2021/6/28  10:20

万葉の故地を訪ねて (敏馬神社)  


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Nikon Coolpix L-32  Nikkor 26〜130m/m  デヂタル 


おはようございます。  おいやんでございます。   (^ω^) 

さて梅雨の真っ最中、先日の事、古代は万葉の故地を訪ねて、神戸の ”敏馬神社” に、行ってきました。 
敏馬・・ と書いて、みぬめと読みます。  古い文献には、美奴面・見宿女・三犬女 とも、書かれていました。 

平安時代(10世紀)に編纂された 「延喜式」 には、生田・長田・敏馬神社 と記載されて、神戸市内では最古の神社の一つでもあります。  何故、敏馬が万葉の故地なのかと言うと、日本最初の和歌集 「万葉集」 に、敏馬を詠んだ歌が9首もあって、朝廷のあった大和地方以外で、この様に数多くの歌が詠まれた場所は、大変に珍しいと言われています。 

☆ 玉藻かる 敏馬をすぎて 夏草の 野島の崎に 舟ちかづきぬ  巻3-0250 柿本朝臣人麻呂 
☆ 妹と来し 敏馬の崎を 帰るさに ひとりし見れば 涙ぐましも  巻3-0449 大伴宿禰旅人 

万葉の和歌から分かるように、敏馬神社の前は約90年前まで、白砂青松の風光明媚な海岸で、敏馬の浦と呼ばれていたのです。  5枚目の写真、神社の鳥居の前に浜手通りという広い道路が写ってます。  その先のマンションの辺りが、浦浪さわぐ海岸であった・・ とは、想像すら出来ませんね。 

昭和の初め頃より始まった、神戸の近代工業化によって敏馬の浦は埋め立てられ、当時を偲ぶものはこの敏馬神社以外には無くなってしまいました。  近代化によって豊かになった反面、失ったものもたくさんあったとおいやんは思ってます。 

本日もご覧いただき、ありがとうございました。 

でわ、また。   ( ^Д^) _旦~~ 


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