2015/7/9

本 「山怪 山人が語る不思議な話」  

 これまで何度か取材を受けた田中康弘さんから,山での怪しい出来事の話を集めているので一度話を聞かせて欲しいと連絡があった.全国の狩猟について,たくさんの猟師に話を聞いてきた.その中で実にたくさんの不思議な話,怪しい話や出来事,体験について多くの山人が語ってくれた.それを纏めてみたいとのことであった.

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 私は怪談は好きではあるがまるっきり信じていないし,それほど不思議な体験もないとお断りしようとしたが,まあ一度話を聞かせてということで我が家においでた.以前から感じていたのだが,何とフットワークの軽い,機動性の高い人だろうとの思いをさらに強くした.

 私の子どもの頃のたわいもない話までもが本で紹介されている.なにも知らなかった子ども時代の不思議は今はほとんど自分で説明できる.

 この本を読んでいて思い出した.未だに自分で説明がつかない,本当に不思議な体験があったことを.

 もう60年近くも昔の話だ.

 私はその時6〜7歳だったろうか.いつものように,お祖父さんの炭窯(炭焼き小屋)に遊びにいった時のことだ.当時山間の農家はほとんど自給自足の生活をしており,塩以外の調味料(醤油・砂糖・味噌など)は各家で造っていたし,豆腐もこんにゃくも自家製であった.

 今だからこんな場所にも書けるが,ひそかに酒も造っていた.我が家では簡単なドブロクしかつくらなかったが,集落の何軒かは本格的な焼酎,それもほとんどが芋焼酎で,造って密売をしていた.それで財を成したという人もいたようだ.郵便屋さんが,自転車の荷箱の底に氷枕をしのばせて,それに仕入れて帰っていたと聞いたとこともある.郵便屋さんが仲買をしていたのである.長閑な時代ではあったがみんな生きるために苦労をしていたのだろう.猟の仲間が「この辺りに焼酎の蒸留所があった.ときどき税務署の手入れがあったそうじゃき,どこぞこの近くへ一升瓶が埋まっちゅうかもしれん.いま出てきたらたら,超古酒になってなんぼかうまいろうなあ」と,ワナでの獲物の「出し」の途中の山で聞いた事がある.

 木炭は薪とともに燃料であったし,重要な換金製品でもあった.出来の良い炭は販売し,燃すと煙が出るような不良品とか細かく割れたものが家庭用だった.
 家から1キロほど山に入った所に炭窯はあった.お祖父さんが一人で働くここへ来ると,焼き芋を焼いてくれたり,鉄砲で鳥撃ちに連れていってくれたり,山の果実の取り方,遊び方を教えてくれたりと楽しい思い出がたくさんある.
 炭窯にお祖父さんの姿はなかった.しばらく一人で遊んでいたと思うがお祖父さんは帰ってこないので,山を下りることにした.その帰り道,突然笛の音が鳴りだしたのである.それも美事な音色で.今思うと横笛のような音色ではなかったかと思う.お祖父さんは笛は吹かない.持っているのを見たこともないし吹いているのも見たことがない.当時20戸ほどの小さな集落だったが笛吹きは誰1人としていなかった.しばらく呆然とその笛の音色を聞いていたのだが,突然恐ろしくなった.私はその時,これは天狗だ.と思ってしまったのだ.下り坂の山道をどんなに辿ったのか,家に帰ってどんなふうに説明をし話をしたのかは今は記憶がない.笛の音の旋律さえ覚えていないがあの時の恐怖だけは今も記憶の中にある.

 今,考えると集落には確かに笛吹きはいなかった.これは断言できる.あれほどの名手であれば,集落のお客(宴会)や集いで聞けたはずだし,話題にもなったはずだ.しかし,よそから来たお客さんがあって,その人が笛の名手であり吹いていたという可能性はあるのだが.何しろ道も険しいそれも山の中なので.


 「山怪 山人が語る不思議な話」

 田中康弘著
 
 山と渓谷社
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