2014/1/24

初めての冬遍路その6  

昨夜は、松山繁華街、忘年会ピークですべて満杯。コンビニで弁当買う羽目に。東横インは朝7:00が朝食ですが、松山は6:30お遍路タイムか?。5:00には目が覚めたが。いつものしゃき〜〜〜んが無い。なんだかグズグズである。瞼が腫れ、両足が浮腫み靴になじもうとせず。今日は石手寺を打って今治までの計画。やっと、ロビーまで下りて、食堂に9割がた帰省客。お遍路もちろん一人。外はまだ暗い。クリックすると元のサイズで表示します石手寺7:00前、蝋燭、お線香一番、般若心経一番、きもちよかった〜〜〜〜〜!!明日は、大晦日。境内は初詣の準備で、おかざりがきらびやか。 ホテルで血圧、血液サラサラ服用忘れて、あわてて服用。 7:15太山寺をめざして歩く。正岡子規記念会館を通り温泉会館の前に、7:30朝風呂組が、好きだ^^^^車も、人も少ないのにスタッフが5〜6人はっぴを着て案内をしている。丁度入り口を左折、商店街を突き進む。ほとんどの住宅は車庫に自家用車が、そして、貨物車が通らなくて非常に安心である。 市街地から離れると、住宅街に、若奥さんたちが、あちこちで、洗濯を干されている。 ときどき目のやり場が、変な遍路がなんて思われはしないか。 一人歩きが続いているので、人影を見ると、ついつい目が顔がそちらの方へ。 声を出さんでもいいのに、 (おはようございます) 白々しいしぐさに。
ほとんどの、若奥さんとは、挨拶ができました。  いや〜〜〜気持ちよかった〜〜。
が、調子に乗って、よそ見ばかりして、お遍路マークを見逃した。 田んぼの道に出て、左手奥の小高い山裾が目的地でしょう、勝手に思って歩く。突如、前方に車が止まり、おっさんが出てきた。51番から来たんでしょう。52番太山寺は道が違うで。 あんた初めてか、私はお遍路7回目。間違った道まで送る、 いや、いいです。ありがとうございます。 歩きます。
あんた、九州の言葉やね。 はい、熊本です。 熊本には私の会社があるんで、イセキ農機。
益城とゆう地名、空港通りによく通ります。と、会話が弾み。 52番通り越して53番円明寺に着いてしまった。 ここはキリシタンのお墓が左に、どっかで見た門。  若奥さんばかり挨拶して、罰当たり。 納経所でご住職さんに、出て右にま==すぐ太山寺。 荷物はここにおいて、また、戻ってきなさい。 往復5km。40分ロス。  
クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますなんとかかんとか、太山寺に着きました。車お遍路さんご夫婦に挨拶。2,5km戻り。円明寺にご住職の含み笑いが気にかかった。
6日目で初めて歩き遍路さんに境内で会う。東京からで同じ区切り打ちで、内子から打ちはじめで、年越して、8日過ぎに帰京されるとか。自分の方言を聞いて、わたしも熊本育ちで、帯山におられたそう。 ここでお別れし、さきをいそぐ。クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します瀬戸内海が見えた。北風まっぽし。
熊本弁で北風真正面。 菅笠外し、海風に耐える。腿、膝にくる。冷えて、チクチクしだす。
13:00、今治まで26km6時間半。このペースだと20:00過ぎる。
ものすごく、複雑な気持ちで歩き出す。 時々、風圧で車道に追い出されそうになる。 ただ海の色は綺麗だ。 横峰寺(西条市)までは行きたいのだが、雪で無理、じゃ、麓まで。後何日かかるだろう。海鮮北斗(海鮮料理レストラン)看板が、安くて2,000円級と解釈して、右奥の白い建物目指して歩く。
ここで、昼飯を、刺身料理。 すでに70%近くリタイヤの体、そして、347号と196号国道の間を予讃線が走っている。 はるか遠くの山陰が広島だろうか、なぜか戸馳島が恋しくなった。ついに海鮮屋に着く、解釈は当たった。 帰省客で満員に近い。 アルバイト生が目立つ。
いけす周りのカウンターに一人。お遍路姿がよほど、目につくのか、目線がガンガン来る感じ。
宇和島御膳1,800円(刺身ぼんぶり)。 ビールと行きたいが、まだ、同行二人中。
クリックすると元のサイズで表示します若い仲居さんが気を使ってくださる。 女子大体育系かな、しきりと、お遍路のことを聞いてくる。  益々足首、膝、ももが部屋の暖房で外に出たがらない反応を脳に送っている。 ご飯3口目に、北条駅まで来たら予讃線で八幡浜までと決定。 フェリーはとにかく、20:30と記憶が。 現在13:30.
