2013/7/26

ジャンボにんにくの収穫  

お客さんから頂いた、ジャンボにんにく、料理に使ってくださいと、20個ほどいただいた。
でも、食べきれず、子孫を増やすことに。
クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します6月収穫した画像です。 ピンポン玉より大きく、そして、匂いはありますが、スライス、焼、おろしでも、普通のものより、きつくない刺激です。 翌朝匂いが残りません。
早速、ネットで勉強して、軒下で乾燥しております。クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します初めて、保存乾燥しておりますが、
今年の冬は、体力増進になるか、たのしみです。 たまねぎと同じ大きさです。
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2013/7/14

春お遍路のまとめ  

クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますJR予土線の駅名。と、JR土讃線の駅名です。
四国のお遍路の旅、やっと2年半で半周できました。のべ一月半です。 いい思い出が残りました。
ちょっと、おもしろい、駅名が浮かびました。 よろしく。
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2013/7/13

最終日、大洲まで、  

昨夜は、みやこのおやっさんと差向えで、いいビールでした。 預かり物があると、おかみさんが冗談もほどほどに、実は、長崎から80代のお姉さんと、70代の妹さん姉妹の車おへんろさんからの、預かりものらしい、九州から歩きお遍路の方に是非渡してくださいとのこと。
紙袋にお手紙が、佐世保の姉妹の方で、70代のおばちゃんが四国まで車お遍路!!!!。しかも、80代のお姉さんを乗せて、大変だったろう?。ご縁があるようにと、五円玉でこさえたタグが、それと、九十九島おせんべいが、なつかしい、まさか、こんなとこでお接待いただくとは。それから、名古屋と岩手の両夫婦、四国に入って、長いらしい、夫婦喧嘩しいしい周っているそうです。私夫婦も4年前、四国一周喧嘩しいしい周りました。
かあちゃんがぜったい、もーーー一緒に旅行せんと、言いながら。とうとう、結願まで行きました。  特に、岩手のご夫婦苦笑いされていました
5月23日、6:30、おにぎり弁当、おかみさんより、接待いただく。標高があるので、朝もやが気持ちいい、宇和高校を過ぎ、参道に入る。まだ、わたし一人みたい、屋根瓦な特徴で、ここだけが、山陽の瓦みたいだ。クリックすると元のサイズで表示します明石寺で打ち止め。あと、大洲駅まで足を延ばし、秋巡礼の加勢をしておこう。
大洲から宇和駅まで、宇和から窪川まで、そして宿毛まで。クリックすると元のサイズで表示します参拝終わって、お遍路道にはいる、国道56の車の多さ、多さ。信里バス停からずーーーと登り。おまけに、崖の被覆工事がつずく。
一車線交代、誘導待ちの車がずらり、目線がきになっって、気になって。頭を下げられるのには、恐縮です。クリックすると元のサイズで表示しますきゅーーーーーけい、でこぽんの接待が、楽、、、、、、、、、、このまんま、ここに居たい気持ちでした。
クリックすると元のサイズで表示します焦る、焦る。特に西側のJRは不便さが、多分12:30発宇和島行があるはず。三本松から下りが続く、大洲の町に入ったら周りはまったく視野にはいらず、クリックすると元のサイズで表示します大洲にお城が、帰熊して、検索します。クリックすると元のサイズで表示しますゴールです。今年の秋はここからはじまりです。 長い間お世話になりました。
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2013/7/13

