次回公演予定


2018年8月16日(木)〜19日(日)
ノーコンタクツ
『パイレーツ・オブ・トレビアン2〜呪われた最後の海賊たち〜』
大塚萬劇場


もう少し詳しい情報はこちら
よろしくお願いします

2012/1/28

あるオッサンのファンクラブ  めっけもの

去年の11月
槇原敬之さんのコンサートライブに行った


知り合いでも友達でもない人を
あだ名で呼ぶのは
ちょっと抵抗がある私だけれど
槇原さんはもう敬意と愛着を込めて
マッキーと呼ばせてもらおう
と思った


去年は
丁度彼のデビュー20周年だったそうな

デビュー頃からずっと
彼の音楽は近くにあった

彼を好きな友人からCDを借り
片面60分のカセットテープに
アルバム二枚をダビングし
使い慣れないワープロで
テープのラベルを自作した

音質が悪くなる一方のテープにも
ドラマにもCMにも
教科書にすら
彼の音楽は変わらず近くにあった


私も、私にCDを貸してくれた友人も
中学高校と過ごすなか
色んなアーティストを好きになった

私はJUDY AND MARY、Cocco、椎名林檎、小田和正
彼女はシャ乱Q、L'arc〜an〜ciel

そうこうしてる間も
どこか奥の方とかで
マッキーは好きだったねと
一緒にコンサートに行った彼女と話した


最近になって
気持が疲れたときなんかに
マッキーを聴きたい、と思っている自分に気付き
もしかして
私は相当に彼の事が好きなんじゃないか?と思った矢先
コンサートツアーの情報が
神の啓示の如く
私の耳に飛び込んできた


コンサートからの帰り道
同行した友人と話しながら
ファンクラブ入会を決意した


ステージの上で
柔らかい声で歌い
自分の言葉で話す
ブサイクで人のいいオッサンを
出来る範囲ででも
応援したいと思った


ずっと自分の気持ちに気付かなかったけど
多分、20年前から好きでした


そう告白しながら郵便振替で入会金を振り込んだら
昨日
ファンクラブの会報が届いた


数日前から郵便ポストをドキドキしながら覗いていた辺り
この郵便物の到着を
相当楽しみにしていたらしい

0
タグ: 槇原敬之

2011/7/31

一緒に生きて死んでくの  めっけもの

日本には刺青という文化がある

痛みを伴い
絵を皮膚に刻み付け
その人が死ねば
同時にその絵も死んでしまう
なんて静かで激しい文化だろうと思う

「死なば諸共」
まるで武士だ

こんなに健気でいとおしい芸術が日本にあるのは
なかなか嬉しい事じゃないか


しかし
一時明治政府が禁じていたせいか
決して非合法ではないものの
どうも世間様に歓迎されない事が多い

年配になるにつれ
刺青を見て顔をしかめる人も増える

親からもらった大切な身体に…と
最もらしくのたまう方が多い

その批判には
じゃあアナタは
怠惰や不摂生や喫煙等々
「親からもらった大切なカラダ」とやらを
いじめていないと言えるのかいと
反論したくはなるけれども

何故そんなことをする?と
問われる事は多いだろう
意識的に身体に傷を付けるという点では
ピアスやリストカットも同じだが
きっとそれらも
答えようがないだろうと思う

美学だ!
とか
魂の叫びだ!
とか

それ以外に
どんな理由があるだろう


共に生きて
共に死ぬ
そういう絵があるなんて
驚くじゃないか


日本の素敵な文化なんだから
就職に有利になったり
すればいいのに
なー
2
タグ: 刺青

2011/5/17

「これは時代の叫びだ」  めっけもの

「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」を観た

ずっと観たいと思いつつ
やっと今
今さらながら観た


予告映像は言った
「これは時代の叫びだ」


もし私が
この時代に生きていたら
何を思い
どう行動していたんだろう


私の母は
ちょうどその事件をテレビで
リアルタイムで見ていた話をしていた

母に
「この時代に生きてたら、彼らの行動も理解出来るもの?」
と聞いてみた
母は
渋い顔をしながらもあまり考える様子もなく否定して
「あの人たちは頭が良すぎたんじゃないかねぇ」
と言った


