー
小麦…アメリカ、カナダ、オーストラリア
ショートニング…海外
ココア…海外
脱脂粉乳…北海道


これは…
いける!
いける!!
いける!!!笑

震災前製造の買いだめお菓子が底をつきてから、ほとんど娘には買ったお菓子はあげてなかった。友達からもらったら、その場ではあげるくらい。
まぁ、手作りも身体にいいし、それはそれでいいのだが。でも、自分自身もイライラしながら頑張って作って、娘との時間とれなかったり、いろんな味を覚えて味覚を育てたいけど、それも自分だけだと限界きて…。他の面でも支障がでそうなので、また悩んでいました。
もう放射能とともに生きていくことを思えば、検査してあるし、主原料が大丈夫なら、よほどリスクの高いものでなければ、可とするってのが今の考えだけど。

で、この結果なら。
これは娘に今後あげてもいいかな。もう個人の感覚ですが。安心してあげられるだけでも身体にいいのよ(笑)

しかも、震災後2年近くたってる今にきて買いだめできちゃう!?震災前米のうちに…。だって大手の企業のお煎餅なんて、米の産地が決まってる方が少ないもの。震災前米のはいはいん買いだめ(もうあと2枚)がつきてから、どうしようと思ってたし。

うちの娘、震災直後の生まれです。
その子が1歳半のお菓子を食べてるまで大きくなったのに、まだ震災前収穫の食品があるのね。震災前製造食品の買いだめはしたし、まだあるけど、今さらまた買いだめとは思わなかったな。もう物不足じゃないから、欲しいだけ買えますね…。

まわりは、気にしてる人も減りました。もとから、うちは気にする部類だったけど、もう時間とともに、まだ問題なの?みたいな感じがまわりにはあるよね。時間が経ってからこそ怖いものもあるんですよ。ずっとつきあっていくものもあるんですよ。少しずつの積み重ねで気を付けていくしかないんですよ。全く気にしないの私としては恐ろしいんだけど、まぁ個人の感覚だし、ストレスの方も害だからね。
放射能ととも生きていくというと、なんか悲劇のヒロインっぽいですが(笑)その感覚で。自分ひとり足並み崩して孤立するのも人生不幸。少しずつできることを最大限に、頑張っていきましょ。

それでも、私と同じように、一見気にしてないように見えて、気にして頑張ってるお母さんは特にネットを見ると、隠れていっぱいいっぱいいるんだよね。
頑張りましょう!
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2012/10/11

良い話ではないですが…ご報告  

さて、題名通り。

私たち夫婦は授かったばかりの2人目子どもをお空にかえしました。
表現方法が見つからず、よくある表現を真似しただけで、つまりは妊娠のごくごく初期の段階で、流産という結果になりました。

全妊娠の20%は流産で、気付かないほどの初期を含めれば半分近くが流産であり、初期の流産は受精卵そのものに生命力がなかった、育たないほどの重度の障害があったという場合がほとんどです。
そのような知識があったため、このような形になっても自分でも不思議なくらい自分を責める気が幸いおきませんが、やはりショックです。

赤ちゃんの心臓も確認できない初期であり、生理で自然流産を待ち、幸い処置もなし。医学的には流産の枠組みに入るかも微妙な一応流産です。

それでも、やはり、1人目出産後体質が変わってしまったのではないか、旦那が異常なほどの仕事体制になっているので、慢性的に疲れてて精子異常がおきてるのではないか、不妊ではないが不育症になってしまったのではないか、きついジーパンはいてたからでは、娘がお腹にとびかかってきたからでは、とか頭をよぎるのです。初期なので、そんなことは関係なく、育つときはその程度じゃびくともせず育つので、運命だったというのはわかるんだけどね。
旦那とケンカばかり最近していたので、このような家庭に生まれたくないと赤ちゃんが帰ってしまったのではないか、そのストレスかも。とすら頭をよぎる。

計画的に計画的に2人目を、と思い欲しい時にできるかわからないし、早いに越したことはないと2才差になるのを考え計画はじめ、すぐに授かった2人目。そして、こうなってまでも、いろんなことを考えてしまう自分の醜さ。
我が家は本当に旦那が留守が多いため、タイミングがとれるのも一般的な家庭の3分の1ほどです。体調を整えて、このあたりと思っても旦那がいないとどうしようもない。
よく排卵日3日前から排卵日翌日ぐらいとは言いますが、理論的に可能なだけであって、よはゴールデンタイムは賞味36時間ほどです。それは医学的に十分私が思ってます。なので、やっとタイミングがとれたのに、またタイミングとれないと気をもまなきゃなのかとすら思ってしまった。自分の都合ばかりで醜いな、だから赤ちゃんも嫌だったのかな、と思ってしまうのです。

2人目を考え、2歳差となるあたりからピルをやめ、1周期目は排卵戻らず、2周期目は旦那がいなく、3周期目で初めてタイミングとれて授かった子。1人目は初めてとれたタイミングで一回で妊娠、出産にいたりました。
この結果をふまえると、幸い、私たち夫婦は妊娠そのものは100発100中なんです。タイミングが合っても20%というのは平たくした確率で、5%の人も70%ぐらいの人もいるんだと思います。毎日毎日注射して薬飲んで病院通って仕事と両立して1回のタイミングに数万かけて…やっとのタイミングで旦那がいない。そんなになったら泣きたくなると思うので、旦那みたいな職業の不妊治療は大変だと思います。自然に妊娠できることに感謝しないとなんです。
幸い、不妊治療とは今のところは無縁の私たちですが、それでもタイミングが合わないのでイライラしてしいまうのです。やっととれたタイミングが、と。

今回の流産は、幸い、ダメージも少ないので、精神的に大変だろうから1周期あけることをすすめると言われたけど、大丈夫であればまた来周期トライも可能なわけです。
でも年末まで月数日しか旦那いない…無理ですね。

まぁ考えすぎるとストレスになるので、まだ娘も1歳5か月。娘との時間も大事にのんびりしていきたいですね。

旦那には娘の時から妊娠初期はわからないわからない、だからまわりに言うな、言うな、何かっても仕方ない時期と繰り返してたので、こん回の件にしても、残念だったね、仕方ないんだねって感じです。女性の身体はわからないとは言えど、不器用なりに身体は気遣ってくれるけど、やはり気持ちの面では旦那との温度差は感じます。仕方ないことだけどね。ふと悲しくなったりはするけど、いつまでもそんなわけにはいかないので切り替えないとね。
幸い、娘がまだ小さいので忙しさでまぎれるのと、まわりも2人目話やちょっとした攻撃がある時期ではまだありません。あと1年したら大変だろうな。

妊娠出産って本当に奇跡なんだな、ということを改めて実感した出来事でした。
さて、わかりにくい文章ですが、書いてすっきりしたのでまた頑張ります!
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2012/9/4

最近  

ひさしぶり〜。
もう自分すら存在を忘れそうなブログですが(笑)

今日は、娘を連れて友達の家へ。大学の時の編入生の仲間です。後にも先にも編入生がいない大学でよくぞ出会えたな、と思ってた10年近く前。卒業で少し疎遠になるも、同業者うえ、採用試験で再会。数千人が受験する試験で席が斜めになる奇跡。
縁ある人とは縁あるんだね。そう思ってた。

で、うちの子の半年上の子がいるので、出産報告の話から放射能の話になり、お互い放射脳であり、気にしていることが判明し、それぞれ原発事故後に関東脱出まで。

てな感じのところへ、旦那の勤務先近くにマンション買ったのは聞いてたけど、去年私が旦那の職場近くに引っ越すことになり、めでたく自転車で行けるご近所さんに。

なんて友達です。
本当に縁ある人とは切っても切れないというか、人生良いご縁なんだなって思います。縁があるとどこかでめぐりめぐって会えるもんなのかもね。

旦那と付き合う前に彼氏と別れた私が、心の中ですがった言葉。
「運命の人ならどこかで会える」
それと似ているような。
もちろんその彼氏とはご縁がなかったので別れてから会ってませんが、人生もそういうことでご縁は大切にしていきたいです。

