「さよならは言わないよ」 「俺もだ」





  こちらは HN:やや矢野屋 による
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  「宇宙戦艦ヤマト」がメイン 他に「マイマイ新子と千年の魔法」など

2012/4/12

「SPACE BATTLESHIP ヤマト」  宇宙戦艦ヤマト

私は心から実写版ヤマト好きです。
「アホ」と言われようと「目が腐ってる」と言われようと、大きな声で言えます。
あの映画をきちんと「家族の物語」として描いた脚本家に限りない尊敬の念を抱いています。

実写版ヤマトの凄いところは、ヤマトが内包する「家族の物語」から決して逃げ出さなかったことだと思うのですよ。
そこから逃げた方が絶対楽だし、今はその方が評価してもらえると思うし。
でも、傷を負うことを覚悟でやり遂げた脚本家の心意気は、本当に賞賛に値すると思います。

ここからちょっと余談。
実写版は生身の人間が演じていることもあって、ツッコむことにあまり意義を見いだせません。
アニメは「最初から絵空事」というのもあり、「ちょっと引いた位置から観る」のも愛情の形だと思えるのですが。
生身の人間のやっていることを「引いて観」ても、自分が辛いばっかりなんですよね。
この感覚って、チームを作る系のサッカーや野球のゲームに対する拒否感に似てる。
あくまで個人的なものですが。
なんか、「選手を取り替え可能なパーツとして見てる感覚」が苦手。
最近では実在するチームのファンが選手に対して「こいつ(゚听)イラネ」とか言っちゃうらしいですが、それと似た感じ。
ガッチャマンやマジンガーZにはツッコめるのに、ウルトラマンや仮面ライダーにツッコむのは辛い。
そんな感じ。わかってもらえますだか。
まあ、それはともかく。
私がアニメのファンだからかもしれないけど、元々はアニメキャラだった人物を真面目に精魂込めて演じてもらっていることに、まずは「有り難い」という気持ちが湧き上がってくるのですよ。
橋爪功さんとか、マジ泣きするレベルで感動する。

さて、ここから本題です。

アニメの第一作ヤマトは、沖田と古代を「子を失った父と、父を失った子が新しい絆を得る物語」とすることによって、人が個を超えた存在となる姿を描いてみせました。
雪を失った古代に沖田が掛ける言葉に、その真髄が表現されています。

物語の冒頭で古代が失ったのは兄の守だったけど、十歳も年上だと実質「小さいお父さん」みたいなものですよ。
まして、思春期に父母を失っているのだから、以後守さんはずっと父親的な存在だっただろうと思うし。
それと、ストレートに「父を失った」としなかったところが物語上の素晴らしい工夫になってましたね。
父⇔子の関係がまったく同じだったら展開がアッサリ読めてしまって興が冷めますが、少しベクトルをずらしたことで、感情の行き来が複雑かつ豊かになりました。

沖田が自分の経験(航海中の古代との交流)から得た「血の繋がりや恋愛感情による結びつきの外にも、人間同士の絆というものは求めることが出来る」という真理を語った後、死を迎える時にたった一人で見ていたのが「血を分けた息子の遺影」…。゚(゚´Д`゚)゚。
これは矛盾じゃない!人間の真実だ!
何ていうかね、沖田艦長もまたイスカンダルへの航海で人間的に成長を遂げたのよ!
あの歳で精神的に成長したのよ!
沖田艦長の一番凄いところはそこなのよ!
最初から立派な人じゃないのよ!
いや立派な人だったんだけどもっと凄い人になったのよ!
わかってもらえますだか旦那様!!
「血の繋がりを超えた家族愛」という境地に達することが出来たが故に、その恩寵として沖田艦長は最後に息子との思い出の中に還ってゆくことが出来たのですよ……
ダメだ、もう泣いてるわ私バカじゃないんか……

一方、実写版ヤマトです。
沖田と古代の年齢がアニメとは違うため、全く同じ構図をとることはせず、しかし二人の物語の軸にきちんと「家族愛」を持ってきています。
アニメの古代は沖田をという父を得ましたが、実写版の沖田は古代に対し「父の模範」となってみせました。
私は、実写版の最終決戦はアニメに於けるガミラス本星での戦いに相当するのだと考えます。
艦長に指示を仰ぎに行った古代は、アニメでは全責任を負った長から起死回生の策を授けられ、実写版では「死」という形ではあるが突き放される。
実写古代は自立を求められ、決断を下す。
古代に、真に「父となる資格」が備わっていたからこそ、そこで彼はその責務を負うことか出来た。
そして、その資質は沖田の後ろ姿を見つめることによって育まれた。
雪との別れの場面で、古代が語るのは「家族」のこと。
そして、雪という家族を得たからこそ、その家族の存在する未来を失いたくない。
家族のいるところを守れれば、それが自分の居場所となる。
特攻がどうとかさらばエンドがこうとか、そういうことじゃないんだと思いますよ。
「父とはそういうものなんだ」と、批判を恐れずに言い切ったのが、あの物語なんだと思います。
ちゃんとそういう話になってます。

元ネタ、元のストーリーがある以上、それをなぞらざるを得ない部分はあると思いますが、それでもきちんと筋の通った話として再構築してみせた佐藤嗣麻子さんの脚本は、本当に素晴らしい。
そして、その脚本を具現化したキャスト・スタッフの努力と熱意に、私は限りない賞賛を送りたいと思っています。
本当に、ありがとうございます。
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