腹八分、お店を出て、一時間、柳原駅に到着。ここで打ち止め、来春はここから打ちはじめ。クリックすると元のサイズで表示します こっちが今治方面。クリックすると元のサイズで表示しますこっちが松山方面。一時間に2本、普通。一両編成。特急待ち時間10分、20分。車中で今回の冬遍路の反省を。とにかく寒さで
足首、膝に。  つずく
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2014/1/23

初めての冬遍路その5  

冬遍路を終え、やがて一月を過ぎようとしております。正月明けて、目まぐるしい毎日、来客、講習会、現場打ち合わせ。関係機関の免許の更新等、最悪とうとうご先祖のお寺ご正忌も行かれず。後日改めて参拝することに。
さて記憶を戻されるか、再度ブログにアタック。クリックすると元のサイズで表示しますいままで、新緑の芽生えと、桜の花吹雪、鶯の声、また、晩秋の紅葉、山門に舞い散るもみじの真紅の色合いが、山郷の奥深い沢、谷も歓迎の模様に見えて、足取りもさほど気にはならなかった。が、この雪化粧となると、ちょっと、神秘的で気が張るみたいでした。 なんか、不思議な誰かに覗かれているみたいで、(おい)声を出せば、(なんじゃ)と低い声が返ってくるような雰囲気がこの写真です。
山の神を起こさないように、静かに静かに、下山しました。途中松山の市街地が展望できた処がありましたが、歓喜を堪えて、脳裏に収めて静かに下山。  しかし。集落の屋根が見えたときはほっと、ため息が、そして、牛の家畜農家の人に会って、2度の安堵感が。クリックすると元のサイズで表示します思わず、通り過ぎようかとした、坂本屋さん、日、祭日のみの開館みたいでした。TV,本で見てやっと、お目通りしました、坂本屋。 後は、浄瑠璃寺めざして、てくてくです。クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますこの辺の集落、40〜50年前の故郷そのまんま。 残していただきたい、文化遺産。小川のせせらぎ、軒下の玉ねぎ、にんにく。
今は居ないが、隣棟の牛小屋。(孫達に説明しても、ぴ〜〜〜んとこないだろう)?
クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します道しるべに、浄瑠璃寺1,4km。あと20分で、脱走成功みたいな感覚に、後ろを振り返り、峠越えの、恐ろしさと、南国育ちの感動とが入交、陽が照り、少々汗を感じる自分でした。(よ〜〜〜あん山一人で越えて来たばい)
右そで口で思わず、鼻頭をすすり上げ、合羽からげて三度笠〜〜〜〜♪ ♪  長珍屋が見えた
ホテル、ホテル、でかくなって、ま〜〜〜。本当は、昨日ここに泊まる、予定でした。でも慣れない雪で。  浄瑠璃寺丁寧にお参りを済ませて、納経所にご住職の奥様に合えてほっと。八坂寺、文殊院、ここは、3年前、かあちゃんと車遍路をしたときに、前のマイクロバスの後をついてここに、車から、降りて本堂に、衛門三郎、遍路の元祖???? マイクロバスのお遍路さんのお偉いさんが(同行二人、金剛杖はどうなされましたか、金剛杖はお大師さんですよ、車に置いてきぼりはだめですよ)(奥さんと二人が同行二人じゃありませんよ) ハァ,ハ〜〜イ
申し訳ありません。慌てて車に引換し、金剛杖をお互いになぜなぜしながら、お参りをしたところで、納経所の中で、ビデオも見せていただきました。 あ〜〜あの時の人は、お遍路の代表さんじゃなく、先達さんと後でわかりました。  記憶にあるのが石手寺までご一緒でき、その先達さんの説明を聞いて、お遍路の奥の深さまざまざと知ることができました。今こうして歩いて
、歩いて、時間をかけてまだまだ、奥が深いことを。(自分の心の中に時間とゆう石を落としても生きている間は絶対底に着かないほど、奥が深い)これをお遍路と解釈しました。
文殊菩薩さんは、学問の仏様、ここで孫達のお守りを調達しました。 ここの副住職さん正月用の頭に、つんつるに青光に、南無大師返照金剛。繁多寺で5:00本日の打ち止め。
長かった一日でした。足を稼ぐために一路、石手寺まで、街中を急ぐ。クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますこの夕日は、まぶしい、菅笠を真横から攻めてくる金色の光。思わず合掌。 今日も無事、無事。 ただ、繁多寺で一日のお勤めも終り、今夜は東横インホテルを予約(メンバーは超リバーシブル)携帯を終えて、今日一日の納経帳を観ていたら、地元の檀家さんだろうか。ご夫婦で参拝されて近くに来られて、今日一日をまったく、見透かされたように、朝早く、久万高原を出られて、三坂峠は大変だってでしょう、お宅はどちらからのお遍路さん?と、聞かれて、 熊本からです!!と返事を。
そのご夫婦は、車、歩きで20回ほど周っていると紹介されて。  まず、冬の四国遍路を軽く見たらあかん、横峰寺で何人行き倒れになった、雲辺寺も、少しベテランになって冬経験されては、と、アドバイスされた。桜、もみじが美しいときが一番よと、奥さんにこにこ顔で後にされた。  明日は、石手寺から打ちはじめ、道後温泉ゆっくり、それどころか、ホテルの風呂にしいかり浸かる。 爆睡。
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2014/1/13

初めての冬遍路その4  

我が家を出て、3泊4日目。平均気温、3℃。下半身のメンテナンスよほどしっかりしないと、特に、15:00以降になると、陽が沈むと気温も下がる。もも、ふくらはぎの筋肉が突っ張りはじめる。そして、関節も悲鳴を上げ出す。熊本では毎日3〜5kmを歩いたが、ちょっとこの気象状況は、眼中になかった。 昨晩は、ビール無で、年賀状を書いた。久万高原まで、遠路はるばる60枚、60人を背負ってきた。 くたびれたはず(笑)。年賀状だけは、どこで出しても、消印がないので、記念にならないそうです。久万高原町郵便局職員さんの言葉。残念。29日AM5:30起床。岩屋寺の参道が堪えたし、また、雪の歩道を滑らないよう歩いたので、変なこわりよう。一里木のご主人には、甘えっぱなし、いろいろお話をお聞きして、現実の心の修行をしてまいりました。最後に紹介したいと思います。