なんて、友達の家で思いました。
友達は社会人で入学したので8歳上。出会いは8年前。そう思うと、あの時の友達の年齢が今の私です。年の差はまず感じないですが、時々見せる精神力と底力を尊敬してた私。今の私にその力があるのかな、とふと思ってしまいます。

ま、そんな話は置いといて、娘も砂場デビューしました。案の定砂をなめてしまう時もあるけど、ご愛嬌。
2人目談義に花が咲きました。なんだか、一緒に放射能に悩んできた同士、一緒に少しずつ脱却してきたな、すすんできたな、と思える。じゃなきゃ2人目なんて考えられなかった。

上の子が4月生まれの私はお医者さんから1年お腹をあけろと言われたけど年子は可能でした。できるだけ、子どもは一気に産みたかった私も、震災後のいろんなことが落ち着かず年子は無理でしたが、2歳差を考えなきゃなのかなと思ったり。転勤族だしね。
ただ、我が家は旦那が留守がちだからこういうこと考えるとストレスなのよね(笑)

さぁ、旦那の留守も2週間目。週末には帰るので、夕食適当な生活も改めなきゃ。私も幼児食食べてばっかだったからな〜。
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2012/3/18

ひさびさ  

かなりひさしぶり。
半年以上あいたのは初めてですね。

もう見てくれる人もいないようなブログですが、自己満足で細々と(笑)
震災から1年たったね。
震災後出産し、ホットスポットにおびえ避難し、帰ってきて引越し、今の生活も落ち着きました。
まだ落ち着かない、そして家族が足りなくなった家庭もある被災地のことを思うと胸が痛みます。

元気になって、頑張ってとは言えないけど、それが苦しめることもあるのがわかるんだけど、かける言葉が見つからない。
少しでも多くの人たちが救われますように。

1年間、放射能とも戦った1年でした。
個人的に、本当に個人的に。

チェルノブイリの周辺は参考にならないとチェルノブイリで影響を受けたヨーロッパの文献を読み漁り。検索し、情報に躍らせれ。
最近は、詳しくなりデマはほぼ見抜けるようになった半面、安全ですの裏、どこにトリックがあるか、それとも本当に安全かがだいぶわかるようになりました。

それでも、1年間でだいぶ放射能との付き合い方がうまくなり、表に出すこともほとんどなくなり、発散の場も作り、日常生活が普通にまわるようになりました。何もなかった頃より、少しお金がかかるのが悩みだけど、それも少し。だいぶうまくまわせるようになり、情報を得られるようになり、現状に詳しくなり、慣れました。ベビーカーで子ども連れて大人は外食もしてます。(娘はまだ離乳食)放射能が人付き合いに影響を与えることはなくなりました(笑)
この問題は本当に受け止め方、考え方が個人的に違う。そして、気にしてる人は本当にたくさんいて、もういろんな考えがあるからで悟りをひらいてるような(笑)どっしり構える人がほとんどになりました。
ただ、おびえるだけじゃなく、大丈夫なものをどんどん発見し広げていく。

旦那は黙認ですが、どうでもいいと持ってる様子。
旦那の外食や昼食には関知しません。そんな旦那が最近良いこといいました。

地味な努力を長い目で続けていくことになる。今結果がでない。なんかわからなくなる。みたいなことを言った時に
「自分が信じてやってるんだから、それを信じるしかないじゃな」
簡単ですが、うれしかったです。努力を旦那が認めてくれたみたいで。

収穫には立ち合えないかもしれないけど、できるだけ多くの種をまこう
アメリカ大統領の言葉

もちろん、いろんな考えがある。
精神的安定が重要なのもこの問題なのです。

想定した量よりミルクを飲まなかった娘。震災前のミルクがあまってます。一時何倍もの値段がついた震災前ミルク。余ったのどうしようか。関心ない人にとっては賞味期限ぎりぎりのミルクでしかないし。私はまだ普通の値段の頃に買ったけど、ミルクってそれなりに高いお金で買ったから、普通の売値弱ぐらいは欲しいと思ってしまうのが本音だけど、もう皆放射能忘れ欲しがる人なんていないよね。どうしようかってとこです。もらいていなそう。

そして、放射能一色になってしまったこのブログ、普通のブログに戻したいです。まぁ、放射能は登場すると思うけど(笑)

娘ももうすぐ1歳。
少しずつ歩き始めました。
震災後に生まれた命が歩み始める頃。日本も少しずつ前にすすめますように。
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2011/8/6

愚痴〜  

今日は自宅近くの夏祭り。行きたかったな。来年こそは家族で行きたいね。

旦那の実家へ旦那抜きできて長くなる。もう慣れたけど、最近はこれが結婚なんだなって思うことがある。家庭の育ち、価値観の差。どうしようもないもの。
結婚前はもう少しどうにかなるものと思ってた。結婚してわかる、つきつけられる現実。

旦那と一緒に暮らし始めた当初、家のこといろいろ衝突しました。生活習慣、物の扱い方などなど。
衛生的なこと、価値観の差の前に学問的に間違ってるって証明されてるし、根拠がないしって思うことがたくさんあった。価値観の差は妥協しても、間違った知識で行っていることは直してよって。
でもそれも価値観。間違いを知ったところで、これぐらい気にしない、これがいい、そうやって生きていくのもあるのかもね。まぁ別に死ぬようなことじゃないしね。
これは一例で実際にあったわけじゃないけど、手を洗うのが面倒だけど、それで実際に何かある確率は少ない。だから楽で楽しく生きるために手を洗わない。そういう価値観なのね、この家は。

この放射能問題でも、できる限りのことを頑張ろうとする私に、知識も得ずに大丈夫と言い、知識を伝えても、学ぼうともせず、気にしないって。
やれる範囲でね、とか言うけど、食料を買いだめしようとしたら、別に大丈夫だからって。こんだけ汚染がでて子どもには安全なものを食べさせたいと思わないのか。いや、思ってるんだけど、そこまで考えられてないし、楽観的。もう時間の問題なのはわかるけど、0歳より1歳、1歳より2歳って少しでも抵抗力つくまでもたせたいんだよ。大人ならいいけど。
1万のお米は我が家では買えないから5千円のお米で、とかならまだわかるけど、いずれ買うものを今のうちから準備しておくこともできる範囲だとは私は思うんだけど、そうではないらしい。
最近、少しずつ協力的にはなってきたけど。

さらに難しいのがこっちの実家だね。
旦那みたく言えないし。両親両方ではないけど、学ぶ気持ちがね…。結婚式、内祝いしかり、楽観的すぎて大丈夫よなんだもん。社会でもまれてたら言えないよね。社会ではそんなお祝いごとだからと優しいこと言ってくれるとは限らないし、自分と違うあらゆる価値観を想定しなきゃだし。
なんか、最近はよほど大きな決断ではない限り、相談はいいやって思う。悪いことするわけじゃないんだから、お礼言っちゃいました〜電話しちゃいました〜わたしちゃいました〜でいいよ、みたいなね。

賞味期限は2日間しかないハムの賞味期限切れ3日後を生は怖いよ…。
割り箸再利用はいいけど、水にひたしておくとカビない?カビてるよね?
ゴミ集めてゴミ捨て行って来たら、子ども触る前に手を洗ってくれないかな…。
保存しておくものは素手で触らないんだよ、接触で菌は増えるんだから。
ミルク缶あけてミルク作る時は、保存容器に唾とぶから話してほしくないな…。
生きていけるって、今生きていけないことを心配してるんじゃなくて、今後の心配してんだよ…。身体に悪いこと証明されたんだから…。

もちろん、いいこともたくさんあるんです。とてもとても良くしてもらっています。私が何かしている時も子どもを相手してたりしてくれてるから、子どももご機嫌、発達にも良いと思う。優しく優しくしてくれてるし、価値観違うなりに考えてくれてる。
でも、どうしても、イラッとしたり、ありえないとか思ってしまうのも人間。

もう仕方ないこと。ここにいる以上あきらめてること。別に改善なんて望んでない。これはこれでありだと思う。
だけどね、医療従事者的にレッドカードなことはあるわけでして。ま、私のまわりにそういう関係者が集まっていて、暗黙の了解で配慮しあえるんだろうけどね。

