発売30周年、らしい。
そーかぁ、もうそんな経つのかぁ(感慨)
1979年といえば高校2年生。
すぐ手に入れ学校に持ってきた友人が羨ましくて…
お年玉貯めてステレオ買ったばかりだったから、
すぐには手が出せなかったな。
数年後、録音機能の付いた「Walkman 2」を購入。
以来、外出には欠かせないアイテムになった。
当時2局しかなかったFM番組をエアチェック。
新譜エルピー(笑)特集やスタジオライブ音源を、
通学途上の電車内でずっと聴いてたっけ。
(当時録ったRCのレア音源、生唾ものでっせ)
これで3万3千円って。
今は安くなったなぁ
と、ここまでは、
現在「iPod」を手放せない方々と同じ感覚だろう。
でも、自分の場合ある時からそれを止めた。
カラダが求めなくなった、と書いた方が正確かな。
既存の音楽を「持ち歩く」必要性を感じなくなった。
ジャンル、カテゴリー、アーティスト数々あれど、
最も「大切」な音楽は自分の心の内にあるから。
この感覚、ずぅーっとフツーだと思ってました。
でも一般消費社会から見れば極めて少数、
という事実に気付かされたのはわずか数年前。
10代終わりから30代初めの交遊人脈が、
音楽の作り手・送り手ばかりだったからかな?
愕然としたよ(☆。☆)
それと同時に反省もしました。
他人に強要してるつもりは全くなかったから。
いつでも何処でも、好きな音楽が聴ける。
そりゃぁ、ステキなことです。
でも、「耳を塞ぐ」ことで失うモノも確実にある。
こっちへの危機感の方がずっとデカイのです。
クウキを読み、コミュニケーションを図るのは、
開かれた五感があってこそできること。
人混みの中にいても、周りが見えてない奴ばかり。
それで「孤独」だの「ストレス」だの、
チャンチャラ可笑しい、笑わせるな!
イヤフォーン文化?
周囲を遮断するライフスタイル?
コイツが無くなるなんて期待していない。
これらに支えられたビジネスがあまりに巨大だから。
でも、マズイと思うよ、このままじゃ…
ヒトが「生き物」として生来もってたはずの知覚。
音楽の作り手・送り手はその復権を願ってるはず。
コワシタノハダレダ?!

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