「村のハンの木」って何?
かつて飯塚書店という出版社から『ロシア民謡集』という歌集が出版されていました(現在は絶版)。お持ちの方もいらっしゃるかと思われます。

さまざまな曲を日本に紹介した功績はもちろん大きいものがありますが、一方でパイオニアにつきもののさまざまな間違いが多々見られるのも事実です。
その一例。
本書p.228に
『村のハンの木』という題名の曲が載っています。
訳詞は楽団カチューシャ。言わずと知れた、ロシア楽曲紹介のわが国のパイオニア。しかし、この題名には大いに疑問を持ちます。
原題は
В деревне было Ольховке
どこにも"ハンの木"なる訳語に対応する原語はありません。
それらしいのは
Ольховкеですが、この語は
大文字で始まっていることからも明らかなとおり固有名詞、具体的には地名です。普通名詞の"ハンの木"ではあり得ません。
訳者はこの語を主語のように扱っていますが、そうであるならば動詞がбылоと中性・過去になっていることと一致せず、文法的に矛盾します。なぜなら
Ольховке(Ольховка)の語は女性名詞だからです。
固有名詞である地名Ольховкаと普通名詞ольха"ハンの木"とが取り違えられています。
つまりこの曲は「村のハンの木」という題名ではないということになります。
試訳するならば
「オリホーフカの村でのことだった」
とでもすべきものでしょう。

0