ただ、愚痴りたいんだよ。直せとも言わない。言い方も気をつけて、うちと違うんだね、程度に言う程度にしてた。
旦那は愚痴を聞くといい、私がどう思っているか知りたがる。で、話すと、いかにそれが問題ないか、大丈夫か、気にすることが無意味か、あきらめるべきかを旦那に説得される。意味ない。ストレス。超ストレス。女心の前に人として、人を扱う人間心理がわかってない。

そんなことはわかっている。あんたに言うだけ無駄だったねって。
まぁ言い方には気をつけても、自分の育った環境や親に対して少しでも否定的な目で見られてるかもと思ったら、そうなっちゃうのかもね。仕方ない。旦那には言ってもストレス。時間の無駄と判断。あきらめだね。結婚ってそんなもの。

愚痴は女性、そして価値観あう人がいいんだよね。

結婚当初、旦那にイライラしちゃったことがあったんだけど、そのイライラしたことと同じことをこの家でも見る。もうこの年までこうだったら絶対に直らないよな。旦那もここで育ってたらこれが当たり前、って思ってるよなって。
だからこそ、会ってもない旦那にさらに失望してしまい、思い出してイライラし、話したくなくなり、ずっと同じ状況を見た日には嫌悪感さえでてきてしまった。

こういう価値観の差が結婚。
あきらめだなって思う。

もちろん私の考えだって一価値観だから正しくないし、旦那から見たらありえないのもあるんだろうからね。
本当にそれがストレスだわ。実家ではありえないことが連発しすぎて、最近は実家の親が心配するから現状を言えないぐらいだもの(笑)特に衛生面…。我が実家も極端だけどね。だからこそ価値観なんだけど。

ふぅ、こんなことを旦那に言おうものなら仕方ないものと熱弁されそう。

あ、旦那は好きですよ。これが結婚と思ったまで。旦那も幹部で人を扱うなら、人間心理わかって欲しいのが本音なんだけど。
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2011/8/4

記録  

少しずつ、子どもに食べさせるように買いだめ。大人はいいけどね。本音を言えば気をつけたいけど。

ひじき
韓国産、中国産もあるから優先順位低いとも思ったけど、特に中国産心配だし。検査体制とか汚染度が明らかになるまで1,2年子ども分として。
優先順位は低い。だから少しだけね。お金ないし。

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九州産
3月〜5月が収穫時期なので、既に今年のだそうです。製造年月日は1年前。放射能検査なし。でも、要望が多くやろうか考慮中。

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長崎産
3月〜4月に収穫。製品には秋口になるので、これは去年の。製造年月日は1年半前。放射能検査は工場のある三重で行い大丈夫だったので、長崎は行ってない。

どちらも九州なので危機感なしでした。西の人、加工食品とかからうちらより被曝してそう。妊娠はやっぱり日本どこいても今は怖いね。落ち着くまでは。

被曝、癌だけじゃないよ。そもそも癌はよほどじゃないとならないよ。免疫不全、胃腸障害、体調不良なんだよー。発育障害とか。
癌の確率にごまかされちゃダメダメ。癌よりかなり高率でおきるんだから。
そして、妊娠の被曝で怖いのも奇形じゃないよー。奇形も怖いけど、現実的に高率でおこるのは発達障害、脳障害、精神疾患。28週までの低線量被曝でも確率あがってるんだから。既に神奈川あたりまではアウトな状態よ、今の日本。しばらく落ち着いて体内から放射能をデトックスしてからでないとね。特に女性の卵子は一生物だから大切に。

なんて政府の発表につっこんでおります。旦那とかに話してもこの手の話題いやがるから言わないんだけど、ごまかされてたり間違ってると言いたくなるなる。同じに悩んでる医療関係の子持ちの子同士情報交換して、旦那の愚痴を言ってストレス解消(笑)

そして、子どもに一番怖い被曝はストロンチウム。セシウムじゃない。検査なんてやってないけど、セシウムのあるところ、イコールでストロンチウムと思って良いかと。ストロンチウムとりこみ予防にカルシウム摂取したいけど、カルシウムの多い食品ってストロンチウムも蓄積しやすい。だから慎重にしないとね。
こんなうんちくを友達と語り合ってるわけです。

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コンソメ

調味料のかたまりみたいなものだけど、ビーフエキスや野菜エキスがはいってる。そんなにたくさんじゃないからいいかって思ったけど、念のため聞いてみたビーフやブラジル、アルゼンチン野菜は中国オランダ日本。日本のどこかは不明。
まぁ全て無視できるレベルと私は思ったけど、震災前のがあったので、少し買ってみた。娘にだけは使おうっと。なくなったら仕方ない。
もともと中国産なんて前から微妙だし。日本で生きていく以上、あきらめないといけないとこもある。製造年月日は1年半前だそうです。

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ちりめん

カルシウム対策で。水揚げは去年。瀬戸内海産だそうで、こちらも危機感なく、検査なし。製品になるまで1年ぐらいかかるので、今あるのは去年の。賞味期限は半年。
何よりも、こういう小魚系が危ないし、子どもに必要だから買いだめかもしれない。コンソメとかなんてどーでもいいね。

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ヤマキのにぼしだし

同じくカルシウム対策で。
原材料のかたくちいわしは6月から9月にとれて製品には約3ヶ月から1年。なので、今ある製品は去年の。製造年月日は8ヶ月。瀬戸内海だから大丈夫と思うけど、放射能検査なし。秋からは太平洋から魚回遊してくるし、油断ならないと思うんだけどね。なんか水揚げ時期、漁の時期、魚の回遊、製品の作られ方。いろいろ学んで生きるために賢くなったかも(笑)子どもがいると必死なのよ。子どもいなければ、ほとんど気にしなかっただろうな。子どもいても気にしてない人は多いけど。気にしないならいいけど、知らないは恐ろしい。全てが未知だから、後でやっぱりなんて子どもにはできないし。
ま、こういうの、本当に備蓄しておきたいわ。

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かね七のにぼし粉末

長崎、瀬戸内あたりでとれたもの。とれた時期不明。会社にパウダーできるから追跡できないのだそう。検査なし。製造年月日は1年前。
なんか不安。ヤマキのにしようっと。

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富良野ニンジンジュース
製造年月日1年前。北海道にんじんとレモンで作られた、現在の原発問題に限っては影響がほぼないと思われる。妊娠中から飲んでて、今ももらったのを飲んでいた。高いからあまり自分じゃ買えなくてね。
でも、これって離乳食でいけそうと思ったら自分で飲むのがもったいなくなり、子ども用にとっておくことに。材料の産地が安心できる子どもの野菜ジュースなんてそうそうないしね。

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カレーやシチューのルー
野菜や肉、牛乳などいろいろ気になるもの使ってて問い合わせに限界を感じた。カレーも粉とかチャツネから作ろうかなと思ってたけど、忙しい時用に少し用意しておいた。ま、子どもが食べられるようになるまでとっておいて大人は震災後の食べますよ。
同じこと考えて買いだめ傾向があるのか、中辛はほとんどない。辛口と甘口でうすめようっと。
その前に、子どもがこれ食べられるかしら。子ども用のも買ったけど。

しかし

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カレーの王子様

ネットで製造年月日を調べて3月12日製造と知り買った。原発爆発しても、まだ東京の工場やられてない時期だと思って。
しかし、念のため会社に問い合わせると、1年を360日??換算とか換算が少し違うらしく、製造日は3月23日。
げっ、東京で基準値こえた水道水パニックがおきた日じゃん。大人が食べる…のも微妙。でも、野菜や肉は大丈夫?いや、検査が整わないうちで爆発後の高濃度のがきてたら嫌だな。でもでも、飲料じゃないし水道水はそんな大丈夫かな。

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魚の缶詰類

しばらく検査体制が落ち着くまで。子ども用に。3年はもつしね。
ちなみに賞味期限は、1日付になっており製造年月日はアルファベットでたどる。震災後製造のも買ってしまったけど、だいたいは去年の材料を冷凍なので大丈夫だそう。工場にもよるけど、北海道でした。

なーんて思いましたが、とりあえず、間違って子どもにはあげないように注意書きはしておきました。

さて、記録のために残してますが、子どもと向き合う時間大切にいっぱい遊ぶぞー!!
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2011/8/1

