ものすんごく眠い&平幹二朗さん急逝  しのざわ

オモテ日記とココ裏日記を書こうとパソコンの前に座ったんですが、すんごい眠気がきて寝落ち、この時間になってました。
ぐはあ〜〜〜


23(日)……
朝に、前日22日(土)付のオモテ日記と裏日記の更新をしたまでは、良かったんですが、ものすんごい眠気がきて、そのままパソコンの前で寝落ち。
気がついたら、夜の19時を回ってました。
ぐぐぐぐぐ。
オンセンドで下着を買って、菩提寺へお布施を納めに行く予定、土砂崩れ。
さくらの湯にも浸かりに行きたかったんですが、行きそびれてしまいましたれす。
ぐはあ〜〜〜

もそもそパソコンの前でメシ喰って、20時にやっとの思いで立ち上がり、のろのろ身繕いして、21時前に外出をば。
マックスバリュとサークルKで買い物をして、22時に帰ってきました。

帰ってきてから、のろのろ歯を磨いて薬を飲んだところで、22時半。
もう時間が無いもんで、寝なおすのは諦めるコトに。
連日、すんごく調子が悪い上に、足に血が下がってむくんできてるもんで、寝床で待ってた凛は、とっても心配そうな泣き顔になってました。
泣いてる凛に、ごめんごめんと謝ってなでなでして、パソコンの置いてある仏間へ移動をば。
23時15分にパソコンの前に座ったんですが、睡魔に負けて寝落ち、この時間になっちゃったのは冒頭に書いたとおり。


24日(月)の予定……
外科受診。
菩提寺に、お布施を納めに行ってきまふ。
オンセンドで下着も、買わないといけませんです。
できるんかしらん?
なんかまた、終日パソコンの前で、寝込みそうれす。
ぐはあ〜〜〜


覚書き……
パソコンの前に座ったところで、入ってきたニュースなんですが、俳優の平幹二朗さん、急逝。82歳。
自宅の風呂で倒れてたところを家族に発見されたそうなんですが、すでに心肺停止状態だったそうで。

高齢者の入浴は危なくて、入浴中の事故、けっこうあるんですよね。
ウチの父も、入浴中に足腰が立たなくなってるトコを見つけ(まだ意識はあった)、なんとか風呂から担ぎ出したんですが、寝室に運び込んだところで意識を失って反応しなくなったもんで、救急車を呼んだコトがありました(06年4月)。
救急車に乗せたところでは、もう意識は戻ってたんですが、繋いだ心電図ですんごい頻脈に不整脈も混じってたもんで、即入院。
入院したら、一気にボケが進んで退院できなくなり、そのまま病院付属の施設に入所(08年4月)。
施設で最期を迎えました(09年5月)。

高齢者の独り暮らしで入浴中に事故起こしたら、気づくの遅れがちになりますので、くれぐれも入浴には気を遣って欲しいものです。

平幹二朗さんの演技で記憶に残ってるのは、NHK大河ドラマの「国盗り物語」での、斎藤道三の役ですよね。
道三がまだ若い頃、京都で油商人をやってたんですが、行商の際に、
「桝は天竺須弥の山ぁ〜、油は補陀落(ふだらく)那智の滝ぃ〜、とうとうたぁ〜らり、とうたらり、とうとうたぁ〜らり、とうたらり♪」
と謡いながら、一文銭の穴の中に糸を通すが如く、油を落とすパフォーマンスをやってのけるシーンがあって、強烈な印象で憶えてます。
まだ子どもだったもんで、ドラマの中身なんか、全然意味がわからなかったんですが、この油の行商シーンが出てきて、平幹二朗が謡うのが楽しみでした。

余談ですが、「とうとうたらり、とうたらり」の後は、「仏天からしたたり落つるおん油は、永楽善智の穴を通り、やがては灯となり、無明なる、人の世照らす灯明りの・・・」と続くんだそうですが、これを書いた司馬遼太郎は、すごいと思います。

82歳でも、まだまだ現役、いい演技をしていただけに、残念です。
ご冥福を祈りたいと思います。
合掌。



平幹二朗さん急死 82歳…現在放送の“月9”にも出演
スポニチ[2016年10月23日 23:00]
http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2016/10/23/kiji/K20161023013592820.html

 圧倒的な演技力で知られ、旭日小綬章を受賞した俳優の平幹二朗(ひら・みきじろう、本名同じ)さんが23日、亡くなった。広島市出身。82歳。葬儀・告別式の日取り、喪主は未定。

 23日の午後6時半頃、家族が自宅を訪れたところ、浴槽の中で倒れているのを発見し、119番した。警視庁北沢署員が駆け付けたが心肺停止状態だったという。平幹二朗さんは1人暮らし。同署は事件性はないとみている。

 広島県出身。舞台や映画、ドラマで活躍し、生涯にわたり第一人者として君臨した。高校卒業後の53年に俳優座養成所に5期生として入所し、56年に俳優座入団。63年にフジテレビのドラマ「三匹の侍」に出演し人気を得た。NHK大河ドラマでも「樅ノ木は残った」(70年)「国盗り物語」(73年)に主演。「王女メディア」「近松心中物語」「NINAGAWAマクベス」など故蜷川幸雄さんの舞台にも数多く出演した。

 私生活では、84年に当時の妻だった女優佐久間良子(77)と離婚。俳優の平岳大(42)は長男。98年紫綬褒章。05年旭日小綬章受章。

 フジテレビ「カインとアベル」(月曜後9・00)に出演中の急死となった。



日本を代表する舞台俳優 平幹二朗さん死去 82歳
NHKニュースWEB 10月24日 1時49分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161024/k10010741461000.html

重厚で格調高い演技で知られ、ライフワークのシェークスピア劇の上演をはじめNHKの大河ドラマの主演などで幅広く活躍した日本を代表する舞台俳優の1人、平幹二朗さんが、23日夜、亡くなりました。82歳でした。
平幹二朗さんは広島市出身で、高校を卒業後に上京して俳優座養成所に入り、俳優の道を歩み始めました。
昭和31年に舞台でデビューして、端正な顔だちとスケールの大きな演技で人気を集めました。
その後、演出家の浅利慶太さんの「ハムレット」や、蜷川幸雄さんの「王女メディア」など数多くの舞台に出演し、重厚で格調の高い演技で登場人物の性格を巧みに演じ、日本を代表する舞台俳優の1人となりました。
テレビにも多く出演し、NHKの大河ドラマでは昭和45年の「樅の木は残った」や昭和48年の「国盗り物語」で主役を演じたのをはじめ、昭和63年の「武田信玄」では信玄の父親役として、横暴な支配者が息子に追放される姿を巧みに演じました。
平成5年にはシェークスピアのすべての作品を上演する計画を発表し、ライフワークとして「マクベス」や「リア王」などを次々に上演してきました。
平成10年には紫綬褒章を、平成17年には旭日小綬章を受章しています。
蜷川幸雄さんとは長年にわたり交流があり、ことし5月の蜷川さんの告別式では弔辞を読んで、『ぼくらはまた、近いうちに、再会する』という芝居のせりふをささげていました。
平さんはテレビドラマに出演するなど活躍を続けていましたが、警視庁によりますと、23日午後6時半ごろ東京・世田谷区の自宅の浴室で倒れているのが見つかり、死亡が確認されたということです。


引用以上


これ書いてる現在時刻、23時59分……
(実際は翌日の午前3時55分)


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昨日は38。
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