さていよいよ迎えた「たまにじ」初日。
昼間のゲネプロも特に問題なく終了。「…やっとここまで来た」と呟いた高木演出を見て少し瞼が熱くなってしまった。先生の苦労を無駄にしないためにも是非良い舞台にしなくては…。
そう心に決めて望んだ本番だったが、私はそこで大失敗をやらかしてしまった。
二幕に入り、藤十郎役で私が登場。初日であるにも関わらず緊張はほとんどない。一番の見せ場である田中兵庫の上申書を読むシーンも稽古以上にうまくいったと思う。そしてしばらくしてまた登場し、浮浪の子供を捕まえようとした同心たちを一瞬でなぎ倒すシーン。台本にはなかった高木演出独自の殺陣だ。私は刀を鞘に収めたまま素早く持ち替えて三手で二人の同心を倒す。最近刀の鯉口が甘くなっていて鞘が落ちないかどうか心配していたのだが、鯉口にテープを巻いておくとよいという藤田舞監のアドバイスにしたがったら問題なくなった。本番でもまったく快調に二人の同心をなぎ倒し、「やった!」と手ごたえを感じ、刀を帯に戻そうとしたとき…。
…さ、刺さらない!
何と帯に刀が刺さらないのだ。
殺陣をやったことある人なら分かると思うが帯に刀を差すのは意外に難しい。当然私もその辺の稽古は散々やった。しかし、稽古着と本番用の衣装は厚さが全然違う。薄い稽古着と同じような感覚で慣れてしまうといざ本番でもたついてしまうのだ。
ちょうど私が稽古で重い模造刀を使っていたから、本番用の竹光を軽々と扱えるのと逆の効果というわけだ。
殺陣がバッチリ決まっただけに最後の最後で決まらないのは物凄くかっこ悪い。
あちゃ〜、やっちゃった〜…と思った。
…しかし、それは同時に美味しかったのだ。
観客がどっと笑った。私はその笑いが収まってから刀を帯に納め、振り返って「水戸藩士、木原藤十郎!」とやったのだ。
受けた…大受けだった。
…大失敗が客の心を掴んだようだ。
幸いシリアスなシーンはそれでおしまい。あとは藤十郎のコミカルなシーンがメインだったので、図らずもその前振りとなってしまった。もう籐十郎が何をやっても受ける受ける!今まで特に笑わすつもりのなかった台詞や仕草でもどっかんどっかん。
「あ、この台詞ってこう言えば笑える台詞なんだ」ってことをいっぱい発見した。もちろん私も一度失敗しているからもう怖いものなし。「とにかく災い転じて福としてやる!」って勢いで笑わせた。そしてそれを覚えておいて明日からの舞台に活かそうと思った。
ラスト、私が悪い浪人を叩き斬るシーンでは拍手まで来た!
籐十郎は大人気だった。カーテンコールの時、拍手の中舞台袖に引っ込む手前で私だけ客席に一礼したらどっと受けた。
「ずるい!ずるい!」とみんなに言われた。
楽屋で共演者の今野鶏三さん(劇団民芸のベテラン俳優です)がおしゃった。「芝居っていうのは不思議なものだね。大失敗が致命傷になる時もあればお客様の心をぎゅっと掴むプラスαになる時もある」
作家の小川先生も大変喜んでいらして「あのくらいご愛嬌ご愛嬌!」とおしゃってくれた。
転んでもただで起きてはいけない!明日は絶対失敗しない!そして、今日と同じだけの笑いを取る!

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