最近の出来事  放射能問題

旦那の実家へ来て季節が一つめぐりました。
そろそろ帰ることを具体的に考えないと。

最近は放射能問題はタブーというか、気にする気にしない人が二極化したきたよね。あなた、まだ放射能気にしているの?なんて言われるのが怖くて、気にしてないふりをするようになってきました。家族には仕方ない、言うけど。

旦那の両親しかり、みんな普通だから、みんな気にしてないからって言うのはすごく浅はかだと思うんだよな。
実は…って気にしている人は、見た目以上にいる。だからスーパーに海外や西の食材が増えたわけで。みんな後ろ指指されるのが怖いから言わない。気にしてない人は深く考えてないから、自分の目にうつる範囲で判断しちゃうんだろうなって最近思うようになった。
人の気持ちが考えられる人になりたいです。

旦那の実家での生活にも慣れてきたけど、やっぱり価値観が違うし育ちが違う。簡単に言えばきつめの私の実家と緩めの旦那の実家。正直、度肝を抜かれることも多いけど、別に自分が正しいんじゃなくて価値観が違うんだよね。
我が家はそろって医療系なので衛生面とか厳しいし、健康への意識、そして知識が違う。旦那の実家の方がお金にはシビアかも。そして、何事もゆるい。どうにかなる、なるようになるって。できる努力もしないように私からは見えてしまう時も多いけど、それぐらいの方が、人生、楽に生きていけるのかなって思ったり。

ただ、どうしてもイライラしてしまう時がある。旦那は愚痴を聞くって言ってくれるから言ってみると。男だから解決策を求めちゃって話を聞く態度にならないのは仕方ない。
この実家のことを愚痴っていて、愚痴る相手はその家で育った人間。この家の価値観にやられて落ち込んでるところへ、さらに同じ価値観でぶつかってこられるから、気持ちのやり場がなくなり、さらに追い詰められ、実母に電話で愚痴るということになっている。旦那に言うだけストレスだな。
まぁ自分の親のこと言われたくないだろうし、私も悪く言うのではなく、感想や今日の出来事として言ってるつもりだけど、難しいね。

たださ。
床に寝っころがりながら、足を食卓にのせないで…。
哺乳瓶ケースを外の地面に置かないで…。
赤ちゃんいるんだから裸足で外にでて、足を拭かないで家の中はいらないで…。
と最近の出来事。

さらに、ここは私が神経質な面もあるけど、私の価値観、本音として。
床をべたべた触って、自分の足の裏さわった手で子ども触らないで…。
外に置いたバッグをベットの上に置かないで…。
哺乳瓶ケースの横に収穫したばかりの泥だらけの土が…。
床に落ちたものは食べない方が…。

あとは放射能問題的には
家の中のものが飛ぶぐらいで、ほぼ24時間窓全開はやめて
外に置いた荷物をそのまま家の中に持ち込んで置かないで、しかも子どもの横に。

本音だけど、仕方内よね。
実家と医療関係の友人に愚痴っています。


さてさて。
放射能問題が大変なことになっており、子どもの為に少しずつ買いだめしています。せめて今の食品の基準値が戻るまで。この一年に乳児だったのは不運だけど、不運で終わらせないために。
予想予想で行動してたことが今まで全部その通りに悲しいかななってしまい、自分の身は自分で守らないと。外部被曝ですら多いとこにいるんだから、内部被曝を減らす。なくすのは無理だから少しでも減らす。
福島を食べて応援しようなんて、悪いけどもってのほかだと思う。大丈夫と大丈夫じゃないものを見分けずに基準値内だから安心ですっておかしい。基準値は数十倍だし。農林水産省の大臣が実は子どもには危険ですって深夜番組で言ってたし。

関東も柏あたりから横浜あたりまでは、確実に汚染ベルトがあって放射線量あがってるんだから風評被害じゃないよ…原発の実害だって。
風評被害を吹き飛ばせってそれが風評被害を生むんだって。住んでいるから仕方ないけど、西に住んでたら、関東に好き好んで来ようとはあまり思わない。

チェルノブイリの例を見て、ベラルーシは日本の江戸時代みたいな生活だったから、比べられないけど、その時のヨーロッパの状況を調べて日本、東京の行く末を考えているよ。
とにかく食事管理。内部被曝予防。

汚染瓦礫の焼却や、汚染腐葉土がでまわったり、もう産地みたり、国内で逃げてもどうしようもないことがでてきてるけど、とにかく被曝を減らす。そしてリスク分散ね。

魚の回遊は食物の収穫時期、どうやって加工されてるかにも詳しくなったよ。加工食品の産地は調べようがないものも多い。

今日、買いだめしてきたもの。
製造年月日を見て原発前製造のを買うのは終わり、原発前収穫のにシフトしたね。

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日清の小麦粉
今頃が小麦の収穫。小麦の産地は主にアメリカと日本。日本の場所は不明。とりあえず、しばらくは安心だけど、今後微妙だな。東北の小麦はやられてるし。まぁ日本の小麦は北海道が多いけど福島もあるし。でも、万一は輸入にも頼れるので、買いだめの優先度は低いかも。とりあえず1つ購入。
ただ、今後日本産の小麦を使うかは考慮中とのこと。

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日清のお好み焼き粉
旦那が好きで。小麦は上記と一緒。だしとしてはいってる昆布と鰹は添加物扱いで産地不明。でも、昆布は今頃収穫だし、鰹は遠洋漁業。今ぐらいのまでは大丈夫、と判断。3つ購入。いざとなれば、小麦とだしで作れるので優先度低し。

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日清のホットケーキミックス
小麦は上記と同じ。他にもメーカーあるし、私としては却下。震災前のを1つ購入。

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森永のホットケーキミックス
小麦はアメリカ産。原材料は食塩をのぞき全て海外産。あえて言えば、添加物で大豆由来の乳化剤が国産なのくらい。私的にはあり。今後は森永を買い、買いだめはいらないかな。


海外産は別の意味で怖いから、よく国を調べないとだし、安易にはできないけど、もうリスクは分散。今までのものはOKとする、にしないと。

このブログはストレス解消のためにも本音で書いていますよ〜。

娘の離乳食をめどに帰りたいけど、それが良い結論なのか。
ここが九州や沖縄みたいに安全ならいいけど、ここだって関東よりましなレベル。ましてや今までの理解度からしたら、食材は危険かも、と。協力的で感謝はしてるけど、やはり根本で賛同してないから難しい。

福島の野菜避けたいって言ったら、私は新潟地震と中越地震経験してるから被災者の気持ちわかるから可哀想になって買うのよ、と私を目の前にして他人に話すし嫌味じゃなくて本当に悪気ないのがこの家。自分が気にしないから人の気持ちがわからないんだよね。自分と違う立場の人と渡り合う社会経験が少なく、閉鎖コミュニティーだったんだろうな。優しいんだけどね。ネタにしたあげく、悪者かいな。
でも、余震におびえ、お風呂の一部が壊れるくらいで被災なら今回の私たちの方が数倍被災してるよ。妊婦だったし、原発災害はあるし、余震の規模は半端ないし。自分だけじゃないぞ〜。人の立場考えろ〜。

まぁネットとかの恐怖をあおる意見におびえながら、仕事を捨て西に引っ越すことは出来ないし、旦那と離婚して西に引っ越して一人で育てるのも子どもにとってどうか不安だし、正直、旦那に理解があって、転職して引っ越してくれる人がうらやましいけど、とりあえず、私はここで頑張って生きていかないと。
得られる情報は得て、情報は正しく選んで、だね。自分でアンテナはらないと置いてかれる世の中が怖いけど。
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2011/7/8

ぐち〜  

放射能問題が不安になり、子どもと向き合う時間が減らないようにすると寝不足になる私です。

旦那を1人置いてきたのは申し訳ないし、不安。
以下の文章をネットで見つけて私の気持ちを代弁してくれてる部分もありよく読みました。旦那にも読んで欲しいなって思いましたが、難しいかな長いからってこういうの読まないんだよね。
それで何も知らずすっとぼけたこと言うから、根拠を示せってよくケンカになるんだけど。のほほんとして、少しポーっとした優しさは長所。
しかし、社会人になってから、そしてこういう原発問題がおきてからは、まぁいいか、どうになる、考えすぎないっていうのだと、置いていかれるというか。自分で学んで、学習して賢くなっていかないと生き残れないと思うんだよな。
そこんとこ、価値観の違い。頭のよしあしでなく、賢く生きていかないと、人生学んでいかないとって思う。仕事以外でも。仕事なんてそれあってのこと。