AM7:00前玄関を出た。まだ薄暗いが、すべて銀世界。尋常でない、しかし、ご当地は当たり前です。 ご主人、もしかしたら、三坂峠はちょっと、膝まで雪があるかも、松山全然平気ですよ。菅笠の先から雪の舞うのが、玄関の照明で白く光り、トレッキングシューズにスパッツの足元がグリ、グリっと、雪踏む音に、情緒が最高だ、三度笠に旅籠、御達者で。民宿を後にする。クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します通勤の車はゼロ。大型トラックのチエンのジャリジャリの音と、スタッドレスタイヤのジャ〜〜〜〜〜の音で、泥交じりの雪のシャーベットがポンチョにボトボトと音を立てて当たる。歩道はこのシャーベットがアイスになって、こんもり山の状態。 人が通った気配は無。 金剛杖が何よりの頼り、歩道はカチンかっちんのてんこ盛りの雪氷、 車道を歩く羽目に。クリックすると元のサイズで表示します歩道が広くなり、時折、犬の足跡と飼い主の靴の跡が、いままで、こんな光景はテレビ、映画、で記憶しかない。 学生の頃、当たり前だが、北海道実習で経験したのみ。
国道は良いが、遍路道はどうなっているのか。町はずれになると、もう歩道は、真綿色したじゅうたん。最初は、筆おろしみたいに、感動しながら歩いていたが、よくよく、考えると、この雪道を歩いてしかも、山越え、自分ひとり、じゃないか?。 暖房効かした、乗用車が通り過ぎる。クリックすると元のサイズで表示しますそして、松山方面に行きの車が居ない。通るのは松山からの登りの車ばかり、多分下りはアイスバーン、車が通らないので道は白くアイスバーンみたいだ。クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますこのカーブすべてのドライバーさん、運を天に任せてみたいに、歩行速度でした。前からの大型車が来るときは、そのまま、こちらに来はしないかと、たびたびに車とにらめっこ。クリックすると元のサイズで表示します東明神の休憩所までは、本日未踏の歩道をひたすら歩き通しました。ここで小休止、トイレは水道がでないので使用不可。したがって裏の方で放水、不思議だった。バナナとマンゴウのミックス氷でした(笑)。しばらくして、右手にスキー場の駐車場が、整理員の方が道向こうから、ご苦労様と次々と声をかけられた。 歩くのを止め、金剛杖を両手で挟みそのまま一礼、宿を出て2時間後の快楽を味わった。
ゲレンデからシャトルバスがピストン輸送みたい。 スキー場を春、秋遍路の格好で歩き遍路。
スキーヤーのファッションと比べると。フィルムが一本ずれているみたいだろうな。やがて三坂峠、
クリックすると元のサイズで表示します松山まで27km。この場所で、
逆打ちお遍路さんにばったり、(逆打ちはベテランお遍路さんとお見受けしました)会う。浄瑠璃寺をAM5:00に出られたそうで。久万高原町を聞かれたが、車は通るし心配いりません、ただ、アイスバンです。と答えた。 天からの授かり!!!!!!!!!靴、靴の跡。道しるべ、道しるべ。クリックすると元のサイズで表示します1kmぐらいは足跡頼りに進んだ、歩きながら5:00にヘッドランプ照らして、今の時刻。相当きつい峠みたいと思いながら、峠に着いた。ここで足跡が消えている。なぬ、なぬ。バスで来て、ここから歩きか、あのお遍路さん。必死で足跡さがしです。クリックすると元のサイズで表示しますこのバス停から200m先のお店まで行って、道標を発見、いらぬ考え休みに似たり。足跡発見。  も〜〜〜〜〜超&安堵。(冷汗) 民家の間を抜けいよいよ、それらしき、遍路道にはいる。 が犬の足跡、大型犬、2〜3匹か?。そして、足跡が4人分ある。おかしい。 今までは一人のはずだが。 不思議、不思議。
積雪もかなりある。そして、急な勾配の下り坂。500mぐらい下りて、TVロケに会う。丁度
