2011/11/11


 今年も、イノシシやタヌキのミカン食害が広がりました。特にイノシシはひどい被害です。毎日数十キロのミカンが食べられています。これまでに何百キロのミカンがたべられたことやら。このままいくと一トンを越えるかもしれません。
 ミカンに被害を与えているイノシシは親子の群れと大型の♂は足跡や痕跡で確認できていますが、見分けがつかいない他のもいるかもしれません。

 もうすぐ狩猟の解禁です。頑張って早く捕まえないとおおごとです。反撃できるのはありがたいことです。猟師になってよかったと思います。



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 タヌキは一個ずつちぎって帰りながらたべているのか?タヌキの獣道にはミカンの皮が点々と落ちています。みごとに皮を剥いています。
(下はタヌキの獣道での画像)
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 タヌキ犯人の証拠。
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 こちらはシカの食害です。葉っぱを食べています。
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2010/3/22

猟師になっちゃる  私はこうしてワナ猟師になった

 猟師になっちゃる

 害獣被害

 私がワナ猟をはじめたのが2002年ですので7年あまりになります。 獣による農作物への被害があまりにひどくて、反撃に出たわけです。これは正解でした。まず、被害が減りました。近隣の農家からもたいへん喜ばれました。もう一つよかったと思うのが、精神的に楽になったことです。猟を始める前は一方的にやられっぱなしでした。毎日、不安と怒りで胃潰瘍にでもなるのではないかと心配するような、悶々とする日々でしたが、反撃できるようになってからは精神衛生上とてもよい状態になったと思います。頭が禿げるスピードも落ちたように思うのです。

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画像:ぐるぐるとトタンで囲った里山の田圃

 毎年々、お米を栽培する田圃を襲撃されました。稲がみのってくると、気が気ではありません。必ずイノシシに襲撃されるのです。周りに杭を打ちトタンを打ち付けます。それだけでは高さが足りないためさらに防御ネットをはり巡らします。

 こうして書いてくるとみなさん、おそらくすらすらと読まれることでしょう。イノシシ等に襲われる田圃というのは主に山間部の田圃です。街の真ん中で農作物にイノシシ被害がでたというのは聞きません。
 
 山の田圃はほとんどが小さい面積の段々になった棚田と呼ばれる田圃です。山の斜面を切り開き、石垣を積みあげて作り上げたものです。ですから、段々になった上の方は面積が小さく、下がるに従い広くなります。広いと言ってもせいぜい5〜6アール、てっぺんでは一跨ぎできるような田圃もあります。

 こうした田圃ですから大型の機械は入りません。せいぜい耕耘機や歩行しながら操作する田植機、稲刈り機です。田圃の畦や石垣、山側の斜面には雑草が生えます。一ヶ月に最低2回は雑草を刈り取る必要があります。草刈り機をぶんぶんと回して汗にまみれて草刈りです。田圃の面積が広いのか草刈りする面積の方が広いのか判らない、これが私の住む里山の田圃の風景です。
 早春、谷から水を引き込み田起こしからはじまります。肥料を撒き、耕耘機で隙間無く土を耕して肥料をまんべんなく混ぜ込みます。縦、横と最低二回は田圃の全面を耕します。雑草、落ち葉等もいっしょに混ぜ込みます。数週間そうした混ぜ込んだものを土になじませたあと田植えの2〜3日前に代掻きをします。田起こしのときよりももっと念入りに耕耘します。そして土が落ち着いたら田植えです。
 植え付けた苗が活着したころ除草剤を散布します。稲刈りまで何度も周りの雑草を刈り取りながら、害虫が発生すれば重たい撒粉機を背負って農薬の散布です。こうした農作業を行い、台風等の自然災害がないことを祈りつつ、やっとお米の収穫ということになります。
 平野部の農作業と比較すると山間部の農業というのは数倍の手間と労力がかかります。しかし、コストが随分かかっているので作物を高く販売できるかというとそれはできません。お米はどこでつくってもお米なのです。
 サラリーマンですと1ヶ月に一度、労働力の対価として給料をもらって生活をしているのですが、農民はほとんど1年がかりで作物を育て収穫して、その収穫物を販売あるいは自家消費して生計をたてます。

 猪はこの大切な収穫物を一夜にして台無しにしてしまうのです。
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画像:ほぼ全滅の稲田。稲はイノシシがヌタをするため全て倒伏状態。稲穂はシゴイて食べるためモミがなくなっています。