連合赤軍の一連も
私の母も
「時代」という一言に含まれるのなら

「時代の叫び」とは
一体誰の叫びなんだろう


自分の生まれる数年前の話だ

私の関わる「時代」には
一体どんな叫びがあるんだろう


1

2011/5/2

そうだ 憧れたいんだ  めっけもの

音楽は門外漢だが
ライブに行くのは
楽しい

楽器というものが
全く扱えない私は
奏でるという事が出来る人を
とても尊敬する


ライブに行けば
目的のバンドだけでなく
知らない人の演奏も聞ける

その知らない人を見ながら
ふと

すごい
すごいけど
憧れないなぁ

と感じた


音楽が門外漢だからじゃない
単純に
その人に
憧れはしなかった


あぁなるほど
私は憧れたいんだ

突然納得した


表現活動を観に行く楽しさには
憧れたいという
欲求が含まれていたのか

少なくとも私の場合だけど

憧れるものがないと

ふーん

と言って
忘れてしまうんだ


目的のバンドには
とても憧れた

本人がどんな生活をしていようと
今ここで楽しく空間を作っている
観る人が楽しくなる
「元気」という言葉が
恥しくない

そんな表現が
私に出来るかしら


憧れたい

憧れると
自分の目が
上を見る
0

2011/4/13

「すごいすごい」と喜べるという事がすべてだ  めっけもの

地震だ何だで
一時はテレビを席巻したCM

どんなものにもよくよく
パロディ的なものが作られ
「茶化している」とか
「けしからん」とか
おこられる事が多いらしいが

気合いの入ったパロディは
むしろ本家に対する
多大なる愛情があるように見える





そして
例え
「くだらねー」と言われるだけのものであっても

多大なる手間暇を必要とし
ストイックに推敲を重ね
愛情根性ど根性の末に
完成するのだろう





私はそういうものを見て
やっぱり感動をする


すごいすごい!と喜んで
「芸術」の範囲を広げまくるが
それはそれでいいよな
と思う
1

2010/9/14

胎内回帰の音楽  めっけもの

知り合ってそろそろ10年になる
音楽家 eric のライブに行ってきた


思い返せば
私が彼の音楽に惚れ込んだことで
私の演劇環境が大きく広がった


私が
私という表現を探すとき
光となってくれたのが
彼の音楽だった


私が認識する「あべあゆみ」という一個体を
胎内で育てた
羊水のようなものかもしれない


そのためか
いまだに彼の音楽が
いちばん自然に身体が動く

たとえ
初めて聞く新曲であっても
懐かしい気がする


現在
彼は musicolune という
ユニットで活動している


音楽と月


最初に会った時から
ずっと広がり続ける
彼の音楽は
今でも
私が止まらずに進むための
光になってくれる
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2010/7/16

風呂上がりの夜空に  めっけもの

うちにある古い漫画の
ヒロインのもえちゃんは
辛いことがあると
鏡に向かって
RCサクセションの「君が僕を知ってる」を歌う

(漫画のタイトルは「風呂上がりの夜空に」
 なかなかシャレている)


どーってことないぜ
まるで気にしない
君が僕を知ってる


もえちゃんが言う
「どうしてみんな本当のことそのまんまそこに置いといて見ないの?」
「どうしてこっちに持ってきてワクにはめて計るの?」


本当のことは簡単だ
そこにあるのだからシンプルだ

でもそれを
そのまま見ることを
誰も彼もイヤがる

本当のことが
ここにあっても
誰も見なかったら
ここには「ない」ことになる


「君が僕を知ってる」


あぁなんて
強いことだろう
嬉しいことだろう
安心することだろう
ありがたいことだろう


君が知ってる
から
僕が居られる


「離れ離れになんかなれないさ」


我思う故に我あり
デカルトさんの発見は正しい

けど

君知る故に僕在り
なんて
そんな考え方も
正しくない?

ねぇ
清志郎さん



もえちゃんは
「絶対本当の男の子」と出会い
この歌を歌う必要がなくなる

その男の子が
その歌そのものだからだろう

良かったね
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2009/12/7

集団の中に私が居るならば  めっけもの

私が初めて
劇団に入る
という事をしたのが
約9年前
その入り口に居てくれた人達の舞台を観に行ってきた


変わったり変わらなかったり
懐かしい人達が
状況や面子は
さすがに多少変わっていたけれど
相変わらず楽しそうに
舞台を作っていた


残念ながら
私には内容がよくわからなかった
その理由は
私の中でははっきりしている

かと言って
わざわざ偉そうにそれを伝えるのは
どうなんだろうと
笑顔で挨拶だけして
去ってきた


何でもそうだ
私はあんまり楽しめなくても
しっかり楽しんでる人が他にたくさんいるのなら
その人たちに私が言うことは何もない


こうした方が良いとか
これは良くないと思うとか
前は散々言ったけど


私の正しさは
私にしか通用しない

私の楽しさは
私にしか味わえない


私の居場所には
私しか居ない


最近ようやく
何が余計なことかが
わかりやすくなった


そうしてやっと
一人であることと
一人でないことを
考え始める事が
出来るんだ
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