一番ショックだったのは、私だって好きで避難したわけではない。思うように行かなくなる生活、さみしい生活、旦那の心配、経済的なこと、いろんなことを加味しても小さな娘に何かあったらってもしものことを考えて苦渋の選択の避難。
旦那はもともと避難には反対。理由はみな普通だから。普通じゃない人は以下の文章にあるようにこっそり行動してると思うんだよね。私の友達も子持ちの子は何人か避難したし。反対なら反対でいい。でも、理由はみんながこうだからって幼稚園児みたいな理由じゃなくて旦那にはしっかりしてほしかった。自分の子なのに。
で、せめて私の気持ちを理解はしているかと思ったら、別に帰るとか嫌だとかわがまま言ったわけでもないのに、さみしいねとか愚痴れば、自分が行きたいって行ったのに。自分で決めたのに。そんなのわかってたから言う資格なし、みたいに言われけんかどころか大ショック。

正直、こんな冷たい人だったのか、と思ってしまった。
どういう気持ちで何を根拠にこうしたかわかってないんだね。こんだけの時代になっても何も変わらないんだ。

私が気にしすぎだと思うけど、旦那が慣れない仕事をして苦労したり、1人でさみしいのもわかってはいるのにな。俺はこんななのにって子どもが心配じゃないのかな。いや、そこまで見えてないんだろうな。

本当に疲れたわ。
旦那の意見、価値観はそれでいい。でも、帰れるかなって状況を少し考えることもあるけど、旦那がもう少し賢くならないと帰れないと思う。

以下、コピペです。

すでに強制避難しないといけない地域が指定されています。この地域に住んでいる人はすでに避難、あるいは近いうちに避難することになっています。
 ここで問題なのは、避難する地域に住んでいるわけではないので、強制的に避難させられるのではないけれど、放射能が気になるので、自主的に避難すべきかどうか悩んでいる、という点です。
 最終的にはご自分で判断されることだと思います。ここではベラルーシの例をご紹介します。

 ベラルーシでは強制的に退避しないといけない地域は年間外部被ばく線量が20ミリシーベルト以上の地域です。
 5ミリシーベルト以上20ミリシーベルト以下の地域は自主的に移住、あるいは避難するということになっています。
 5ミリシーベルト以下の場合は避難や移住はしなくてよい、ということです。

 この自主的に移住、あるいは避難する地域ですが、移住先避難先の住居は個人で確保せよ、という条件だったので、実際には移住した人はとても少なかったのです。
 
 6月6日のNHK「あさイチ!」で(自主)避難のことが取り上げられていました。
 私がショックだったのは、自主避難した人について、「逃げた」とか「神経質だ」といったことを言う人がいることです。
 逃げられない人が逃げられる人のことを羨ましく思っているのかもしれない、という考え方や、みんな避難したら、地域の復興ができなくなる、という意見があるのも分かります。
 
 ベラルーシの場合は自主的に避難できた人は少数でしたが、残った人たちが、避難した人をあれこれ言うことはありませんでした。
 はい、みなさんご自由に、という感覚です。政府も隣人もです。
 日本のほうがベラルーシよりこういう点では自由がないのかもしれません。

 震災後日本人の心理状態が大きく変化し
「日本人一丸となって復興させよう!」「家族の絆・ご近所の絆の再確認」
とかすばらしい言葉、キャッチフレーズのような言葉が、マスコミにもどんどん登場しました。
 史上まれな大震災発生後、日本人が一帯感を持って困難を乗り越えようという精神を持ったことは、すばらしいことだと思います。
 しかしこういうことを書くと、非難されるのを覚悟して書きますが、このような「日本人一丸精神」がまちがった方向に動くのは危険だと思います。
 被爆の危険を恐れず復興に尽力している大勢の人が、放射能のことを心配して避難する少数派の人を、裏切り者や臆病者、将来戻ってきても白いカラスのように思ってしまう傾向にどうしてもなってしまいます。

 今の日本は戦中のようです。
「神国日本が戦争に負けるはずがない。」というのが当時は常識でした。
「自分は戦争に行きたくない。自分は助かりたい。命が惜しい。」などと言うと、非国民扱いです。 
 日本人が一丸になって戦争に協力するのが当たり前でした。隣組という、一見いいようで、実は隣近所の人同士でお互い監視させる制度もありました。
 戦後、常識は非常識になり、戦争を生き延びた人たちは命の大切さを後の世代に語っています。

 今回の震災で「命の大切さ」を多くの日本人が再確認したり、「助かった命を大事にして生きていこう!」といったメッセージがマスコミからもどんどん流されています。
 それなのに、自分の幼い子どもの命を大切にしたいから、自主避難(つまり費用は自分持ちが普通。)する人は周囲から「神経質だ」とか、「どうして自分たちだけ・・・自己中だ」とか言われてしまうのでしょうか? 
 
 避難された人のほとんどは小さいお子さんを抱えているから心配なのだと思います。
 引越しするのは今の日本では自由な権利のはずです。江戸時代の農民じゃないんですから・・・。
(ちなみにベラルーシは引越しが難しい国です。今住んでいる町の範囲内、例えば、市内の北区から南区に引越しするのは自由ですが、別の市に引越しするには、その理由を証明しないといけません。引越しの完全な自由がまだ認められていない国なんです。)

 どうかお子さんを持っている人たちの自主避難を、責めたりしないでください。
 町が復興しても病気の子どもだらけになった場合、今必死で復興していることの意味が半減します。
 (↑これは復興に尽力されている地域のお子さんが、全員そのうち放射能で病気になる、と言っているわけではありません。誤解を招きたくないので、念のため申し上げておきます。)

私のこの投稿を読んで不愉快な気分になる方もおられると思いますが、あえて、全体主義的な思想に今、日本人の精神がさらされており、個人の自由・権利を独裁国家などではなく、普通の隣人が縛ろうとする社会になってしまう危険性があると、ここで言いたいです。
 絆を大切にして、お互い助け合い、震災から立ち上がろう! という姿勢、愛国心の再確認、一つの目標に突き進む日本人の姿は本当に美しいです。
 このような日本人の姿をベラルーシ人は絶賛しています。
 しかし、私自身の心の中ではひっかかるものもあるのです。




なーんてのがありました。
放射能問題に関心のある人じゃなきゃ読まないとが思うけど、うちの地域は内部被曝をおおよそ計算すれば5〜20ミリの地域、希望移住だと思う。最悪を見積もればね。
それでも、気にしない人はいい。現実はこう。
この原発問題は未曾有のことばかりだからね。気にしないって価値観はあっても大丈夫はないんだよ。大丈夫かはわからない。

旦那が派遣に行った時、避難を相談した時、いろんな局面でこうぶつかったもんね。
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2011/7/7

原発離婚  

原発が心配で、娘と避難して旦那と別居2ヶ月目。

最近、原発問題がテレビでもさらに取り上げられ、まわりとの温度差に悩むお母さんが紹介されてたけど、まさに我が家だよ。
原発離婚とは我が家だよ。こっちが悪者的だったのがテレビの報道では少し私よりになってきたのもあり、うれしい。

この辺に住む以上、放射性物質との長いお付き合いだし、関東に帰って旦那と家族そろって暮らせるメリットはあるけど帰れば終わりじゃないし、原発収束しても終わりじゃないし。
原発問題で露呈したお互いやお互いの実家の価値観の違いもあるし、健康問題がからむから妥協がないんだよね。

子どもは可愛がってくれてるけど、あまりに問題の本質を見ないことと、あれだけ説明しても、私が決めたんだから何があったって知らない的な態度には、そんな人とは思わなかった…と思ったな。
確かに旦那は気持ちは優しいよ。優しすぎて鈍感で人の気持ちがわからないね。

