なんでもとても大きなハリケーンが久々にニューイングランド地方にやってくるというので、週のはじめごろからニュースでは注意を呼び掛けていたものの、実際にボストン辺りに迫る頃にはただのトロピカルストームに名前も変えすっかり勢力も衰えて、勢力という言葉すら適当でないくらいイプスイッチはただの雨程度だった。
アメリカでも日本でもこういう嵐の中継は同じで、雨合羽を着た気象予報士さんが言葉も切れ切れ臨場感たっぷりに放送してくれるが、ほんとのところそんな身の危険を冒してまでしてもらわなくてもいいのにといつも思う。もし何かとても堅いものでも飛んできて当たったりしたら気の毒に・・では済まない。
それにしても、ハリケーンが通り過ぎるまでは大変蒸し暑かった。ちょっと動くと汗が出てくる。チェックアウト後の部屋の掃除でもしようものならとめどなく汗が流れる。日中はB&B中のブラインドを降ろして少しでも日陰を多くする。
そして、夕方日差しもB&Bもなにもかもが落ち着いたころビーチに出掛ける。2日前は満潮とハリケーン前の風で波がやや高く、普段はなだらかなクレインビーチの砂浜にぐっと角度がついて突然深くなっていたりした。
ジェーソンが娘と波打ち際で遊んでいてくれる間に一人泳ぐ。以前は誰がこんな冷たい海で泳ぐもんかと心に強く思っていた。だいたいこっちの人は紫外線を気にし無さ過ぎだし、日差しガンガンの暑いビーチなんて我慢大会以外のなにものでもないわというのが去年までも私だった。
ところが人は変わるものである。豹変といっても過言ではないほど私の行動は今年一変。ただし一つ言えるのは、もし娘がいなかったら今でも去年までと同じだったに違いない。
そしていったん水に入った私は泳ぐ泳ぐ。と言えば聞こえはいいが、クロールで何メートルも泳ぐわけでなし、犬かきの少しましなような平泳ぎで、顔だけかろうじて出しているだけ。そして絶対波打ち際から離れない。これは泳ぎに自信がないので私の鉄則。
イプスイッチの辺りでは聞いたことはないが、ボストンの南の有名なビーチ、ケープ・コードでは時々サメが出没する。アザラシの群れを追ってくるというが、そのアザラシをイプスイッチのクレインビーチで見たというお客さまがこの夏にいらっしゃった。
「それはもう子供たちが喜んでねえ。」と嬉しそうにおっしゃっていたが、ということはそれについてサメが来ていたかもしれないと今思うと空恐ろしい。でもそんなことを気にしていては泳げない。ましてや私ごとき波打ち際族はそもそも心配の対象外。
そしてハリケーンが深夜に来るといわれていた昨日、またまた掃除で汗だくになり3時ごろの満潮と虫が飛び始める前を狙ってまた一人ビーチに出掛けた。ハリケーン前なので一応クレインビーチは避けて入り江のクラークビーチにする。
ハリケーン前は当然のことながら遊泳禁止になるビーチがあるので、車でアクセスできるパビリオンビーチの人出を確認に行ったが誰一人海に入っていない。もしかしてこれは禁止かなと思いすぐ近くのエミリーの家によってどうだろうと聞くとこの辺は内側だから大丈夫、とのことだった。ほんとか?
彼女の家に車と車のカギとを置かせてもらい、タオルだけ持って歩いていくとクラークビーチにも人出がない。かろうじていた2組も私が到着と同時に帰って行ったので、プライベートビーチになった波打ち際に足を入れるとやはり始めはひやっとする。
見たところ水面は波立っているものの、入り江なのでザブンと打ち寄せる波がないため穏やか。これは大丈夫と判断し、波打ち際でまた顔だけだして泳ぐ。雨が降ったりやんだりの天気で日差しが薄く水の色も少し緑がかった鈍色。
波の方向に泳ぐと実力の10倍の勢いで進み、反対方向へは何回かいても進まない。時々遠くをボートが通り過ぎていく。後は時々飛んでくるカモメと小さな魚の群れだけ。濃い灰色と薄い灰色と、ほんの少しの青空が混ざった空を見上げる。明らかに南の方から怪しいものが迫っている気配が漂っている。
波に向かって泳ぐと、陸で言う「一歩も進まない」状態なので、しょうがなくいったん浜にあがって歩き元の地点に戻り、またそこから海に入るということを繰り返す。
以前アメリカのテレビコマーシャルで小型室内プールの宣伝を見た。大人の男の人が全身を伸ばしてまだ前後に少し余裕があるというサイズで、プールの前の壁から強力な水の吹き出しがあるので、いつまでもその場で泳いでエクササイズができるという売りだった。
自分が泳ぐ時いつもあのコマーシャルを思い出す。果てしなく広がる海で泳ぎながら、まったく前に進んでいない自分。あそこに見えるボートの位置まで!と目標にしたりしてみても、ボートの位置も自分の位置もいつまでたっても変わらない。
滑稽な自分の行動を一人で笑ってみたりして鈍色の海の中でかなり不気味だが、そんな私を見ている人もいない。ジェーソンは足がつるから泳がないという。そんな心配もあったか、とサメだけに気をとられている私は足がつったらなんて思いもしなかったが、彼は泳げば泳げるのでそこが違う。
ただの雨に終わったハリケーンでも、去ってみると朝からハリケーン一過の涼しい風が庭の木々を揺らしている。急に気温が落ちるという予報だったので、これが最後と昨日暗い海で泳いだがなんのことはなく、今日も結構日差しが強い。娘の昼寝が終わったらまた行こう。もう寒くて限界という日まで今年は海で泳ぐかもしれない。

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