十和田湖と噴火

2015/11/7 | 投稿者: mayfirst

 ツイッターを始めたせいか超タトイ云の更新がおろそかになりつつあるmayfirstですこんばんは。週一のペースすら守れていないですな。

 屋根残った竪穴住居跡発見 大館市・片貝家ノ下遺跡(さきがけ on The Web)
 http://www.sakigake.jp/p/akita/news.jsp?kc=20151105l

 この記事にある「十和田の大噴火」に興味をもって調べてみたところ、洒落にならないくらいの大噴火だったということがわかりました。

 Towada History
 http://www.hayakawayukio.jp/seminar/towadah.html

 環境研ミニ百科第111号(PDF)
 http://www.ies.or.jp/publicity_j/mini/111.pdf

 十和田の大噴火が起きたのは西暦915年。京都延暦寺の僧侶が記した日記に、8月18日の朝日には輝きがなく、まるで月のようだった、さらにその8日後に出羽国(現在の秋田・山形あたり)から、「灰が降ってきて2寸積もった。桑の葉が各地で枯れた」という報告があり、これが十和田の大噴火のことを指しているとされています。
「されている」というのは、実は十和田の大噴火の直接の記録は残っておらず、当初は鳥海山の噴火だと思われていたのが、のちの調査によって鳥海山ではなく十和田湖の噴火だったことが判明しているからです。でもって、なんで直接の記録が残っていないのかというと、十和田湖の大噴火を直接目撃できる範囲にいた人間は、噴火の際に発生した火砕流と火山泥流でもれなく即死したと考えられるから――と、どれだけ大規模な噴火だったのか想像もつきません。

 こんな大噴火がたかだか1100年前に、しかも比較的自分の住んでいるところの近くで起きていたというのが驚きでした。むやみに怖がる必要はありませんが、現代は破局的な噴火が起こらなかった、たまたま平穏な時期だったのだなと諸行無常チックな思いにふけった次第。



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