この日は実に5、6年ぶりくらいに「THE MAN」のライブを観に行った。
THE MANとは先に書いた工員時代、私が熱烈に憧れていたお笑い芸人である。
THE MANのコントを初めて観たのは22歳の時。1997年のことだ。
この年は私にとって極めて重要な自己改革の年でもあった。ニート生活をやめて工場に勤め社会参加をし、同時に劇団火扉に本腰を入れて取り組むことを、三木、宮沢と下北沢のパスタ屋で誓い合った。劇団事務所を借りそこで一人暮らしを始めた。さらには「第1次ジーパン革命」もこの頃に到来。つまりは生活や芝居活動そのものが急激に変化した年だった。
私は21歳までの自分を捨て、新しい人間として生まれ変わることに必死だった。
新しい人間に生まれ変わるには生活環境の変化もさることながら、新しい人との出会いが絶対に欠かせない。とりわけ新しい自分を導いてくれるような魅力溢れた人物の存在が。
…私にとってはそれがTHE MANだった。
当時、私は大の演劇嫌いで(今考えると一種の反抗期であった)むしろ芸人さんの世界に憧れていた。中でもTHE MANは格別の魅力を持ったカリスマ的な存在だった。
THE MANのネタはハッキリ言ってお笑いっぽくない(そこが私は好きだったのだが)。なのに誰よりも面白くって笑えた。というかネタというより作品と呼びたくなるくらい演技力、ストーリー、世界観ともにクオリティが高い。
「サイボーグ化して復活を果たしすイエス・キリスト」「モデルを孕ませ罪の意識から自らの手を床に釘打つ画家」「ハーレー・ダビッドソンでアメリカ横断を夢見る不治の病の少年」「介護疲れから痴呆老人を殺そうとする主婦」…等など。とにかく普通のお笑いではない。演劇チックで、いや、お笑いや演劇さえも超越したオリジナルな表現を目指しているように見えた。
あえて全く知らない人のために例えるとしたら、イッセー尾形の芸をもっとシュールにスピーディにアナーキーにして…いや、やはりオリジナルとしか言いようがないな。今はお笑いの多様化も大分進んだが、この時期にこういうスタイルで笑わせている人はあまりいなかったんじゃないかな(ラーメンズとかバナナマンくらいか?)。
とにかく新しい価値観を求めていた私にとって松井さん(あ、THE MANのことね!)は正に新しい世界のヒーローだった。
そんな折に願ってもない松井さんとの共演の話が飛び込んできた。当時顔見知りだった芸人さんが企画公演を立ち上げ役者を探しているという。松井さんもそれに出演すると聞いて私は飛び上がって天井に頭を打ち付けてしまう程喜んで即刻引き受けた。
こうして私は松井さんと直接知り合い、さらに深く影響されて行く。プライベートも松井さんは毒を持っていて変わっていてしかし礼儀正しくそして何よりもカッコよかった。公演が終わってからも私は松井さんの後にまるで金魚の糞のようについて回った。呼び出しの連絡があると例え予定が入っていたとしても調整して馳せ参じた。仕草、言葉遣い、考え方、センス、ファッション、全てにおいてTHE MANは先生だった。THE MANが出演するライブに通い打ち上げに顔を出すことによって私はさらに色んな芸人さんたちとも知り合っていった。「電波少年」に出演していたウクレレ・エイジさんや今や売れっ子の長州小力さんにもよく遊んでもらった。
私はお笑いに深く傾倒し、芸人さんたちの世界に強く憧れるようになっていた。やがてライブの裏方を手伝うようになり、ちょい役で舞台にも立たせてもらった。それが昂じて自分でコンビを組んで何度かライブに出たり居酒屋で営業ネタをやるようにもなっていた。あのまま行けば今頃芸人として板の上に立っていても不思議はなかっただろう。
しかし、20代も半ばに差し掛かるとお笑いとの蜜月もパタっと止まった。劇団火扉という表現の場を私はどうしても忘れることができなかったのと、私の演劇の師(と勝手に呼んでいる)吉村八月氏に認められて演劇の世界に引きずり戻されたのだのが原因か?いや、正直いうとちょっと飽きたのだ、お笑いそのものに(若気の至りは移り気なのだ)。
工員をやめて、失業状態が長く続いた20代半ば以降、THE MANのライブには行っていなかった。たまに松井さんから連絡があると「ライブに行きたいな」と思うのだけれど、行くと間が悪く予約満席で入れなかったりしてそんなことが続くたびすっかり疎遠になってしまっていた。
お笑いへの憧憬は冷めたが、松井さんのことはずっと尊敬していた。疎遠にはなっていたが、松井さんと過せた日々は今の私の財産だ。うまく言えないが例えライブからは足が遠のいてもTHE MANの芸は永遠だし、私は松井さんが大好きだった。
そしてさらに月日は流れ、30代に突入した今、私は再びTHE MANのライブへ足を運んだ。THE MANの芸は衰えていなかった。でもちょっと以前より毒が薄まってソフトになっているような印象を受けた。
でも何よりも客出しの時、松井さんが本当に嬉しそうに出迎えてくれたのが一番感激してしまった。他のお客さんを待たせてまで何よりも私との再会を喜んでくれた松井さん。私の方こそ積もる想いは沢山あったがその何パーセント伝わったか自信がない。
これからもたまにはライブを観に行こう。あの頃のような一方的な憧れではなく純粋にひとつの作品として楽しむために。カラッポだった私を新しい世界に踏み出させてくれた、「その男(ひと)」の作品なのだから。

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