
(草むらにへたりこんで動けなくなる)
長浜をでて僅か3km、必死で漕いでドームの前に上陸した。
上陸するなり艇から離れて草むらで倒れこむ。
もう身体が動かない。
風があったとはいえたった3km、いや今の私には3kmもか。
その辺りに認識を変えないと事故になる。

(スプレースカートもはずした)
しばらくすると身体に少し力が戻りもぞもぞと動きだす。
とにかく腹部が苦しい。
そこでまず腰痛ベルト・ネオプレーン製をはずす。
次にスプレースカート、私のスカートは腹部を圧迫しないサスペンダー式だがそこ少しもしんどい。
あとはパドリングジャケットも脱ぎたいが意外に冷えるのでこれはそのまま。
カヤックウェアは腹部に圧迫して水を通しにくいものが多いです。

(私にとって海も義兄弟のようなDEEPさん)
さあ少しましになったので行こうか。
岸ベタなので風もなくなった。
残りは3km、この風ならいけそうだ。
さりげなく牽引ロープを持っていざとなれば引くつもりのDEEPさん、何があっても見守って、決して見捨てないNMさん。
立場上ここで中止しますかと言いながらも左後ろで見守りながら漕いでくれたゆきのぶさん、そして70代で自分もいろんな症状がでながら私を目に焼き付けるようなmomoさん。
そしてないより裏方にまわって車を回送しながら何かあったらすぐ駆け付けれる用に並走してくれているmimipapaさん。
このチ−ムみんなが私のわがままの為にサポートしてくれている。
そっと泣いていいですか・・・

(この木を潜ればゴールの天野川)
淡々と漕ぎながらようやく天野川が見えて来た。
もうすぐ、もうすぐだ。
河口は釣り師がいっぱいなのでそれを避けて少し奥へとはいる。
2年半前に関ヶ原からパックラフトを担いでスタートして、新幹線の前で組み立ててここまで漕いだんだ。
堰堤が多く何度も何度も担いだ区間。
ゴールした時は16時で寒かった。
その関ヶ原からの線がようやくここに琵琶湖の線と繋がった。
ありがとう、みんなありがとう。

(日頃は集合写真は撮らない私も思わず1枚)
私はここでゴール、サポートのNMさんも一緒だ。
他の3人はここから長浜まで戻る。
今度は追い風に6km、元々普通に漕げる人にとっては大した距離じゃない。
一応 総行程6・6km/h 全体平均3・0km/h 移動平均3・8km/h 最高速度7・0km/h 史上最高の激闘でした。

(この3人は今からスタート地点まで漕いで戻る)
艇から降りて再び草の上でへたり込む。
NMさんとmimipapaさんが艇を積み込んでくれる。
情けない、自分のカヤックも積みこめないとは本来来るべきじゃないけど、最後に漕がしてやろうというみんなの気持ちに甘えました。
でもツアーはこれで終わりかな。
これからは1箇所に行って漕ぐ、しんどかったらすぐ帰るぐらいが精一杯。
まさにラストツアーだtったのか。

(補助してもらい上陸。この後またへたりこむ)
このあとは帰路に。
薬を飲むために100円の草団子を押し込む。
昼はこれで終わり。
大阪まではほとんど寝てました。
そして再び艇の積み下ろし、ほんとごめんなさい。
翌日からは39度の熱が4日続く。
無理してんな。
それに徐々に衰えが酷くなる。
ポンコツな身体だけどもう少し付き合って。
まだ水上で別れを言わないいけない人は居るんです。

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