ピリピリしながら旦那の側にいるより、娘と2人でも、安心できるとこでやっていく方がいいかな、とも思っちゃったよ。少なくとも今の私に旦那が安心できないし頼れん、みたいな。
養ってもらってるのは感謝してるし、社会的には守ってもらってるけどさ。

子どもにとって今は母親が大事な時期だしねぇ。

子どもには私がいれば何とかなるかな、なんて考えちゃったよ。お金とかいろいろあるし、これから物心つくわけだから、そんな簡単に考えちゃいけないけど、頭をよぎってしまったわ。

結婚したら、そんな価値観の違いいくらでもあるって既婚者には笑われたけどね。
独身の頃、既婚者のイメージと既婚者に思ってたことが今はなんか違くなってるなぁ。

さて、今までと違い価値観の違う集団にいてストレスだけど頑張らねば。日常生活でやられ、言われてあり得ない思って疲れてることをまた旦那に同じこと言われ、さらに疲れ、旦那の声は聞きたいけど話したくない気分な今日このごろ(笑)

衛生観念や健康管理、母親目線と価値観あうお友達とはなすのが一番良いわ。
やっぱりこれはなしだよね〜びっくり〜。疲れた〜。言い合える友達って素晴らしい。そんな友達と結婚すべきだったか。女だけど(笑)
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2011/6/13

現在の私、その2  

今ある幸せを置いて、避難すべきか本当に悩みました。旦那とベビーカーで散歩したり買い物行ったり、やっとそんな日がくると思ってたとこにこの原発。そんな幸せを手放しての避難。子どもの健康にはかえられないけど、まわりが普通に見える分、見えない放射能に戦ってる私がおかしくも見えたり。きっと避難したり引きこもってる人は見えないだけなんだと思うけど。

確かに数値は異常。今までの基準値もはるかにオーバーしてることも事実。

爆発の時、関東から避難した人達を見聞きしましたが、少し落ち着いた最近、この辺の汚染が明らかになりはじめ、小学生とかでも疎開をする子を見聞きしはじめました。
避難じゃない、疎開、移住。そんな選択もちらほら。原発収束ではなく、土壌汚染が問題で収束しても自分たちの土地が改善されないのがだんだんデータから皆がわかってきたんだと思う。

でも、確率論だしいろんなことを犠牲にしてまで、とは考えてしまう。まぁ正しいことはわからない。正解はない。むしろ、未曽有のことなので誰も予測はできないんだよな。

私たちは、旦那と結婚決まってからの9ヶ月間九州で遠距離、帰れると思ったら3ヶ月の新潟、やっと帰ってきた2ヶ月だけ一緒に新婚生活でしたが、また9ヶ月の静岡生活。それがあと一週間で終わる、子どもも生まれ、3人で新生活って思っていたとこにこの原発。
今の仕事を続ける以上、最悪自体、次の転勤まで単身赴任、次が万一福島ならまた単身赴任で子育てか、とまで頭をよぎり、むしろ、転勤族で良かったとすら最近は思うようになりました。

健康被害や移住の基準は土壌汚染だからね。

まわりが普通過ぎて、たぶん引きこもったり、避難している人が目に付かないのもあるんだろうけど、こんなに子どもを可愛がってくれる旦那と子どもを離し、福島派遣もあるような旦那を残し、旦那も心配だし、避難すべきか。
将来のリスクなんて確率論です。もちろん病気にならない確率の方が圧倒的に高い。一生知らないまま過ぎ去る可能性も高いし、それが一番幸せだったかもしれない。原発がなくても病気になる子はなるし、障害だって持つ子は持ちます。

ただ元気にうまれ、何もわからない我が子を見ると、何よりもまず健康を守ってあげなきゃと思います。本当に未曽有の災害に原発。参考となるのはチェルノブイリぐらいで、何が今後起きるかは誰も予想できないんだよね。
こうだから安心、こうだから危険、なんて正しいことはわからい。わかった頃には遅かったにならないように、オーバーに考えようと思ってます。

これからは食の汚染との戦いだよね。
牛乳が汚染されて、母乳もダメじゃんと思ったら、案の定母乳から検出。母乳も怖くなり、結局ミルク育児を選びました。

おっぱい育児に備えて買ったものもあったし、最低限免疫をつけるのは、身体を強くするのに必要だからと一週間は初乳を頑張ったけど、すぐ断乳。空腹でパクパクする我が子の姿はおっぱいを探しているようで、ようやく出るようになった母乳を搾乳するのは悲しくて、ミルクをあげながら、こんな時代にここにいなければって涙が出てきました。

まだ母乳が出るので、避難先でまた母乳とも思ったけど、前も言ったけど今は飲食物の放射性物質の基準値、外部被曝の基準値もめちゃくちゃに上げられ、基準値内です、は信用できない。福島の子どもの被曝20ミリシーベルトがその例だし。食品をはじめ、地面の放射能もいろんな自治体が放射能測定しはじめて、健康に害はありません、基準値内ですって言ってても、それは20倍にあげられた基準値内。信用できない。むしろ本当に健康に被害がないかなんて、今まで経験ないし、似たようなチェルノブイリではあったんだし。平時だったら、とんでもない異常値だ。母乳から検出されてるレベルだって今までの基準値なら基準値オーバーなわけだし。

通常は自然放射能以外の被曝は1ミリ。赤ちゃんならなおさら。室内の線量なら全く問題ないけど、まだわからない時、2回ぐらい買い物に行ってしまったし、外で観測された線量をこの3ヶ月、24時間浴びてたと最悪の場合を考えると、このままではすぐ1ミリになっちゃうし、呼吸からの内部被曝もあるだろうし、これからの生活は極力飲食からの被曝も避けないと。

妊娠後期、自分の食べ物、特に加工食品には限界を感じました。水も野菜も果物も全てが基準値が上がってるから、もう日本に今までレベルの安全なものは、探してたら私が栄養失調になり、母乳も出なくなると思い、結局ミルクに。ミルクも牛乳から作られるので、今後、汚染がすすむかもしれない、と思ったら怖くなり、震災前に製造されたミルクを一年分以上買いだめしました。ベビーフードも少し買いだめ。和風だしやしらす、昆布とか離乳食で必要なもので海洋汚染で手に入りにくいものもたくさん買いました。
数年後でも、第2子を今後考えるなら、特に女性である自分の被曝も慎重にならないと。

野菜は北はぎりぎり青森までと思ってて、牛乳は九州のが手に入らないので北海道のにしてました。したら、北海道の牛乳からセシウムとまでニュースになり、もう北のものもダメですか…。本州はあきらめかな…。風向きは北に向かってるし、九州沖縄ぐらいしか安心できないかな。
自分たちの食材もだけど、きっとすぐにはじまるだろう離乳食を考えるとさらに頭が痛い。

こんだけ基準値あげられた食材が日本に出回れば、日本どこでも加工食品は怖いし、そりゃ関東レベルじゃ食材関東の多いし母乳から放射能でるってば…。私はかなりピリピリしてるし、同じようにピリピリしてるママさんともよく話すけど、半分ぐらいのママさんは加工食品の材料や工場の地域、水も採水地とか見ずにペットボトルなら安心とか思ってる人多いみたいだけど、私からしたらなんか気になっちゃう。それじゃ本末転倒のような。
ミルクが牛乳から作られるからって危機感も少ないみたい。文献あさったら、チェルノブイリの時の食の汚染は粉ミルクからもセシウムってあったし。
それでも最近は、いろんな情報が出回ったか、震災前のミルクもない。買っといて良かったな。あ、品薄の時に買い占めはせず、ちゃんと徐々に集めましたよ。買った後にチェルノブイリの文献見つけて怖くなったんだよね。

避難しても加工食品や外食なんて安い野菜使いそうだし。避難すれば外部からの被曝と空気はクリーンになりそうだけど、お医者さんにまでミルクが無難と言われ、切実な思いです。

今の基準値は一年を目処の暫定基準値で、徐々に戻すと言われても、その一年に、私の子供は大人の数十倍影響を受けやすい乳児。何年間か通してつじつまあわせて良いわけじゃない。基準値あげられまくりの一年が影響受けやすい大事な一年。ならもう逃げるしかない。旦那は心配だけど、旦那は大人。この一年かそこら、食事や不衛生で被曝増えても今後の数年で私が取り戻してあげる、今は子ども優先に、それが結論。