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 画像:この田にあったイノシシの足跡(60キロ以上とみました)


 猪の被害が出始めた初期の頃の対策は簡単でした。猪も「ウブ」で田んぼの周りに散髪屋さんで貰ってきた髪の毛をまくことで、ヒトの匂いを嫌う猪の侵入を防ぐことができたのです。だんだん猪の個体数が増え、ヒトとの付き合いに馴れてくるとどんな対策をたてて防御しても防ぎきれなくなってきました。学習能力の高い彼らは、数日すれば新たな防御策にも馴れ、弱点を見つけて侵入するのでした。

 私の集落では、1990年代から2003年頃が被害のピークでした。この頃、集落のほとんどの農家が米作りを放棄してしまいます。まるで毎年々、猪のために苦労しながら餌作りをするような有様になっていたのです。農家が米を買って生活することになりました。

 耕作放棄地とよばれる田畠が拡大していきます。

 夜、妻と花火を鳴らして田んぼの周りを歩きました。田圃の周りは2重の柵をはりめぐらしてあります。家にあるトラクター、軽四、ラジオなど総動員していつも猪の侵入する場所に置き、一晩中エンジンをかけ、ライトをつけ、ウインカーを光らせ、ラジオのボリームを最大にして防ごうとしました。それでもダメでした。

 その頃、猪の箱ワナが流行していました。箱ワナというのは鉄筋やアングルを溶接してオリをつくり、餌を入れ、猪が入ると扉がしまり閉じ込める仕掛けです。電気溶接機を買い、材料を購入し、見様見まねでその仕掛けをつくり、道路のすぐ下の自分の土地に仕掛けたのです。そこは数年作物をつくっていない畑で草が生い茂っていました。そこを通って猪は田圃を襲撃していました。猪は同じ所を通るのでそこには彼らの道ができています。

 イノシシは人間よりもエライ?

 箱ワナをしかけてから数日すると、近所の方が「猟友会が違法ワナじゃき、警察へうったえてあんたを括るいいゆうきに早うのけちょき」というのです。私は頭に血が上りました。
 「毎日々、イノシシに稲を襲撃されてその犯人を捕まえるのが悪いがか」というのが私の言い分でした。あんまりではないですか!
 人間社会には「正当防衛」という決まりがあります。
************************************************************
 「正当防衛」不正、不法な侵害がある時であること
 他人から暴行を加えられ、殺されようとしている時や、何かを盗まれようとしている時に自己防衛のためにする行為が違法であっても罪になりません。
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 イノシシと人間の間では、この「正当防衛」という道理が通用しないのです。これでは、人間よりもイノシシのほうがエライではないですか。この時わたしは「括って牢屋にでも入れてもらおうではないか。裁判でこの不当な法を広く世間に問いかける」と息巻いたのですが、知人の猟師から「おれも百姓じゃきにおんしゃの気持ちはよう判る。けんど法律じゃきにしかたがない。どこか見えん所へ移いちょけ」と、言いながら「これをオリへ付けちょけ」と標識を貸してくれました。狩猟の標識というのは、有資格者が、網やワナで猟をする場合、住所、氏名等を記載したもので、標識を付けることが義務づけられているのです。ちょうどその時、害獣駆除が行われていたのでした。こうした知人の行為も違法なのかもしれませんが、誰がこれを咎めることができるでしょう。違法だとしても、もう時効だと思いますし、もし、私が捕まってたとえ拷問をうけても、しゃべることはありません。

 当時は、箱ワナであっても狩猟免許を持っていないと、たとえ毎日被害にあっていても、また、自分の土地に仕掛けていたとしても違法なのでした。被害がひどくて多くの声が上がったからでしょう、現在は、狩猟期間中、もしくは害獣駆除の許可が下りている期間であれば自分の作物をまもるためにしかける囲いワナ(天井のないもの)は認められています。

 この時私は、一人で猟ができるワナの狩猟免許をとって、猟師になる決意をしました。

 「イノシシめ、みよっちょれ、この集落の周辺のヤツラは皆殺しにしちゃる」。

 こうして私はワナ猟師になりました。

 被害を受けている農民の皆さん、是非、黙ってないでワナ猟の免許をとりましょう。黙ってやられていては、たまったものではありません。先に書いたように反撃すると被害が減るばかりではなく、精神衛生上たいへん有益です。おまけに美味しい肉を手に入れることができます。
 