高野山1,200年のお遍路さんの撮影みたいでした。 スタッフが本物のお遍路が来たと、お喜びでレンズを向けているのがわかる。恥ずかしい。しかし、この積雪で山中で人に会ってほっとするが、やっと、一人の足跡になり、迷子、路を間違わないように慎重に。下る。クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します生まれて初めての経験、しかも一人、ただ、逆打ちのお遍路さんの足跡が。同行二人、眼が釘付けまるで、肉弾GPSに変身したるがごとし。
獣足、タヌキ、鹿。クリックすると元のサイズで表示します久万街道300年〜500年前までこの道しかないなんて、夜出て、夜帰るなんていい経験、いい修行させていただいております。クリックすると元のサイズで表示します後ろを振り返ると通った道は真っ黒の闇からぬけでたみたいなのです。クリックすると元のサイズで表示しますこの写真を撮るまでの小一時間、雪を踏む音と、金剛杖の鈴の音だけの世界でした。 南無大師返照金剛、合掌。
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2014/1/8

初めての冬遍路 その3  

露峰のバス停で17:00の有線放送がなった。南も山、北も山、山々。しとしと霙の山あいのバス停に荷物を降ろして待つことに。ここは、字父二峰村の露峰の集落です。明治時代から父野村とニ名村と露峰村があって昭和50年代に合併してこの地名になったそうです。西予市(宇和町)から85km(43番札所から44番札所まで) 雨、ミゾレ、雪の中、ちょっと歴史を紐解いてみました。大洲市(宇和島藩)仙台の伊達一門所轄。なぜか調査中。
山の山のそのまた山に3〜5軒の集落があります。全部茅葺か藁葺屋根がブリキの鋼板で覆ってある。ほとんどが交通網がトレラー発動機。(軽トラはまだ序の口)そして廃家。小川沿いの集落なんぞは、日本昔ばなしそのもの、日本文化遺産です。ましてや、1,200年以上からの国道です。山麓の道の石畳、石積の橋、弘法大師の修行のため歩かれた道はもちろんのこと、海産物、農産物の流通した道。どんな人たちが通っていたんだろう。クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します昨夜の雪も止み、今朝は民宿のおやっさんにきっちりAM7:00に露峰バス停まで送っていただいた。農祖峠を選択した。今日の行程は、大寶寺、岩屋寺をまわって元の場所に26km予定なので、荷物は民宿に預けて、おにぎりと、頭多袋で出発。クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します時々、カスミか雲か突如襲ってきます。 昨年の豪雨の跡がそのままのところが目立つ。極め付けをショートカットしました。跨ぐのに必死でした。雨も降らず、南傾斜面の道なので雪が無く、調子がよく峠に。クリックすると元のサイズで表示します下りになり、金剛杖の鈴がチャリン、チャリンと響く。杉、雑木林の梢の音もなし、無風。クリ畑、が見えて軽自動車が通るほどのアスファルトの道に。しかし、北斜面はこんな雪です。

なんじゃ、目の錯覚か。 メーカースズキ、 エンジンスズキ85馬力がここに。 なぜ、苔むしてある。クリックすると元のサイズで表示します22〜23フィート誰が。 がっかりである。 船検ナンバーも映そうかと思いましたが、これが、1,200年後の国道とは、弘法大使さんも知る由もないだろう。



クリックすると元のサイズで表示しますすごい立派な、農家です。しかし。 ここ最近、人里離れになったみたい。 もう、農機具、農耕具、洗濯干しがない。 20〜30年前は、庭先で子供の声が、犬の声が、なんて大切なもの失っていくみたいで写真をとりました。クリックすると元のサイズで表示します
ここの農家は、おじいちゃんの一人暮らしです。 おばあちゃんの洗濯物が干してありません。