自然に吸い込まれた歯長峠  

クリックすると元のサイズで表示します知らず、知らず、県道からお遍路道に吸い込まれました。 最初から草ぼうぼうだと、一瞬立ち止まりますね。
さすが、歯長の遍路道。4日前の大雨の後が、あちこちに、沢みたいにえぐれている山道が。
10歩とゆうより、5歩登ったら、20回深呼吸。 通常のお遍路道とはちょっと、グレードが違ってました。 まさに、ロッククライミング擬き。クリックすると元のサイズで表示しますこの辺までは、ルンルンでおまけに森林浴と涼しさが、ここちよい。クリックすると元のサイズで表示します突如、杉の木立が消え去り、雑雑とした雑木林の登りに、木立を切り倒した、根株が道の真ん中に。そして、チエーンが上に続いている。 光が通らない。クリックすると元のサイズで表示します道筋が検討つかないここ、歯長峠です。クリックすると元のサイズで表示しますやっと、山頂峠らしい空間が広がった。
祠が、結構広い、お参りをすませるが、雨で雨宿りは良いが、ここで野宿は考える。 ちょおと勇気がない。かみなりに打たれたのか、樹皮がはがれて、先太り木立があちこちに目立つ。
空を見上げると、雲が早い、かみなりに近い距離です。クリックすると元のサイズで表示します寛政元年でしょうか、江戸初期、寛政の改革、1770年代みたい、(よく調べます、当時のお遍路石標です)。 この瞬間がたまらなくすてきなんです。 200年前の手つかずの物にさわられる、どんな人が掘ったんだろう。
神秘的だし、ここだけの空間が最高でした。クリックすると元のサイズで表示します路が消えていました。 遍路札を探す。探す。だが、下では、高速の車の音が、安心です。  やっと、娑婆にでました。 歯長地蔵に着いた。 いや〜〜〜ここの峠はいろいろありました。きつかったのも忘れるくらい、ちょっと恐ろしい場所もありました。
靴、靴下脱いで一休憩。遍路小屋の前に自販機。ミネラル、と、サワードリンクをいただく。
広川大橋をわたり、民宿兵頭をとおり、この一本道が疲れた。峠越えがここで、効いてきた。
夕日が、まともに顔にさす。時間を要した。案の定、民宿みやこから心配の携帯が鳴った。
おやっさんが迎えに来ると、クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますシャッター切ったのが6:30.いいですねー。田舎の風景。  民宿の前からです。 すぐ着きました。
女将さん、おやっさんに挨拶して、離れにいったら、もうこんなくらい景色に。 川向こうに予讃線が走る、2両編成のディゼルカー。山間部にとーーーーーーーく、ひびく。 わびしいなかにも、宿に着いた安堵感にひたり、さっそくお風呂を頂戴しました。
同宿、岩手県、名古屋からの車お遍路のご夫婦っで、それぞれ先輩の方で、夕食はもりあがりました。 ここの、息子さん、東京農大卒、へ〜〜〜後輩が、岡山に就職らしい。
夜は窓全開、川面の冷たい風が入ってくる。そして、かえるの合唱、爆睡です。
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2013/7/12

いよいよ、ラストone,  

昨日は、夏日、日焼けがひどく、顔がほてって、なかなか眠れず。5月にエアコンでした。6:30朝食いただいて、貫禄おかみさん、送っていただきました。玄関の前で何時まででも手を振っていただいて恐縮でした。
早朝の宿場町、情緒があって、朝露が光って、てくてくが始まりました。 高校生には会うのだけど、子供にはなかなか、会わない。久保津のバス停から登り坂に、クリックすると元のサイズで表示します朝一発目からおへんろ道、気合が入った。遍路小屋を通り過ぎ、100mで気が進まない、あまりにも、雑草の丈が高い。
ニョロニョロが心配で、大事を取って松尾トンネルを選んだ。 マスクを用意。
1,7km。約30分もトンネルの中。大型が多い。クリックすると元のサイズで表示しますもう、トンネルは慣れました。ただ自分が、宇和島を歩いている、最終の大洲をめざして、もくもくと、脚のほうも5体と調子よくマッチして、感謝をかんじる。寄松バス停宇和島署を通過、城下町風、熊本市内とよく似ている。
市街にはいる、途端に小をもようす。我慢、我慢我慢できず、馬目木大師にリックを置いてトイレ探し、四国電力の作業員の方にちょっとした、雑草畑を指さしていただいた。女性はつらい。
しみじみわかる。クリックすると元のサイズで表示します松山100km切れた。2日半の距離だ。道後温泉か?。 秋にお世話になります。
街並みが、小京都かな?、城下町かな?。 途中、大村益次郎の案内板が、?たしか、長州藩の学識者だが。(帰熊して、維新全集を穴があくほど、調べる)ひとりの怖者でした。
江戸末期土佐は貧乏藩でした。農民が唯一の便りどころ、年貢、したがって、隣国ににげたり、脱藩したりしないように、険しい峠を関所がわりにしたそうだ。逆に宇和島藩からの土佐藩に入るのは少なかったそうです。クリックすると元のサイズで表示します
八重の桜で、大政奉還、土佐の山内容堂、宇和島の伊達忘れたなんとか?
時間があれば、見学したかった。もっと、歴史を。務田に着いた。龍光寺、佛木寺を打つ。クリックすると元のサイズで表示します佛木寺はかあちゃんと来たとき、愛媛テレビのお遍路取材を受けたところ、いい思い出でした。山門のすぐ横がお遍路休憩所。じっくり休憩、例のごとく、バナナ、メロンパン、イチゴヨーグルトで昼食。
今回最後の宿泊、民宿みやこにTEL.こころよく、予約OKいただいた。このあと、無我夢中とはこのこと、後を振り返る余裕なしの峠越え、クリックすると元のサイズで表示しますここで、一休みします。
      
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