2012/12/28

秋遍路 土佐塾 その8  

クリックすると元のサイズで表示します中土佐町宿場に着いた。
天気予報当たり、ぱらぱら降りだした。 この町も古民家が軒を連らねている。 大村昆ちゃんのアリナミンシー、フマキラー、ブラザーミシン、ホウロウ仕上げの看板が、軒下で昔を忍ばせてくれる。 田んぼの奥に小学校が、ちょうど17:00.カラスと一緒にかえりましょう、と町内放送がながれる、奥山にこだまして、港町、宿場街、しかし、燦々とした
光景にわびしさを感じながら、今夜の宿、福や旅館をさがす。
土佐往還、そえみみず遍路道、の道標が右折、そして、大坂遍路道が1km先、 鮮魚店が多い街並みに、遍路姿にみなさんの視線が、感じる。この時間だったら、とっくに宿に入っている時間みたいに、あっちこっちに、照明灯がつき、買い物客が増えだした。
大谷旅館、福や旅館、お隣同志、 おかみさんが奥から、どうぞお二階へ、ちょいとぶっきらぼうでした。 むだなお話無く、お遍路さんのペース合わせ見たい。???
お遍路として、旅館側から観察されているみたいで、客人として甘えなど出さないようにと、やや、緊張する。 和室だが、戸の鍵はついていません。 石油温風機、24時で燃料切れ、朝食時は、寒かった。 でも、修行です。
旅館を出るときは、御代を払ったら、おかみさんの姿なし、 南無大師返照金剛、3回唱えて、7:00、岩本寺に向けて、GOです。
昨夜、おかみさんから、そえみみず峠は、最初がきついですよ、大坂遍路(七子峠)は最後にちょっときついですよ。 と、アドバイスを、昨夜は風に雨がひどかったが、小川のかもがえさもらいに。クリックすると元のサイズで表示します静かな町にもどった。クリックすると元のサイズで表示します川のほとりの遍路小屋、テーブル、長椅子、使用頻度がなく。苔が、もったいない、もったいない。
民家も少なくなり、電柱のお遍路マークにしたがい進む。
クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します古民家や、雨戸がなく、おえんがあって障子があって、番犬が寒さの精で、まだ小屋から顔だけ出して、おばあちゃんが洗濯干しを、庭先から、 すみません、お尋ねします。 この建物建築何年ですか。と。おききしました。
今な、じいさんが、86歳や、じいさんの、じいさんもここで生きちょったんで、 そやけんど、120〜150年ぐらいじゃな〜〜〜〜。 障子一枚で寒くないですか。 今は、隣に住んでいます、昔はここで寝泊りしてたよ、寒くないですよ。 なんか、おはなしをお聞きしてたら、温かくなり、シャッター忘れました。  そんな中に、近代建築物、が、12月9日開通の高速道路の架橋が、見えて来た。下から見ると、おったまげる。クリックすると元のサイズで表示します1時間は歩いた、 ここで、民家とはお別れみたい。 最後の家みたい。 畑、田んぼは、いのしし予防の柵が、アスファルトが切れて、地べたに、道脇はいのししが、ほじくり回した、跡がず〜〜〜〜っとクリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します峠の入り口に、晴天とゆうのに、暗い。 立派な遍路小屋発見、立派なトイレも、そして、寝るところも、地元のかたのお心使いが、昭和初期、明治時代から先祖代々から受けつがれた奥大坂、大坂谷集落のみなさんに感謝。クリックすると元のサイズで表示します歴史を拝見し、そして、壁に掛けてあった、心訓頂戴してまいりました。 団塊の世代諸君!!!!クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します肝に銘じて登る。 普段のお遍路道とはちょっと、雰囲気がちがう、 無縁仏さんが目立つ、よって、あまりシャッターを押していません。クリックすると元のサイズで表示します勾配もきついが、至る所をいのししが、ほじ繰り返し、道も狭くなり、よそ見ができない状態に、なるほどこの勾配にこの道か、修行、修行、   続く
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