「我慢」とは、精神的肉体的に苦しくて訴えたい気持ちを発散させないで抑えること。
「辛抱」とは、環境の苦しさに押し流されないで、向上心を持ち続けること。
我慢の先には 不満 が、辛抱の先には 希望 があります。
我慢というのは、耐え忍ぶことですが、自己にとらわれ、
そのことに対して 不満の気持ちがある状態、
辛抱というのも、辛さ・苦しさに耐えるのですが、
その気持ちの中に 不満がない状態 だと私は理解しています。
つまり、耐える、ということは、同じなのですが、そのときの心の状態が違っているのです。
我慢はいつか爆発する恐れがあります。
我慢しているものを吐き出すために、モノにあたったり、虐待やいじめなど抵抗できない
相手を攻撃する形で処理しようと、してしまったりといった問題が起こることもあります。
我慢しているものを吐き出すと一時的にはすっきりしますが、
根本的な問題は解決されていないので、再び溜め込んで爆発せざるを得なくなってしまい、
結局それは、自分自身をも傷つける行為になってしまうことになります。
でも、辛抱はいつか解決できる時期が訪れるのではないかと私は思っています。
忍耐とは、苦しさ、辛さ、悲しさなどを耐え忍ぶこと。
例えば、自分に不都合なことなどをひとにされても、暴力的な仕返しをしたり、現実逃避したりしないなど。忍耐する力を「忍耐力」、忍耐力があることを「忍耐強い」と言う。
忍耐・辛抱はしても、我慢はするな!。
忍耐=無条件の愛と気づくでしょう。
忍耐の先には、希望があるのです。
我慢の先には、不満・不安・恐れがあるのです。
忍耐は愛。
我慢はエゴ。
あなたは我慢していますね。
我慢はエゴです。
我慢していても、良いことは決してやってきません。
忍耐・辛抱の先には、希望が待っています。
忍耐とは、無条件の愛です。

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