2007/5/18

お遍路の旅  

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札所お寺の順拝地図を頂き、33番札所へ、7:00前とゆうのにすでに、本堂前のお線香たてに8本がたてられ、白装束の巡礼者が参拝が終わり34番札所へ移動中、恐る恐る、ご本堂へ早朝の参拝も空気が美味しく、昨日の疲労も抜けたようだった。
納経所とゆう看板が目に映り早速、心得とゆうものを、聞きに行った。
まず、どこの札所からでも参拝は可能。宗教は関係なく、88ヶ所霊場めぐりは、仏様に逢う修行の旅だそうだ。
まずは、納経帳をいただき、参拝のお印をいただいた。 すごい毛筆字である。
感心しながら、駐車場へ、もう1台もいなく次の札所へ。約8km34番札所へ。
案内板を確認しながら、車を走らせる。
歩きお遍路さんの姿がちらほら、沿道で見かける。朝も早く34番札所に着いた。

ここで、ちょっと待てよ、境内の休憩所のご婦人深く笠をかぶり、白装束、まだ若い。
足をもんでおられる。巡礼何日目か?。一人旅みたい。

こと慎重になりだした、35番札所へ、約10km相当山奥だ。沿道で息子と年格好が似ている、日焼けで、無精ひげの若者に、脇目もふらず、ただひたすら一人で歩いている。(なにか考えさせられ、胸がじ〜んと重くなる)。杖と笠が。。。なんの絆がこんな形になるのか?。

3kmはあろう山頂ご本堂までは、しかし、かあちゃんと沿道の若者のお遍路姿を見てこつこつ歩いて登ることに。
ご夫婦の姿があちこちに見受けられ、また、私より年配の男性の一人旅も、最初は観光気分でいたが、なにがこんなに悟らせるのか?。
老いも新生も関係なく、、、、、、本堂で栃木のご夫婦に撮ってもらう。

36番札所を巡り、37番札所へ60km。これが、これが、何キロごとに沿道でお偏路さんに逢うのです、私の娘と年頃が似ているこれも、一人旅。また、自転車で女子大生らしき者も。一時間10km歩くだろうか?着くのは夕方かな?。我々は車で移動とうとうお偏路さんとすれ違うたびに一礼を車中でする羽目に。
37番札所から38番札所金剛福寺(足摺岬)約90km。四万十川を通り土佐清水へ、途中コンビニにて昼飯弁当を買い、太平洋を眼下に海岸で昼飯に。
土佐清水を出てから、すごい山岳コースとなった、高い樹木で薄暗くなった道路。まだまだ38番札所ははるか彼方。  カーブしている道で絶句する光景に出くわした。
4〜5m距離をおいて二人の歩きお偏路さん、ご主人が前、奥さんが後ろ、登りの山道を杖と笠が目に焼きつく。必死に歩いておられる、目が潤んでしかたがない。
これぞ、夫婦だと、この絆きっと、かあちゃんも隣りのシートで感じているだろう。
38番札所にやっと着き、6箇所を巡ったところで雨が、さっきのご夫婦は、安否を気使い39番札所へ時15:00帰路に付く最後の札所だ。
途中から、雨脚がひどくなりおまけに、強風が。中止とし、九州航路の八幡浜へ100kmの超サバイバルコースとなった。
宇和島付近で、完全に日隠れ益々雨も本降りに、42番札所仏木寺付近で雨合羽姿の二人組みのお遍路さんに遭遇、また、ご夫婦だ、行きかう車の飛ばし雨をかばうように、ご主人が奥さんの後ろから歩いておられる。思わず片手で合掌した。

今回の、四国旅行は、金毘羅さん参拝から、車でのお偏路旅にまで発展してしまいましたが、夫婦愛、人間愛、心の絆そして、いろんな沢山の体験をさせていただきました。
88ヶ所のうち6箇所でこんな経験が。後何年で残りを巡れるだろうか。何時までもかあちゃん元気でいてくれよ。