 しかし、イノシシの暴れ方は恐ろしいものです。かれらの反撃に高をくくっているとひどい目にあいます。先輩猟師に教えてもらって安全に気をつけて憎き害獣どもをギャフンといわせましょう。
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2009/11/24

果物被害と人への攻撃  私はこうしてワナ猟師になった

 稲やタケノコへの被害はみてきましたが、こんどは秋の味覚である果物への被害状況をみてみます。当地で一番ポピュラーなのがクリへの食害です。私の住む集落にはクリ専業農家はありませんが、それぞれ家庭用や少量の販売用として栽培されています。

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画像:クリ色々、左から3番目までが栽培種、その右は野生種(野生種:ヤマグリは小粒ですがコクがあり甘みも強くとても美味しいです。)

 イノシシ被害が激しくなってくるとともに、殆ど収穫できなくなりました。滅多に人が通らない山のクリ畑などではその近くに「寝や」をつくって食っちゃ寝、食っちゃ寝という、ヒトも羨むような、優雅で怠惰な生き方をするイノシシもおります。熟して落ちてきたクリを食べ、次に落ちてくるまで近くの寝心地の良い所で一寝入り。ポトリ、ボタっとクリが落ちる音を子守唄のように聞きながら心地よく寝入っているのかもしれません。
 ある日、クリを盗み食いするイノシシをとっ捕まえるため、駆除のワナを仕掛けようとクリ畑に向かいました。クリ畑に近づくと、数時間前と思われるような山道を掘り返してミミズを探したり、山芋を掘ったりした痕跡があり、イノシシの気配がムンムンしていました。
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 画像:イノシシの上前をはねて収穫したクリ。

 餌場に通うハシリ(ケモノ道)を探そうと畑の山側を歩いていると、すぐ近くのシダの中からどどどどっとイノシシが飛び出してきました。それはそれはもう、びっくり仰天!肝を冷やしました。大きさは50キロほどと思われましたが、総身の毛を逆立てて目の前を横切り逃げて行きました。
 のんびりとクリを食べて寝ている所に私が突然現れて、イノシシもさぞかし吃驚仰天したことでしょう。

 日本での猛獣として恐れられているのは、クマ、イノシシでしょう。ただ、北海道のヒグマは別として、クマ(ツキノワグマ)にしてもイノシシにしても、ヒトを食ってやろうと襲ってくるわけではありません。クマの場合、ほとんどが突然の出会いによって、パニックになりヒトを襲撃するようです(実はクマのことはあまりしりません)。Wikipediaには
『森林と人間の居住エリアとの境界付近で、出会い頭であることが多い。こうした場所に行くときは、聴覚が鋭いクマの特性を利用して、よく鳴る笛や鈴を必ず携行するなど、人間の存在をクマに知らせることが重要である[1]。また、クマは背中を見せて逃げるものを追う習性があるため、出会ってしまったときは、静かに後ずさりすべきである。 なお、熊にあったときに死んだふりをするというのは、イソップの「熊と旅人」の話の一部であり、自殺行為である。』とあります。

 また、(NPO)日本ツキノワグマ研究所の出している対処法として
『● 50メートルも離れていたら、木の影に隠れながら、音を立てずに反対側に逃げます。
● 20メートルほど先でクマと目が合い、クマがじっとしているときは刺激せず、背中を見せず、後ずさりします。
● 攻撃が避けられないときは、頸部を両手で覆い、窪地に伏せるのが良いと思われます。立ったまま頭部を攻撃されるのが頚動脈を掻かれるので、最も危険と言えます。
最近ではピクニックシートを広げて、ガサガサさせると、クマは逃げるとする報告がありますが、まだ誰も山中で試した人はいないようです。』
とありました。

