書こうかどうか迷ったけど少し気持ちも落ち着いてきたので書こうと思います。
私の祖母が11月11日、腎不全のため86歳でこの世を去りました
前日に「一週間もつかどうか。会わせたい人がいたら今のうちに・・・」と医師から言われていたのでユナの七五三が終わってから会いに行く予定でした。
七五三が終わり祖母の病院へ向かう途中、偶然にも伯父から「容態が急変したのですぐに病院へ来て欲しい」と連絡が入り急いで駆けつけました。しかし数分前に息を引き取った後でした。
まだほんのり温かく、まるで眠ってるようでした。なのに「ばあちゃん!!」と何度呼びかけても返事がなく、涙が次々にこぼれて止まりませんでした。
悲しんでる暇もなく葬儀の手配に手伝い。しょうがない事だけど少し時間が欲しかった。
祖母は去年の6月糖尿病の低血糖で倒れ、一度は意識を取り戻したものの次の日また全く同じ症状で倒れ意識が無くなりました。
何週間かして意識が戻り、目を覚ましたものの脳機能障害が進行して誰のこともわからなくなり、暴れたり奇声をあげたり、優しかった祖母の姿は日に日に別人へと変わって行くようでした。
あの日あの時、もっと早く気づいてあげてたら今はまだ元気で笑ってたかも知れない。そう考えると悲しくて悔しくてたまりません。
私が1歳の頃から母親が働いていたので祖母が私を育ててくれたようなもの。
保育園の前の大きな急な坂を、「歩かない」とぐずった私をおんぶして毎日通ってくれた。小学生の頃、いじめっこの家に本気で怒って電話してくれた。
高校合格を満面の笑みで喜んでくれた。ユナの誕生を誰より喜んでくれた。
いつだって私の事を気遣って心配してくれた。いつだって私の気持ちを一番に理解してくれた。
もっともっと話したかった。もっともっと一緒に居たかったよ。
あんまりばぁちゃん孝行が出来なくてごめんね。
たくさんの愛情をありがとう。私は、ばぁちゃんの孫に生まれてきてよかったよ。ほんとによかった。
だけど今はまだばぁちゃんがいなくなったって思いたくないんよ。もう会えないって、もう姿がないんだって考えるだけで涙が出るんよ。例え私の事がわからなくても死なないで欲しかった。生きてるだけで、それだけでよかったんよ。
ユナがね、「ママ、ばぁちゃんが居なくなって悲しいの??でもユナが居るからいいやん!」って言うの。それを聞いて“私は母親なんだ”って改めて思った。
ばぁちゃんのこと思い出して笑えるように頑張るね。
天国でカロリーや血圧なんてもう気にすることないんよ。好きなもの好きなだけ食べてばぁちゃんもゆっくり眠って。
ばぁちゃん、ありがとう。お空で天使ちゃんのお世話よろしくね。

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