旦那は福島で被曝して、さらに自宅でも低線量被曝を受けることになる。そもそも関東は低線量被曝を程度の差はあれほぼ全員が受けてると思うけど。せめて自宅が東葛エリア以外だったら、福島で被曝しても自宅で細胞の回復できる期間があるからかなり違うのに、自宅で被曝するような地域の隊員が福島でも被曝なんて…。みんなそれぞれの思いはあるんだろうな。
そしたら、郡山駐屯地の人たちなんて当初は風向きで30マイクロぐらいにかなりやられてこっちとは比にならない被曝が避難圏外でもあったのに、自宅でも仕事でも高い線量の被曝で、本当に大変だろうな。

今はやれるだけのことはやりたいし、もし、何年か後にあの時は、神経質になって関東から逃げ出してバカみたいだったね、買いだめまでしてって笑い話になれば良いじゃないか、と思います。
あ、あくまで全てが私の基準だけど関東が全て危険とは思いません。千葉や埼玉の一部、西東京や神奈川だったら飲食に気をつけ避難しなかったと思うけど。

チェルノブイリチェルノブイリって何度も言ってしまったけど、チェルノブイリと福島は同じと思ってません。規模も事故形態も違う。だけど、放射能に応じた健康被害や対応はそこしか過去の事例がないから参考にしたいと思ってるだけ。

これが首都圏、東京千葉で起きていることがなんか信じられない。

今はまだ、室内で良いけど、今後は閉じ込めとくわけにはいかないし、成長のためにも、外出して外の空気吸わせたいです。

こちらの生活も不安だけど、正直、今一番の不安は帰れる日がくるか。安全な土地に戻るか。
チェルノブイリでもでしたが、移住や健康被害の基準は放射性物質の降下量で、一度降下してしまったら、なかなか消えません。それにより放射能も高くなる。つまり、放射能が高めなら、降下量も多いし、もう時間がたち、すぐに減ることは期待できない。あくまで私の憶測ですが、原発の収束より心配なぐらいです。チェルノブイリなみとまでは思ってないけど、準ずる事故であり、もうチェルノブイリの教訓しかないんだなって思うのが悲しい。

帰る日が来たとして、そこは子どもにとって安全な土地か。原発が収束して、土壌調査とかのんびり国がやって実はとんでもないことになってた、とかなるのでしょうか。報道されなそうだけど。
でも、時間がたって調査が進み、安全危険がはっきりし、安心して帰れる状態であることだけを願います。

まぁかなり悲観的に考えてのことですが、最悪を想定したかったので。後で後悔したくなかったから。
のちのち、笑い話になれば良いですね。そんなことを子持ちの友達同士と話してる。あの時はバカだったね、と。

安全な食材や今後の見通しを専門知識をふまえて相談できる意識の高い友達は貴重だな、と思った。
放射能に関しては二極化しはじめて、考えのあわない人はこの話題に触れないのが一番だと最近は実感してるよ。

ちなみに東京でも避難費用が東電に請求できると噂で聞き、嘘だろと確かめたら、本当に用紙もらいました。どこまでおりるかはわからないけど。
乳児は対象だそうです。それって東京も乳児にはまずいと認めたってこと…?

私の家族も旦那の実家も、本当によく理解しはじめてくれました。ありがたい。感謝しないとってよく思います。今までは生活や健康の不安ばかりだったけど、ふと、旦那はどれだけ1人でさみしいだろう、と考えはじめ、子どもとも会えない、考えただけでまた胸がつぶれそうです。

娘が大きくなったら、今のことが笑い話になっていようとなかろうと、あなたの命を守るために、どんだけの人間が動いて考えて頑張って、どれだけ大切にしたかを伝えて育てたいと思いました。

長くなりましたが、気持ちの整理のため。
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2011/6/13

現在の私、その1  

あんまいい話ではないんだけど…。
自分の気持ちの整理と、記録がわりに。身近な友達には話しましたが。

今は関東を離れ、娘と親戚の家に来ています。旦那は仕事なので千葉にいます。
理由は原発事故からの避難。

震災直後の事故当時、私が戻った都内の実家も、自分たちのオンボロ官舎も原発から220〜230キロ。
正直、自分たちにはあまり関係ないと思ってました。東京や千葉の放射能が一時的に上がったのも知ってましたが、既に生まれても良いような妊娠後期、娘の頭が大きかったため、レントゲンを撮る話まであった私は、当時の報道がレントゲンや飛行機の被曝と比べてたこともあり、まぁレントゲン一枚撮ったと思えばいいや、程度な気持ちでした。妊娠初期みたいなお腹の子への心配はなく、楽観的でした。

高校生の時に東海村の臨海事故でまわりの食べ物が汚染されたことを思いだし、妊娠中だし食べ物飲み物だけ気を付けようといったレベル。
レントゲンや飛行機の被曝と比べても意味がないことを知らなかった。

でも、ニュースで原発が爆発する映像はさすがに怖くなり、原発近くで屋内退避地区があると知り、都内なのに病院もキャンセルして1人で勝手に屋内退避。換気扇もエアコンも止め、この日から洗濯物も一切外には出さず。
おかげで、後に判明したとんでもなく放射性物質がふった1日に外の空気を吸わず、本当に命拾いしたみたい。あとで、当時の数値を見たら、放射線だけでも百倍以上なのに放射性物質が降ってきたということは吸い込んだということ。外にいたらとんでもない内部被曝したはず…。冷静に考えても、相当やばいでしょ…。知らぬが仏。

それでも、その後の報道を見ながらもう大丈夫だろう、と思っていました。ただ、妊娠中なので念のため、悪阻もあったので1人勝手に屋内退避継続。
そんな中、旦那がまさかの福島派遣。原発作業員ではありませんが線量計を持たされるような事態に。一気に私にとって原発が身近に。

当時は余震もまだ頻繁にあり、原発がまた爆発する恐怖もあり、1日に何度も流れる緊急地震速報に怯え、福島では震度5クラスも何度もあり、大きい揺れでは、テレビから流れる原発では異常がないか確認中、作業員退避、放水中止、津波、なんて報道を旦那は大丈夫だろうか、と生きた心地がしないまま見入ってました。
震災まで続けてた胎教も、もうお腹で無事にいてくれれば、ぐらいにしか考えられないぐらいに。

心配で心配で仕方なかった私は、引きこもりで時間もあり、原発や放射能について調べまくりました。
その中で、内部被曝、外部被曝、放射能、放射線、放射性物質、自然放射能、半減期、ホットスポット、いろいろ知り、チェルノブイリの情報も調べました。

そして、たどり着いた結論。
旦那も心配。でも、今の派遣レベルなら長期にわたらなければ大きな心配はない。旦那のレベルなら放射線にさらされる外部被曝より、汚染されたものの飲食や、空気を吸うことによる内部被曝を心配するべき。自衛隊のマスクは、作業員レベルでもないものでは機能には疑問を感じたので、何万も出して旦那に高性能マスクを持たせたりしました。正しいかはわからないけど、それが私の結論。

そして、実は旦那より心配しなければいけないのが、自分たちだった。
信じたくなかったけど、自分たちがいる地域はホットスポットという、局所的に放射能が高くなってしまった場所ではないかと感じた。今は多少報道されて認知されてきたけど、2ヶ月以上前ではほとんどまわりも知りませんでした。
原発から離れてるので、最初の直撃を受けない分、ダメージは減るがじわりじわりとやられる。放射性物質が拡散した時の風向き、地形、雨の条件により局所的にたくさん放射性物質が降ってしまった地域ということ。福島ではいわき市とか田村市がわりと平気なわりに、それ以上離れた飯舘村がひどい被害を受けたみたいな。

東京は新宿で代表して計っていたけど、新宿なんて遠いし参考にならない。うちのすぐ近くで、専門家が計測しているのを知り、見てみれば、ピーク時0.7マイクロ…。しばらくしても0.3マイクロ…。噂では平時は0.05〜0.1マイクロ未満。

