諸々がままならない状況で
私はわりと元気に過ごしており
2021年は
お芝居を始めて20周年という節目となりました

20年目の一人芝居を
You Tubeにて配信しております

「言葉を纏ふ」〜纏の三 太宰治『斜陽』〜

いつか舞台で上演出来る事を願って


2012/2/26

「ま」  稽古のあと

台詞と台詞の間を
あけたりあけなかったりするアレを
「ま」と呼んでいる

「ま」は
目に見えないし
耳にも聞こえない


見えているものと見えているもの
聞えているものと聞こえているもの
その「あいだ」だから

「ま」そのものは
目に見えないし
耳にも聞こえない


なのに何故か
強烈に印象に残るのは
「ま」だったりする

「ま」の瞬間に見えるアレは
何と呼んだらいいのか

「画」とか「世界」とか
「感覚」とか「風景」とか
「時間」とか「空気」とか


受けた人によって
その印象によって
呼び方は変わるだろうけれど

「ま」という呼び方で
その印象が損なわれることはないだろう


便利な言葉だなぁ「ま」
一文字なのに
偉いなぁ


稽古場では時々
「ま」を感じる
ある一瞬に出会える


「時間」があって
「空気」があって
「風景」が見える


「ま」を感じた私

舞台上でみせられたら
それを観た人が
やっぱり「ま」を感じられるのかしら


あの「画」を
他の人にもみせたい


多分それは映像では出来ない
生の舞台でしか出来ない


私が舞台を好む理由は
その辺にあるのかもしれない


今日思った
0

2011/9/3

日記として遺しておきたい事があった日  稽古のあと

私には私の
曲げるわけにはいかない
信念がある

とはいえ
私の主張の仕方は
本当に下手クソで
恥しいほど拙い


それでも


手を握ってくれた
その力を
ずっと忘れないと思った
0

2010/10/12

えっ、自由、だめ?  稽古のあと

だいぶ前
同じ役者の立場の人が
「フリーダムに弱いんです」
と言った


何をやってもいいよ、と言われると
何も出来なくなってしまうという事らしい


まぁ確かに
学校教育やら日本の国民性の刷り込みやらで
我々はどちらかというと
言われた事を言われた通りにやるとか
みんなと同じ事をする、のが
習慣として培われた
かーもしれない


何をやってもいいよと
人前に立った時
何をすればいいのかと悩むのは
ものすごくわかる
状況にもよるけれど
私もどっちかってーとそのタイプだ


自由を与えられたとき
その自由がそのまま
枷になってしまうのは何故だろう


何をやってもいいよと
人前に立った時
まーじでー?
じゃあこんなコトやっちゃおうかな♪
などと調子ぶっこける程の
度胸と余裕と発想と自信は
経験によって培われる部分が大きいだろう


とはいえ
よくよく思う思われる
「せっかく自由なのに」


思う存分見せられる機会に
思う存分見せられる自分が
無いってこたぁないだろう


でなきゃ
なんでここにいるんだ
1

2010/5/16

ひきだしの増やし方  稽古のあと

のぞむところだ!
の虚勢のかげには
必ず
怖気づいている
自分がいる


正直に言ってみろ
本当は逃げたいと思ってるんだろう

避けて通れる道を
探そうとしているだろう


えいやっ!!


心のどこかで「やりたくない」と
思っていることを
ムリヤリやったりする方が
ひきだしが増える


そうだよな?
そういえばそうだったよな?



こんなこと出来なくたって
死にゃあしないさと
思い込もうとしたところで


知ってるだろ?
出来なければ死んじゃうんだ
2

2010/3/30

そうそう、無事が一番  稽古のあと

一つの公演が無事終了

ご来場下さった方々
気に掛けて下さった方々

ご尽力戴いた関係者様方

そして
トイレの神様

毎度の事ながら
深く感謝致します


どうだった?と聞いて戴いたら
とにかく
無事でした、と

事故もなく
火事もなく
怪我人もなく
トラブルもなく

ただただ
無事でした、と


知人の劇団で
公演の前日や当日に
骨折レベルの怪我をする話を
ちらほら聞く


人間って
意外と
壊れやすいのね


事故がない事は
当たり前ではないのです

注意を払ったり
無事を願ったり

諸々の力が働いて
なんとか危険を回避して
そうしてやっと
「無事」が実現するのです


そうですそうです
無事が一番

舞台美術のあまりの壮絶さに
このまま劇場に放火してぇなァなんて
考えてちゃダメだわよ


とにもかくにも
ありがとうございました
4

2010/3/8

持て!作れ!あって臨め!  稽古のあと

スポーツニュースで
ゴルフプレイヤーの
宮里藍さんが
淀みなく語る

「勝つための準備はしていますので」

カッコイイなぁと
ゴルフに興味のない私でも
ふとテレビに注視


そうですよね

自信は
最初からあるものではなく
持つものだ

余裕は
ただ単にあるものではなく
作るものだ


舞台に
自信と余裕を持って立つ為に
稽古があって

稽古に
自信と余裕を持って臨む為に
普段の生活があって


宮里藍さんが
自信満々に見える
余裕綽々に見える

彼女には
そのための準備があり
そのことに矜持があり
それだけの根拠がある


さて

カッコイイなァと眺めたところで
ゆっくりと省みよう

がんばれがんばれ
1

2010/3/2

命懸けでフライドチキン  稽古のあと

副都心線に乗ったら
座席に
フライドチキンの骨が数本置いてあった
軟骨は食べない主義なのか
勿体ない

近くに座ると
フライドチキンの匂いがした

ふと
命懸けで何かをやる
って
変な言い方だなぁと
思った

命なんて
いつ何をするにも
いつも懸かってるんだ

こんな平和な電車内でも
フライドチキンの骨という不思議に
日常的に遭遇する

このフライドチキンから
毒ガスが出てたら
私の命は何に懸かったことになるんだろう

安全な場所なんて
どこにもないのならば

存在がそのまま
命懸けでそこにある

大変だなぁ
0

2010/2/22

やっぱり私がいちばん  稽古のあと

今回の舞台では
何やら大変そうな舞台セットがあり
お話の中で
何やら大変そうなことをしている

私はその
何やら大変そうなモノには
あまり関わらず
私だけ楽チンだ


前にもあった
私だけセットに縛られない
私だけ自由なの

私だけ目を閉じて動き回る
私だけ面白いの

私だけこの照明を使える
私だけカッコイイの

私だけ着替えが少ない
私だけ荷物が少ないの

私だけこの音楽を流してもらえる
私だけ気持ち良いの


いつもそうだ
私だけこの台詞が言えるの
私だけ楽しいの


他のヒトの
利点も不利点も無視して
常に私が一番
良い目を見ている


台詞が少なくてすぐに覚えられる
台詞が多くていっぱい目立てる

出番が少なくてたくさん休める
出番が多くて舞台にずっと立って居られる



こうやって書くと
バカみたいなポジティブに見えるけど
何てことはない
自分が特別なのは当たり前だ


アタシが一番楽しくてゴメンネと
全員が全員思ってるならば
何てバカで
何て楽しい現場だろう
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