邪馬台国を行く H  


倭人伝を読み下して行くと、一大率という聞きなれない言葉が出て来る。

女王国より北には 特に一大率を置き 諸国を検察せしむ 諸国 これを畏憚す 常に伊都国に治す 以下略

解読するに、”女王国の北には 特に一大率と言う大官を置いて 諸国を統治させている 諸国は これを恐れ憚っている その拠点は 伊都国にある” と書かれているのだ。

この一大率については、現在のところ、畿内説・九州説のどちらも、これは邪馬台国が、意図的に伊都国に駐留させて、諸国の取り締まりを行っている官憲である、と大筋で認めている。

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 ( 倭人伝 紹熙本 原文 右編中央に一大率の記事が見える )

ところが、以下の倭人伝に、奇妙な事が書かれているのだ。

京都・帯方郡・諸韓国に詣り 及び郡より倭国に使せしむるに 皆 津に臨んで捜露す 文書・賜遣の物を伝送して女王に詣らしめ 差錯することを得ず 以下略

記載されている意味は、”魏や帯方郡・韓国などからの交易品は すべて港で検査する 文書や貢物を女王の所に送るときの手順は 厳格に決められている” というものである。

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 ( 福岡県 糸島市 平原遺跡 方形周溝墓の復元 )

交易品と言うのは、言わば国と国との貿易によって、成り立つものである。

古代において、これは国と国との間で、責任を持って取り引きする品物なのだ。

その交易品を、すべて港で検査し、しかも女王に届ける手順は、厳格に決められているとすれば、これは少しおかしな事になる。

一般には、まだ3世紀半ばに倭国を統一するような国家は、存在していなかった、と考えられている。

古代において、各国王が権力に服属するのは、実力による征服か屈服しか無いのである。

そう考えると、邪馬台国と言えども、実質的に30余国を政治的・軍事的に従える程の実力は無かった、と思われるのだ。

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 ( 奈良県 柳本町 中山大塚古墳出土 内行花文鏡 )

これは30余国が、卑弥呼を呪術的なシャーマン(巫女)としての地位に祀り上げる事で、宗教的な統一を図っていたと考える方が、スムーズに理解できると思う。

とすれば、邪馬台国の任命した一大率が、すべての交易品を検査したり、諸国を検察するなどと言う事は、到底考えられない。

その実体は、少し違うところにあると思われるのだ・・・。

続く・・

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