 ツキノワグマの場合、やはりクマの方から好んでヒトを襲うことはなさそうです。クマの出没する生息域へ入るときは突然の遭遇を避けるため、鈴など音をたてて歩くのが最善のようです。
 さて、イノシシはどうでしょう。
 クマもそうですが、イノシシも年間何件かの人間への襲撃事件がおこっています。しかし、イノシシの場合、人間との突然の出会いなどでの時、ツキノワグマよりもかなり凶暴性は低いようです。先に書いたクリの近くの遭遇もそうですが、こんなこともありました。
 現在、栽培している温州みかんは、イノシシの縁で購入したものです。ミカンへの食害がひどくなり私に駆除の依頼がきました。被害状況を見て回って驚きました。ミカン畑一面が食い散らかしたミカンの皮で真黄色に染まっているのです。中には背伸びして寄りかかってミカンを食べるものですから枝が折れている木もあります。被害にあっている耕作者が「ミカンの収穫をしてくれているアルバイトの人から、こればあやられて、来年もミカンを作るがかよ?と聞かれた」と話すほどの被害でした。朝、大きなイノシシが6頭、ミカンの木によりかかって食べているところへ遭遇したこともあるそうです。
 これがたまるか!と早速ワナを仕掛けるためミカン畑の周りの林の中を見て回りました。いつも通っているケモノ道を探してワナを仕掛けるためです。ミカン畑の下の端に、すでにミカンを伐採してなにも作っていない畑がありました。何と其処にはイノシシの寝屋がつくられていました。近くのススキや木の枝を噛み切って集め、直径3メートル厚さ40〜50センチほどのベッドを作っています。そのベッドには穴のようなものがありました。この穴は出入り口のようでどうやら子育て中のようです。産まれてから小さいうちのウリ坊は体温調節がうまくできないためベッドに潜り込んで寝ているようです。ウリ坊はよく団子状態になって寝ます。
 その寝屋は、もぬけの殻でしたが、私が見つける直前までそこにいたという気配がありました。
 それから数日後、反対側の山の斜面を歩いていたときのことです。どこにワナを仕掛けようかと探しながらケモノ道を辿っていました。すると、すぐ近くの私の左横のシダ薮から大きなイノシシが飛び出して、どっどどっと駆け下りて行きました。度肝を抜かれながら「こりゃあ太い、100キロを越えているのでは」と思いましたが、タテガミや前身の毛をたてていましたので普段よりも大きく見えます。80キロ前後だったかもしれません。
 後日、このイノシシと思われる大型のイノシシをワナで括りましたがワイヤーを切って逃げられていました。

 また、ある日、山奥に仕掛けた箱ワナにウリ坊が2匹入ったことがあります。箱ワナに近づくと、わきの薮の中でガサガサと大きな音がし、母親と思われるイノシシが山に駆け上がって逃げました。

 このようにイノシシは近くで遭遇しても向うから襲ってくることはありませんでした。こうした経験や知人の猟師の話などからみても、イノシシが好んで人間を襲うことはまず考えられません。イノシシの人的被害のニュースなどをよく見てみると、どうやら手負いのイノシシの場合とかハンティングで猟犬に追われたものが人里に降りてきて、パニックになっているときに人間と遭遇し、襲ったということが多いようです。パニックになっていると動くものなら見境無く攻撃してくると思われます。
 
 イノシシにとって人間は最も恐ろしい天敵でしょうから、彼らの人間に対する恐怖はいかほどのものか想像がつくような気がします。

 秋はイノシシにとってもやはり「実りの秋」であり、ヤマグリやドングリ類、山芋、ワラビ根、葛葉葛の根などが食べごろになります。山中でこれらを食べて満足してくれていればいいのですが、彼らはより食べごたえのある、美味しい味覚をもとめて田畑にやってきます。クリはヤマグリよりも栽培種は大きくて、食べごたえがあります。柿、ミカン、梨、モモなど果物なら何でもこいです。渋柿でも背が届けば食べてしまいます。
 
 いまではクリを収穫しようと思えば、クリの木に実がついているうちに竹竿などでたたき落として収穫するのが確実です。毎日栗拾いに行ければそこそこは収穫できますが、クリ専業ではないのでたまに行くことになります。そうするとほとんどがイノシシの胃袋の中か、そこらあたりに落ちている「うんこ」になっています。

 イノシシのクリの食べ方は見事なものです。さすが渋皮までは剥ぐことはできませんが、鬼皮はきれいに剥いで食べています。どうやって鬼皮を剥いているのだろうと、ハナ子(「アカメの国」にハナ子のページがあります)にクリを与えた時観察してみました。クリをまるまる口に入れ、バリッと噛み砕いてから舌と歯で鬼皮と実を分けて食べています。落ち着いて食べると、きれいに鬼皮と実を口の中で分けますが、あわてて食べると吐き出した鬼皮に実がたっぷり残っていることもあります。そうしたときは後からきれいに食べ直します。
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 画像:イノシシのクリ食べ跡。
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2009/11/10

