2019/7/18  0:09

三国時代と邪馬台国  其のD  (不定期連載 書き下ろし)  


紀元前221年、秦王 ”政” が諸国を攻略し天下を統一、春秋戦国時代は終焉を迎えた。

中国史上、初代皇帝 ”始皇帝” として秦王 ”政” は、天下に名を轟かせたのである。

しかしながら、秦はあまりにも統一に重きを置いたが為に内政を固められず、またその統一に無理もあって内乱が頻発し、始皇帝亡き後僅か10数年の短命王朝として、滅び去る事となった。

再び中国は分裂するか、秦の後を継ぐ新しい王朝の元に統一されるのか・・ と言う、重大な局面に差し掛かったのである。

そうした中で、漢の劉邦と楚の項羽が頭角を現し、この2人による覇権争いが新たに勃発する。

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前漢王朝 初代皇帝  高祖帝 (劉邦) の肖像


争いの初戦は、楚の項羽が優勢であったが、次第に劉邦が巻き返し、ついに形勢は逆転、劉邦に攻められた項羽は烏江 (うこう と読む) の畔にて戦死。

再び天下は、漢の劉邦によって統一されるのである。

逸話があって、迫りくる劉邦の軍勢に追われた項羽が、烏江の渡し場にたどり着いた所、烏江の亭長 (今に言う港湾役人) と言う男が、「さあ陛下、早く船に乗ってください。 向こうに渡れば、故郷の江東の地ですぞ!」 と声を発した。

「おおっ!」 と言うまでもなく、項羽が船に乗り込まんとしたその時、一転にわかに搔き曇り、雷鳴があたりに轟き渡ったのである。

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楚王  項羽の肖像


はっ!と我に返った項羽の発した言葉が、今に伝わる。

「天が我を滅ぼすのだ。 江を渡るのは止めにしよう。 何の面目あってかこれにまみえん。」

身を翻した項羽は、わずかな手勢を率いて、押し寄せる劉邦軍に突撃を敢行・・・。

将兵数百人を切り殺すも、矢尽き刀折れ項羽は自害、ここに項羽の死によって戦乱は終わりを告げたのである。

その劉邦が、再び統一した中国を前漢と言い、約200余年も続く事となった。

劉邦は 前漢王朝 初代皇帝 として即位、これが有名な高祖帝である。


続く・・


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