庭先の畑の管理、必死でされている。町道から庭先までのあぜ道は、軽トラのワダチがほとんど目立たなく雑草の道に、買い物は、病院は、身内の方は近くになんて思いながら大寶寺をめざす。クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します久万高原町にそして4年ぶりに山門をくぐった。 ジャンバーを脱いで白衣に着替え、お灯、お線香、勤行 冷える、奥歯に力がいる。 ご本堂、大師堂お参りして、納経所へ、30代の女性の方が今ばやりの携帯をタッチしている。 おはようございます、さむいですね、ありがとうございました、^^返事がない。御影どうぞ、後は食い入るようにタッチパネルに両手が。 7か月ぶりにお参りしました。が、ちょっぴり拍子抜け。 車遍路のご夫婦やお孫さんとの御家族お遍路さんに境内でご挨拶、ご苦労様です、と、手を合わされて、あわてて立ち止まり、おはようございます、ありがとうございます、と、英気を逆にいただいで、遍路道へ。梢の音がちょっと気にかかり、時々、上から雪の塊が落ちてくる。それが笹に落ちて変な音がする時、左の胸がびりびりとする。 いのししか、くまか。クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します昨夜の雪が残り歩道は雪の塊が続く。昼間も暗いお遍路道をやっと通り抜けほっと、一息。写真の谷間の向こう側、雲の切れ目で明るくなる。 700〜800mの山々で春は景色がいいだろうな、なんて見ていたら、谷間の向こうは、さらに高い石槌山系です、白いのは雲でなく、山裾の雪です。 九州では経験できない雄大さを見ることができました。クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します見慣れた光景が正面に奇岩山がもうすぐ岩屋寺45番札所。 大分標高が高い、路面凍結。てれ〜〜〜っと歩いていると、突如又裂きにか、後頭部直撃か、滑る。左右の路面の雪は、夏の氷菓子みたいですが、念のため、右足で一撃、ガツ、足首がじ〜ん、岩石、石。石。 熊本県人の馬鹿さがにじみ出た瞬間、声も出ず。うずくまる。 今日は1月8日ブログ作成中。右足中指先は爪ごと紫色です。
今まで、参拝の札所はほとんど、写真は撮りません、また、途中の無縁仏の江戸時代前期、戦国時代のお墓もとりません。が、 ここ岩屋寺の講堂の新築工事は記念に撮りました。山岳の岩盤の崖に建設です。未聞です。クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますここでの、お参りは格別身に染みました、長い長い登りの参道、汗ダクダクで、お経を読み、今度はガタガタ震えて納経所へ。ところが声が詰まり、挨拶がしどろもどろ。黒の作務衣に色白の面長の品の良い、女優さんみたいな人。なかなか、いい空間でした。
休憩所で自販機のお茶に、民宿で頂いたおにぎりをほおばる。寒い日の山岳お遍路は、足腰の筋肉、筋にもろ響く。 固くなるのが早いし。もんでも治らない。帰りは12km。3時間半。17:00前。予定。クリックすると元のサイズで表示しますこの足跡が今日の、歩きお遍路の人数です。クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します歩きのお遍路さんは、久万高原町に3人です。一人は野宿へんろ、一人は内子からの区切り打ちお遍路さんと自分と3人。車遍路さんはわかりません。 折り返しのお参りで民宿に2泊。それも自分ひとりだけの泊。今日は民宿のおやっさん、松山市内の病院に奥様のお見舞いに行かれるとかで。 最後にゆっくりお礼のブログをつずりたいと思っております。後3kmで久万高原町、峠御堂トンネルを抜けると雪が横殴り。朝の天気予報では、28日は大雪注意報が山間部はチエン規制。当たる当たる。またたくまに、娑婆は真っ白。 郵便局で年賀状を出す。約50人分の年賀状、熊本から背負ってきました。少しは軽くなりました。明日の経費を下ろして、おくま饅頭の土産をかあちゃんに直送。  ここ久万高原で2日間の行程見積もりロス。マイペース、マイペースで爆睡です。外は深々と雪が^^^^^^^^。
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2014/1/6

初めての冬歩き遍路その2  