イノシシのタケノコ掘り  私はこうしてワナ猟師になった

 連載その3-イノシシのタケノコ掘り
 
 「実はお願いがあるのです。今年もタケノコ掘りをやってもらいたいのです。後で身体をお揉みしますので、へへへ。」とイノシシはアナグマさんにタケノコ掘りを頼んでいます(うそ)。正解は鼻です。鼻を使って掘ります。ですが、けっしてイノシシの鼻は鋼鉄のように硬くはありません。また、掘り始めるとスコップのように硬く掘り易い形状に変化するのでもありません。それはどれほどの硬さか?ヒトの鼻の硬さよりも少し柔らかい感じです。指でつまむとぷよぷよしています。それが、硬い岩まじりの所でも河原のような大小の石ばっかりの所でもまるで重機を使ったかのような大穴を掘ってしまいます。山芋を掘るときや、クズバ葛の根をほるときなども大穴を掘ります。ワラビ根を掘るとき等はその辺り一面トラクターで耕したかのような状況が出現します。

 山道を歩いていると道の両脇や真ん中の盛り上がったところなどを何かが耕したようになっているのを見たことは無いでしょうか?これもイノシシの仕業です。ミミズを探して食事をした跡なのです。
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 画像:道路の真ん中の土が柔らかい所でミミズを探した跡

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 画像:同じく道路のわきをミミズを探して掘った跡

 このように活躍をするイノシシの鼻と身体はやはり穴掘り向きになっています。
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画像:2009年11月9日に写したハナ子の鼻

頭の構造が穴掘り用?かのように鼻が突き出て長くなっており、鼻の骨が薄く弾力があります。この薄い鼻骨の先には軟骨がついています。そしてその鼻を使うための首の筋肉はものすごく発達しているのです。猪首という言葉がありますが、大きな首周りですので胴体に頭が直結しているように見えます。そして良く筋肉が使われるためか首周りの肉が最も美味しいといわれます。
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 画像:82キロの♂イノシシの頭骨です。上顎のキバがこの頭骨では欠落しています。鼻骨が薄く飛び出しています、まさしく穴掘りに向いていることが判ります。上の画像がよく判りますが鼻骨は二つに分かれて鼻先にいくほど骨との隙間が広くなっています。これは鼻骨の弾力をさらに高め、鼻がねじれたりしても対応するためだと思います。
 
 そろそろ生えているか?とクワを担いで竹林へ上がってみると、竹やぶのそこら中がぼこぼこの穴だらけ。初期に生える値打ちもののタケノコはこうしてイノシシに食べられてしまっています。一本残らず食べられているというのが毎年の行事?になりました。息を切らせて山道を登ってから、こういう光景を見るとため息が出ます。

 こうした被害は3月まで続きます。タケノコの盛期になってくるとさすがのイノシシも食べきれずにやっと人間の番が回ってきて、私の食卓にタケノコがのるようになるのです。
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タグ: 害獣被害 狩猟

2009/11/7

害獣被害のいま むかし  私はこうしてワナ猟師になった

 害獣被害のいま むかし

 私が子供の頃、里山のてっぺんまで畑で作物を作っていました。主なものはサツマイモ、ハダカムギ、サトウキビ、ササゲ(マメ科の一年草。葉は3枚の小葉からなる複葉。夏、蝶形で淡紫色の花が咲く。莢(さや)は細長く、弓なりに曲がる。種子や若い莢は食用。中央アフリカの原産、小豆によく似た実)などです。

 サトウキビは冬に刈り取り、集落の協同作業場で加工して黒砂糖を作っていました。サトウキビをご存知でしょうか。辞書で引くと「イネ科の多年草。高さ2〜4メートル。茎は中空ではなく、節がある。茎の汁を絞って砂糖(甘蔗糖)を作る。」とあります。その茎が山の子供のおやつでした。皮を口で咬んではぎ取り硬い縦の繊維のスポンジ状の中に含まれた甘い汁を、かじりとっては嚼んで少し青臭い甘い汁を楽しんでいました。残ったカスをぺっと吐き出してはまた嚼むのでした。

 当時は砂糖ばかりでなく、各家庭で豆腐、コンニャク、味噌、醤油、ドブロク(密造)、近所では焼酎(密造)までつくっていました。ほとんど自給自足という生活です。足りないものは海の魚、肉類でしたが、肉といえばクジラ肉、それも筋ばっかりというものでした。すじ肉は、嚼んでも咬んでも、いつまでたってもそのままでしばらく嚼んでは、しかたがなく、ごくんと呑み込んだものです。

