夢追い虫の最後の奇怪な声は、Aメロを逆再生してるらしい。
今日で一応傘下は完結します。長い間退屈させてすみませんでした。
まあ、元々面白いブログじゃないですけど…
傘下D
目を開くと俺はまだ降り続く雨を眺めた。川は昨日に比べて遥かに荒れていた。後一時間遅かったら目が覚めることはなかっただろう。今にも溢れそうだ。ひとまずここを離れるしかない。俺は必需品と共に橋がかかっている道まで上がった。傘を差し、川の水位が下がるまで身を置く場所を探さなければいけない。当てがあるわけでもなく、途方にくれてしまった。空き家の屋根を借りるのが良いか。それとも無理を承知で誰かの家に泊まらせてもらうか。
ふと川を見た。
その瞬間、俺は信じられないものを目にした。
何かが流れてくる。ゴミでも、家具でもない。それは自分にとってかけがえのない人、生涯最初で最後の友だった。
俺は無意識に飛び込んでいた。周りの声が一瞬騒がしくなり、聞こえなくなった。俺は必死に川の真ん中まで泳いでいった。足が川底に着かない。川は俺を全力で流そうとしてくる。俺は泳ぎに慣れていたはずなのに、真ん中に着いたときには何メートルも下流に流されていた。岩に捕まった。そして、胡桃を受け止めた。だが、荒れた川には、人間なんて無力なものだ。
「カズアキ君…」
胡桃はそう言うと気を失ってしまった。俺の手が岩から離れる。川の波が押し寄せて来る。
俺は覚悟を決めた。両手で胡桃の身体を抱え、呼吸ができるようにしてやる。俺は顔まで川につかりながら、時々足をばたつかせ水面に顔を出し息を吸う。流れの圧力が体勢を崩してくる。波が来る度に鼻に水が入ってくる。
急に「ガンッ」という音が頭に響き、体勢がよろけた。意識が遠くなり、視界がぼやけてくる。思考の糸が切れた瞬間、俺の足に何かが当たるのを感じた。そして目の前が真っ暗になった。
傘下E
気が付くと、俺と胡桃は川の最下流の砂利の上にいた。
「っつ…」
激しい痛みを感じて頭を触ると、後頭部から血が流れていた。あの時何が起こったのかは分からないが、恐らく岩か何かにぶつけたのだろう。身体も冷たくなっている。
胡桃の方を見ると、丁度目を覚ましたところだった。どうやら俺は意識が無いときも胡桃を抱えていたらしい。そうでなかったら今頃は…
ケホッ、コホッ…
二人してむせた。喉が苦しい。
「ごめんね…」
せきで声が出ないようだ。
「あんまり無理して喋るなよ。落ち着いてからで良いから。」
「ごめんね… 私、死にそうだった… 生きていけなかった…」
どうやら声が出ないのは泣いているかららしい。背中をさすってやり、落ちつた頃、俺は聞いた。
「生きていけなかったって、どうした?」
「―お母さんが…」
そう言うと胡桃は俺にしがみついて、また泣き出してしまった。俺はそれ以上何も聞かなかった。両親を共に同じような雨の日に失い、朦朧とする中、俺の所に来ようとして落ちたんだろう。
俺は胡桃を抱きしめた。二人でしばらく抱き合っていた。これが、俺にとって初めて本気で人を想えた瞬間だった。
そうやって何分か経った後、大分落ち着いた胡桃が口を開いた。
「カズアキ君、もし良ければ… 私の家に来てくれないかな…」
突然の言葉に、俺は何を言って良いか分からなかった。
「あ、いや、え…」
「お母さんが昨日… 昨日事故で…… それで、その後親戚が生活に困らないだけのお金は出してくれるって言ったんだけど、家には来られないらしくて。私、今は一人じゃ生きていける自身が無いんだ… 元気付けてくれる人がいないと… だから、カズアキ君に来て欲しいと思うんだけど…」
途切れ途切れにそう言うと、俺をじっと見つめた。
「…俺は良いけど、俺頭悪いぞ。家なんて人生の半分以上いなかったし、家庭っぽいこと何もできないけど、それでも良いのか?」
胡桃は一度だけ頷いた。そして静かに笑った。
二人は、今流されてきた川に沿って、道を歩いていった。そこで二人は思い出の場所を通る。俺が住んでいた場所。二人の出会いの場所。そして、二人が自分達の心を打ち明けあった場所。
そこには、傘が置いてあった。朝、この怪我を知らない俺が置いた物だ。俺が跳びこんだ所を表すかのように、それは転がっていた。俺は傘を拾い上げ、二人の頭上で開いた。ビニールが雨粒を弾く音が、俺達二人の世界を作っていった。
雨は降り続いていた。二人は一つの傘で歩いていく。長い道を。いつか強い嵐が来るかもしれない。岩だらけで前も見えないような川を渡るかもしれない。それでも二人でいる限り、舟から落ちても必ずはい上がれる。そんな話。僕はその後もそうやって、二人で傘を分け合って歩き続けています。まだ先も見えない、長い道を。

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