朝3:00目が覚める。トイレ。 外はアスファルトがじっくり濡れている。 時折、車が通る時、雨水を巻く音が非常に明日の英気に水を注す。曇りを期待して床の中へ。
AM6:00起床。6:30朝食。7:00出発。 霧雨か、いや、メガネに水玉が付かないので一安心。クリックすると元のサイズで表示します7:00でやっとこさデジカメでとれました。クリックすると元のサイズで表示します道の駅フレッシュパークにま〜〜〜〜、年末でしょう(笑)地元の生産者の稼ぎ時、朝から活気があってパワーをいただいた。クリックすると元のサイズで表示します高速の下を通り長岡山トンネルをすぎて、蓑傘にパラパラと音がしだした。クリックすると元のサイズで表示します国道56号と別れて379号1時間あまり、小田川の水の透明度、中国の人が見たら、宝石いや宝水に等しい価値があるかも、もったいない、もったいない、日本はいいな^^^^^^。本格的な歩く距離40kmと今日覚悟を決めているが、高知、そして、宇和島と、歩きながら、千、万と次々に脳裏に出てきたのが、今回は、雨、しょっぱなから、お大師さんの修行かな、しかし、出てこない。なんも脳裏に出てきません。 不思議だ。(第一は、24日、お遍路の準備と、取引先の営業マンとの年末のあいさつに余念が、と、ゆう時に、大きい物件が本決まりになり、これも、お大師さんのおかげか?。
てっきり、年を越す物件と思っていたが。年末、年始、歩きながら、工事行程でも考えながらと、思っても、ゴールのテープは切ったのでじっくり、お遍路を満喫したら、みたいな感じでしかたがなかった。 とにかく、頭の中からなんも沸いてこない。 ひたすら、左右の足だけが前へ。クリックすると元のサイズで表示しますジャンバーの防水も限度が縫い目から、じわ〜〜〜っときた。クリックすると元のサイズで表示します軒先拝借で、雨具ポンチョに着替える。 秋のまむし除けにスパッツを購入、今回は、寒防止に最初から着けて歩行。(くるぶし、足が冷えずに正解であった)クリックすると元のサイズで表示しますここは、弘法大師のDVDのストーリーにでたところです。善根宿で老夫婦がうどんを作りながら宿の管理をされているそうですが。クリックすると元のサイズで表示します小腹が減って昨日大洲のコンビニでクリームと小倉のミックスパン、と、メロンパンをこの時のため、荷物を降ろして、靴下も脱ぎ、自販機のコーヒーとで一服とした。 山間部に入り一段と冷えてきました、ここで、年を取ると、小が近くなりますね、とにかく、一時間越しみたい。 写真のごとく人通りはなし。過疎まっしぐらみたい。 で、男はちょい茂みとか、小屋うらみつけてOKですが。 女性はそうはいきませんでしょう。お店か、郵便局、農協、とか、大変だ。いろいろ考えているうちに、30分が10分間みたいに短く感じられて相当へばりが近ずいているみたい。
今回一番悩んだのが、379号ヒワダ峠か農祖峠を行くか、いずれにせよ、予報では峠は雪みたい、ま〜〜〜マイペースでいざとゆう時は、一里木のおやっさんに迎えに来ていただくこと。
今回はこのセオリーが時々脳裏に出てくる、本来のお遍路を失いかけているのではと思うようになった。クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますヒワダ峠越えは無理です。昼飯前、炭水化物を入れないと、エネルギーが出ない。したがって、小田町まで(農祖峠を選ぶ)道の駅せせらぎに向かう。雨が本降りになってきた。 マリンジェットに使う手袋が意味をなさなくなって来ている。PM1:00小田町(せせらぎ)到着。小田の郷かじか亭、びっしょりの僕をおもてなしがたまらんでした。 ポンチョ、リック、金剛杖、蓑傘、ウェストバッグ、二人分は場所を取る。中に入ったら、メガネが真っ白、タオルもびっしょり。他のお客に迷惑かからないように奥の隅に行かせていただく。ところが、エアコンの効くカウンターに移された。思わず、思わず。小学生のころ、母に連れられ、買い物に、昔は汽車に乗ったら旅行気分でした、お昼が肉うどん、夜が肉うどん。帰りは暖房の効いた列車に乗って、居眠り、駅に降りて、ビンビンに冷え込んだ田舎道を帰る自分が、おしながきを見るや、その、肉うどんが。(お遍路は殺生)注文してしまった。 まだ、メガネは曇りが。 大きなどんぶりに肉うどんが、ズボンの腿付近、それと、背中の三角筋付近の雨に濡れた繊維が、冷え切った体に、うどんを食べて、乾かしてくれと言わんばかりに、冷たさが伝わってきた。 いつもなら、3〜4本うどんをつまむのだが、顔の冷え方、唇の冷たさが、うどん一本をつまんで口に、顔を上げるとバレソウ、目じりに涙が。
