編集せずに丸挙げだぁ!(ヤケ)
緩勾配の風景F
雨が降り続いている。2人は傘の半径2つ分だけ距離をとって歩いている。一度家の前を離れると、正志は自分でも驚くほど口を開かなかった。話そうとする事全てが、小夜にとってはどうでもいい事に思え、声帯を通るのは、ただ空気ばかりであった。時折、
「雨って嫌ですよね」
などと声をかけても、すぐに、面白くもない事を言ってしまったと後悔した。小夜は、正志の話に対して「そうですね」とか「ですよね」とか言うばかりで、一向に進展はしなかった。勿論、普段の小夜であれば広げられた話もあったろう。しかし、小夜も緊張していた。雨の中を、しかもよく知りもしない自分に歩かされている正志の境遇を意識して、少しの罪悪感とプレッシャーに圧され、気楽な返事ができなかった。
しかし、勿論正志はそんな小夜の胸の内を知らない。何やら気まずい雰囲気になっているのは、自分の話が無味だからだと感じ、焦っていた。彼の言葉は小夜から逸れて、雨の中に流れ出していくようだった。
「あっ」という、小夜の小さな悲鳴で、正志はふとそういった色々の考えから醒めた。
「どうしました?」
「いえ、なんでもないんです」
小夜はそう応え、しばらくしてから「雨のにおいがしますね」と付け加えた。小さな青いセダンが、水を散らしながら通り過ぎて行った所だった。
「ああ、確かに。曇りの日にこのにおいがすると、雨が降ってくると思って憂鬱になるんですよね」
「そうですよね。でも、私はこのにおい、結構好きなんですよ」
「えっ、そうですか?」
「はい、何となくなんですけどね。雨の音にじっと耳をすませるのも、凄く好きなんです」
「なるほど、雨の音は俺も好きです。心が落ち着く感じがして」
「分かります? 波の音もそうですけど、やっぱり自然の音って綺麗だと思うんですよ」
小夜が急に饒舌になったことに正志は気付かなかったが、前よりずっと会話が進みやすくなった事に、素直に安堵を覚えた。その後は、今までの沈黙が嘘のように、話題が広がっていった。時折通過する車を避ける為に、小夜の後ろに並んでいる時間が、もどかしい程だった。
一旦そうなると時間の過ぎるのは早いもので、2人の会話の熱が醒め止まぬ内に、目的の店にたどり着いた。ショーケースの中に様々なケーキが並んでいる。驚くような物は無かったが、あまり外に出歩かない正志にとっては、その雰囲気自体が物珍しかった。外ではまだ、雨の音が心地好く響いている。

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