いわき市や田村市の方が放射能低い。
ここは東京ではなく福島と思うべきだった。いわき市みたいな直撃はされてないが、現在の福島より高いじゃないか。ここは原発30キロ圏か、と。

いろんな条件で、チェルノブイリでも30キロで無傷、500キロでかなりの被害が出たってのを聞いてたけど、まさかここで、と。

妊娠中だったので、とても冷静ではいられなくなりました。後期だったので、放射能による奇形や障害の心配はいりません。だけど、新生児より小さい赤ちゃん、将来へのリスクは小さければ小さいほど高い。

そして追い討ちをかけるように報道された、東京や千葉の人の母乳から放射能ニュース。しかも柏市、千葉市、三鷹市と近隣でうちの地域より線量の低い地域からも検出されてる。微量だかは問題ないと言われても、今までの基準値だったら摂取基準をオーバーしてる。問題ないかは少なくとも未知数であり、確実なのは異常であるということ。
私の地域でも水道水が基準値を越え乳児にペットボトルが配られたりしました。私は東海村の教訓から、検出される前から水道水を料理にも使ってなかったし、野菜類も関東、東北は使ってなかった。基準値内とか言われたって、測定してない放射性物質で子どもに超危険なのはあるし、まして基準値は事故後数十倍にもあげられてて、とても妊婦子どもには危険。原子力特別指針?とかで原発事故後一年は基準値を変えていいなんて、旦那が福島行かなきゃ知らなかったよ。
だから、空気以外にも汚染された水や食品で母親がやられ母乳からでたんだろう。牛乳からでて母乳にでないわけない。

それを知って、加工食品も怖くなり、とにかく産むまでは震災前のものを食べました。

母乳から検出されたその人たちの生活がわからないけど、水はペットボトル使ってたらしいし、政府の発表が遅れた間にやられたか、食材への意識が甘かったか、もう空気からか。
これは本当に戦慄だったな。
検出されてない人も半分以上だから、こんだけ気をつけて引きこもってた私は大丈夫、と信じ込むしかなかった。

で、旦那に怒られたけど買ってしまった線量計。我が家の放射能を計り、0.06〜0.11マイクロと判明。
平時より気持ち高いけど、西日本の自然放射能より低い。
機械により誤差がかなりあるから、ピークで0.7マイクロや今でも0.3マイクロが観測された地点付近を私の線量計で計ってもらえば、ほぼ0.3マイクロ。アスファルトより土が高い傾向があり実家近辺は0.15〜0.3。場所によっては0.5マイクロとかここは避難地域か。

退院後の自宅線量はさらに落ち着き、自宅内ならほぼ平時。
しかし窓際は、家の中心よりは結構あがり、倍近いことも。娘は窓際に連れてくな、という異常な生活。

我が家は木造住宅なので外からの放射線は遮蔽できないはずです。枝野さんが言ってた屋内が放射能が減るってのは、特に木造住宅では放射性物質を、持ち込まないようにしてはじめて意味があり、屋外の10分の1は、原発作業員並みに除洗してコンクリート家屋でも厳しいはず。

自分で言うのも何だけど、自宅の線量が低かったのは、家族が徹底して換気を減らし、外できたものは玄関で着替え、原発事故以降洗ってないカーテンやソファーも洗い、玄関はデッキブラシで磨き、室内も水拭き徹底で、掃除機は使用禁止に。徹底的に放射性物質を持ち込まない拡散させない、の効果だったと信じてるよ。
娘の部屋は無菌室かってぐらい、出入りの人間の管理を徹底したし。

ちなみにショックな話だけど、地震前から模様替えで散らかり放題、外からの荷物も置きっぱなし、掃除も適当な官舎に行き、デッキブラシでベランダや玄関を掃除し、室内も徹底除洗したら、放射線量が3分の2に。コンクリート家屋だから、実家より遮蔽するはずなのに、家の中が汚かったのね。旦那は余計な被曝をしてたとは思いたくない。
それでもコンクリート家屋、木造より遮蔽するし、場所によっても室内の線量は安定してました。

とりあえず引きこもりと対策は正解だったけど、今後このままのわけにはいかない、と。

最近は放射線量も平時の数倍のまま下がり止まり。ヨウ素がなくなり、セシウムなど半減期が期待できない時期にはいり、雨での拡散も限られてる。
このままここにはいられない。きっと平時の数倍の放射能は何年、何十年以上かかって戻るか戻らないか、の世界なんだから。奇跡でもおきて梅雨や台風で流れればな。未曽有のこと、誰も予測できないのはわかってます。
ここが移住や避難地域になる可能性は極めて低いけど、今ここでは子育てできない。とりあえずの室内の安全は確認したけど、絶対じゃないし、良い環境のわけはない。子どもを閉じ込めて育てられない。

なので、線量計の結果で緊急脱出こそしなかったものの産後、落ち着いたらすぐの避難を決めました。
もし自宅の線量がピーク時の0.7だったら緊急脱出だし、屋外と同じ0.3だったら、産後の検診を待たず避難と思ったけど、幸い、室内の線量はほぼ平時。見えない放射性物質や空気は怖いけど、線量が低いなら比例してそれらも少ないはずなんだけど…たぶん。

で、産後も少し都内にいました。娘が帰って来てからは、さらに徹底だから、外が相変わらず0.3でも室内の放射線量は0.07前後で安定。

ただ空気は多少は共有してるし、人の出入りはあるし限度はある。

避難については、スムーズに決まった訳ではありません。
旦那は悠長でした。避難地域じゃあるまいし。皆、普通に暮らしてるし。赤ちゃん外にいるし。東京だし。
当初、母親は放射能なんか気にせず強くならなきゃ的に旦那に言ってたらしい義実家、やれることやればあとはこの時代に生まれた運命、今元気なんだからとまで言った旦那とは離婚しようとまで思ったけど、どうにか説得。

やっぱり旦那とは仲良く今後も暮らしていきたいし、まわりの外野に何か言われても最終的には無視するつもりだったけど、これから一緒に子育てをする旦那は納得させたいって思いました。
根拠を示しても、まわりが平気だから、普通だしって感じなんだけど、集団心理にのまれて逃げ遅れるタイプかな。

ここ最近、この東葛あたりの放射能がホットスポット的になり、福島なみであるということが少しずつニュースでも言われはじめました。
だけど、外を見れば線量が高くなりやすいベビーカーで普通に散歩、放射性物質を除洗してない公園で子どもが泥まみれ…あまりに危なく思え、そしてあまりに普通の日常が見え、いったい何が正しいんだろう、国を信用したら逃げ遅れると思ったけど、真実は本当に隠れているのか、考えすぎなのか、悩みます。

まわりは知らないのか、大丈夫と思っているのか。ただ、なにも対策してない東葛エリアの人は、内部外部被曝あわせてこの3ヶ月で確実に今まで年間被曝限度とされてきた1ミリはオーバーしているはず。
福島の子どもの被曝限度を1ミリから20ミリにして反対されてるニュースを見て他人ごとじゃあなかったってこと。事故前の基準は1ミリだったんだから。今はその新たにかわった法律を基準にして20ミリ越える地域を避難としてるけど、もし法律かえず1ミリが限度のままだったら、下町エリアは避難区域です。もちろん、そんなたくさんの避難民を受け入れられないし首都圏に避難勧告だせないよ…パニックだよ…。福島市や郡山市みたいに3マイクロの世界でさえ、避難させてないもんね。

悠長だった旦那も、少しの報道と実際に福島を見たり、政府や自治体の動きに仕事で振り回されたりして、これは受け身では国に殺されるかもと思ったのか、私より遅れてだんだんと考えてくれるようになりました。
飯舘村や、伊達市みたく気付いた頃には限度いっぱい被曝してそろそろ越えるので妊婦乳幼児は避難、児童は屋外活動制限を…とかありえそうだもん、となり。

基準値をかえていいのは、原則一年。今後は土壌汚染の問題なので今の線量が下がる期待はかなり薄いです。外部被曝だけで1ミリこえてしまうようなどうすんだろうね。またなんか法律かえるか、測定かえてごまかしたりするかな…。もう国が信用できない末期ですよ。
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