どんぶりを両手で抱えたまましばらく、手のぬくもり、急いで、メガネをかける。 しばらくして、周囲の目が気になりだした、年末にびしょ濡れの歩き遍路が。一人
話は、変わるが、ここの経営者(まだ若い、女性)えらい九州がお気に入りで、阿蘇一宮神社、高千穂神社のお札が飾られている。年に2回は九州を旅されるそうです。僕は年2回、四国を旅してまわってます。帰りは笑顔でお店を後にしました。クリックすると元のサイズで表示します いよいよ、380号線に入り、少しミゾレ交じりの雨に変わった。大平川沿いをてくてくと。
春の土佐清水、三原村成山峠も雨だった。思い出す。時間も同じころ。一時間三島神社に着く。
休憩と登りで水分補給をする。母屋の中が広い、季節によっては、10人ぐらいは泊られそう。
気になるのが、大型トラックのエンジンの付加し様。相当の急坂がこの後みたいだが、地図を見ると、曲がりくねりを突き通す、遍路道を通ることに。クリックすると元のサイズで表示します距離は短いが、勾配がきつい。画像はないが、廃家が何軒か、そして、おじいちゃん、おばあちゃんの一人暮らし跡が、洗濯物。 道幅60cmたらずの、生活道路(お遍路道)、きつさを忘れて、40年前は、子供がいて、下の小川で遊んで、ビワの実食べたり、クリ拾いしたり、子供が大きくなって20年前、孫ができて年2回の里帰り、(庭の片隅に古いドナルドダックの三輪車が)その孫も大きくなって、曾孫が。この時点で、息子、娘で大きく生活が。 思はず聞きだしたくなるような風景に。おっと、雪、雪。一昨日の久住高原と同じだ。クリックすると元のサイズで表示します新真弓トンネル手前のお遍路休憩所に、中はなにやら、テントらしき影が、そして久万高原町まで14km。現在15:40.このままですと、16:30には、完全に夕暮れどころか夜に。あと一時間は明るい。小休止は無。野宿のお遍路さんに悪いと思い歩きながら考える。父ニ峰でアウトでしょう。クリックすると元のサイズで表示しますここ新真弓トンネルは北南に向いて、ま〜久万高原の冷え切った空気がまともに筒抜け。トンネルを抜けて、民宿一里木にTEL.ギブアップで迎えに来るそうで、やれるところまで。クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します久万高原の道標が、地図を確認したいが、とにかく、手先は感覚無。唇カサカサ。またしても、小が、我慢、我慢。 つじこまってしまっている。歩道は完全にアイスバン。金剛杖が頼りに。そして、いのししか、くまか、そのまま、茂みの中に、頭から雪をかぶり、また蔵から、やっとでぞろびき出す。 ブルブル2〜3分もすると、汗が冷えて底冷えと変わる。まさか、こんな光景になるとは夢にも思はなかった。
背中に7kgの付加を背負っての歩き、当然、体内のエネルギーが外気との温度調整をしてくれているが。長袖のアンダーとハイネックのシャツにジャンバー、下はももひき無の綿パン。そして、トレッキングシューズ。 初春、晩秋向けのスタイルで行動。 足元注意しながら、30分の遅れで父ニ峰に到着、予定では、ここから農祖峠越えをですが、4km。山の中で真っ黒化に。大事を取って、民宿にTEL.10分でSVパジェロが迎えにきた。あすはここまで、送ってもらい、大寶寺までの8km歩きます。8kmのロス、しょがない。クリックすると元のサイズで表示します道の駅、かじか亭のお箸入れです。
今思うと、なんで樽うどんをと、くやんでおります。
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