 いま思うと実にのどかで、豊かな自然に包まれていたものです。田圃の溝には生き物で満ちあふれ、うなぎなどなんぼでもいました。田圃でタニシを拾っておかずにしたものです。谷川へいって少しの時間でおかずにできるだけの川エビがザルで捕れました。

 風呂をわかすのは薪、ご飯を炊くのも薪、燃料は薪と木炭でした。冬、暖をとるのは囲炉裡の薪と炭、火鉢の炭でした。布団の中は湯たんぽでした。

 夏は蚊帳を吊ってその中で寝ました。障子は開け放しているので蚊がたくさん飛び回っていました。蚊帳の中に入るにはコツがありました。からだが入るだけ持ち上げて素早く入るのです。いっしょに蚊が蚊帳の中に入ってくると最悪です。私は祖父母といっしょに寝ていましたので薄暗い電球の灯りをともし、みんなで蚊を追まわし、やっつけるまで寝ることはできませんでした。

 山のてっぺんまで作っていたサツマイモは、おやつであり、主食の一つでもありました。芋が収穫できるようになると、毎日蒸かしたお芋はザルに入っていつでもありました。お米といっしょに炊いて芋ご飯にして食べました。当然、主食のご飯は麦飯です。麦が半分ほども入っていたと思います。白いご飯はお祝い事とか行事、正月ぐらいしか食べることはありませんでした。
 麦飯は麦にある「すじ」が黒っぽいためご飯全体が黒っぽいのです。また白米だけのごはんと比べると、ぱさついていて、たまに食べる白いご飯はそれだけで子供心には「ごちそう」でした。白米ごはんをおかずに麦飯ごはんがたべられる、そんな感じですね。
 「貴重なお米」をつくることができる水田は重要で、水のある所にはありとあらゆる所に田圃がつくられ、谷間には狭い田圃が棚田として上からしたまで大事にされていました。
  夏草や兵どもが夢の跡
 いまでは、夏草どころではなく雑木林に戻っていますが、きれいに積まれた石垣は今でも頑強に残っています。
 
 お米がこれほど粗末にされる時代がくるとは夢にも思いませんでした。

「米国」の戦略で脱脂粉乳とともに給食にパンが使われ、「パンを食べると頭がよくなる」「パン食文化はナウい(古いなあ)」と思い込まされた日本人は、パン食に励み、「米食はダサイ(古いなあ)」「米食は太る」と思い込まされ、米食文化を蔑むようにさえなりました。日本で使われる小麦の自給率は2007年度にはたったの13%です。輸入先は「米国」が最大で2003年度、56.9%となっています。
 してやれましたね。みなさん。瑞穂の国が「米国」に。それにしても当て字が米国とはなんという皮肉でしょう。麦で大成功したので今度は米国から米が狙われています。気をつけませう。
 いまでは優れた「食」として日本の米食文化が世界中から注目され騒いでいるのですが、ブラックジョークのようでお嗤いです。
 ぶはははは。と一笑い。

 世界人口の推移
1900年 20億人
1960年 30億人
1974年 40億人
1987年 50億人
1999年 60億人
2006年 65億人
2050年 91億人(国連予測)
だそうです。
 いつまでもお金さえ出せば食料は買えると思っている能天気な多くの日本人は、そろそろ農業を大事にしていかないと、とんでもないことになりますぜ。
 わたくし、一農民はみなさんが飢え始めて、米作れ、米作れとせっつかれても自分の食べる分しか作りません。
 実際は作りたくても作れなくなってきました。どれほど多くの里山の田畑が耕作放棄されて野山になっているのでしょう。恐ろしいことです。どれほど平野部の一等農地が道路にされ、無秩序な開発で宅地にされ、大型量販店が作られてきたことか。恐ろしいことです。

 ずいぶん脱線しました。もとい。害獣被害へもどります。

 サツマイモはいまではイノシシの大好物の一つです。現在、家の裏の畑でも襲われて食べられてしまいますが、その頃は遥か山のてっぺんまで芋畑でした。当時はイノシシやシカなどは動物園の生き物でした。見たことも話題になることもなかったのです。現在のように山道を車で走っていて、シカやカモシカ、イノシシに遭遇するなど想像すらできませんでした。こういう状況というのは当時だとアフリカを連想させるような出来事なのです。
 動物による食害は野ウサギがササゲの茎を齧ったり、野ネズミがサツマイモを齧ったりとそれぐらいでした。