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2007/5/18

四国88ヶ所遍路の旅  

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インターネットによる、仕事が香川県のお客さんより入り、本来なら宅急便にて発送で済むのですが、住所を確認すると、金毘羅さんの隣り町。
10年前、これも岡山のお客さんの仕事が入り、初めて四国入りした思い出が頭をかすめ、かあちゃんに相談することになりました。
そして、大学の合宿所生活の4年間を共にした僚友2人にも連絡が取れ38年ぶりの再会を約束することができました。
金毘羅さん参拝、四国でたった2人の僚友(九州は私1人)に再会とゆうイベントを香川のお客さんより頂き、商品を持参することに、相成りました。 
5月14日、午前マリーナ出発、大分佐賀関からフェリーにて、愛媛の三崎港へ、ここに僚友が、町会議員、みかん農家の御曹子が38年ぶりに、合宿所生活、剣道の話に時間があれよあれよで過ぎ、(大半は、体の健康の話が)2時間があっとゆうまに過ぎ三崎を後に、松山は道後温泉に向かった。

5月15日5:00起床。6:30松山を後に高速で金毘羅さんへ10年ぶりに参拝して、石段を上るたびに年齢と、運動不足が下半身に徐々に伝わってくる、かあちゃんも一生懸命みたいだ。
海上安全祈願のお札を頂き、下山、今度は膝がガクガク笑いだした。一路仕事の綾歌町へ針路をとり、無事仕事完了し、この夫婦の旅を作っていただいた事に感謝申し上げ香川は、高松へ。
1年生からレギュラーを共にし4年時は副キャプテンだった僚友に再会できた、栗林公園前で笑顔を見た時は、練習で苦しかった、寮生活で苦しかったことが、互いに握り締めた握手でずっしり伝わってきました。そして、またうれしかったことが、同じ部屋で寝起きを共にした後輩が連絡がとれ、60になっても後輩は、後輩かわいいものでした。ここでも2時間、あっとゆうまに過ぎ、一応計画は完了しました。 が、これからが夫婦の旅スペシャルコースの始まりになるとは?。
折角四国にきたからには、坂本竜馬(海援隊)に会いに高知へ。
この時、すでに夫婦の体は、私は、九州横断、四国横断での車の運転、かあちゃんは、僚友との再会にての気疲れ、金毘羅さんの石段の下半身の疲労が徐々に来ているとは、知る壽もなかった。
桂浜に到着が19:00、ヘトヘト寸前、宿を探すが無い、やっとお遍路さん歓迎の民宿が見つかり安堵した。
荷物を抱え部屋に行くとき、二人とも歩くのに腿、ふくらはぎが突っ張り、腰は前かがみになり笑顔が無くなっていたのを思い出した。
間に合った、宿泊客との夕食会で一日の英気を満たしてくれた。
ご夫婦のお遍路さん達で、群馬、栃木、埼玉からの巡礼で60代後半のかたばかりで、夕食会での会話は、病院と病気の話が飛び交いし、今から先輩たちの仲間入りかな〜なんてしぶしぶ郷土料理をご馳走にして早々就寝。
5月16日5:00起床。完全に足、腰が、、、、、しかし、初めての土地ゆえ、朝食前に、竜馬さんに会いに、桂浜をそれこそ、ひょこたん、ひょこたん二人で歩き回り。
民宿の女将さんに、お遍路さん、四国霊場のお話を聞くことに。
遍路の旅がここ高知から始まった。  遍路の旅は次回に書くことにします。
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2007/5/10

サファリーパークあじ曽根  

人生の楽園ビッグあじ曽根も、時が過ぎれば、海中はサバイバルゲームもそれは、それは、圧倒される。
今回は、画像は遠慮しがたい。 TVでは、ちょくちょく、あざらしの子供を巨大サメが襲うシーンを見たことが、チャンネルを切り替える(私には非常に苦手な場面)

いつも釣っている魚を、そして、刺身で食べている魚を、目の前で、憎らしいちょっと、恐々の2m級のサメに一飲みにされ、それも、釣り上げるたびに、それが、かわいそうに思えた不思議な世界だった。

サメがサファリーパークの猛獣にログイン、そして、車もトラックの荷台に乗り、茂みの中にひそんでいる、猛獣に餌を投げているかのごとく、錯覚に陥った。

何時になれば、このショックは消え去るのか?。
来週は、山でも行こう。
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