 繰り返しますが、イノシシやシカなどの被害は、まったく、全然、一切、けっして、完全に一切合切なかったのです。

 今ではどうでしょう。

 被害が最も大きかった当時、近所での出来事です。夜、トイレに行こうとすると、家の下の田圃でヘンな音がしているので、いったい何事だろうと家に入って懐中電灯を持ってきて音のする方を照らしたそうです。すると光の輪の中にいたのは大きなイノシシ。

「ギロリと睨まれた」そうです。

 その田圃はお米を収穫することはありませんでした。全滅させられました。これは稀な出来事ではありません。イノシシは人を恐れて夜活動することが多いのですが、いまや、もう真っ昼間、イノシシの群れが田圃を襲撃するのです。近くの集落の知人の話では、子供を7匹連れたイノシシが、車の目の前を通って自分が栽培する稲田へとことこ歩いて入って行ったので、車を停めて石を投げて追い払ったそうです。その田圃の稲も収穫することはできなかったそうです。彼の耕作していた中で、一番広い面積だった田圃は今では耕作放棄されています。
 
  季節は春、チョウチョウが飛び、山桜が咲きます。山菜の収穫の喜びを味わいます。山里は一見のどかな風景ですが、被害は一年中続いています。

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 画像:盛期のタケノコ、大きいものは12キロ以上のものもあります。

 タケノコ(主に孟宗竹、マダケ、ハチク)は山村にとって、これも生産物であり現金収入になります。私の集落でとれる孟宗竹のタケノコは市内では好評です。「ここのタケノコでないといかん」というファンもたくさんいます。ところが12月ごろからイノシシはタケノコを掘りだして食べ始めます。
 11月ごろから孟宗竹はタケノコの準備がはじまり、土中深くにタケノコが生えています。まだ小型ですが年末のタケノコは希少で価格が高く値打ちものです。
 ところでみなさん、タケノコ掘りをしたことがありますか?
 土の中深く(20〜30センチ)から出てくるタケノコをきれいに掘り取るのはコツもあり経験を積まないと難しいのですが、見つけることがまず大変です。土中にあるものを経験者が100本みつけることができても、初心者だと一本も見つけることはできないでしょう。     
 イノシシはこれを見事に見つけて掘り出して食べてしまいます。
どうやって見つけるのでしょうか、私たちベテランのタケノコ掘り師?は、地面の変化を見て発見しますが、イノシシは匂いを嗅ぎ取り見つけるのです。
 ヨーロッパで、キノコを採るのに豚を使う話があります。キノコの匂いをたよりに豚が探し当てさせるというのですが、この能力をイノシシに発揮してもらって土中のタケノコを探させたらという想いが、タケノコを探しているといつもします。うちの愛猪「ハナ子」なら手伝ってくれるかもしれません。
 ところでイノシシは豚と種が同じだということをご存知でしょうか。
 イノシシ(学名:Sus scrofa Linnaeus, 1758)には世界で約30種の亜種がいるそうです。もとはアジア、ヨーロッパなどを中心に生息していたものが、人間によってアメリカ大陸、オーストラリアなどにも放され、生息域を広げたそうです。日本にはニホンイノシシとリュウキュウイノシシの2亜種がいます。
 もともとブタは、イノシシを家畜化したものです。しかし、家畜化されたブタとイノシシを比べるとその運動能力、闘争能力などは月とスッポンほども違います。

 また脱線しました。
 
 イノシシのタケノコ食害ですが、とても優れた臭覚をもつ鼻で見つけだしたタケノコをどうやって掘ると思われますか。

 ヒント
 ●クワを使って掘る ●手?(前足)で掘る ●後ろ足で掘る ●おならで土を吹き飛ばして掘る ●鼻で掘る ●鼻息で土を吹き飛ばして掘る ●土掘りの得意なアナグマに頼んでほる、などが考えられます(考えられないか)がいったい正解はどれでしょうか。そうそう、ぬかっておりました。この質問をすると●キバで掘るという答えが多かったですね。さて?


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 画像:2月にイノシシが掘って食べた跡

 つづく
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タグ: 害獣駆除 狩猟



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