昨日、怖い絵を描こうと思って原爆の被災者の方々の写真を見てたら本当にブルーになっちゃったので描けなくなりました。
でも、一回見た方がいいと思います。二度と戦争は起こしたくないという気持ちになりますよ。
小説:風薫る春B
一週間分の食材を買うために、商店街に顔を出す。食事の仕度と生活費の管理は俺がしているが、胡桃の気分も考えて買い出しはいつも二人で来るようにしている。
「今日の夕食、どうする?」
「うーん、今日は部活も無かったし、あんまりお腹空いてないから、野菜とかが良いかも。」
日曜日は基本的に部活なのだが、公式戦が終わった後だったのもあって、今日は休みだった。
「じゃあ、とりあえずトマトとジャガイモ買いにスーパーに行こう。」
スーパーに着き、材料を探すため、地下に降りる。エスカレーターは、青い手すりと一緒に回っている。ちょっと気を抜くと、ぼーっと視界がぼやける。そして、何となく胸を締め付けている紐のような物が解かれる感覚になった。しばらくそうしていると、自分が今何をしているのか分からなくなり、何もかもどうでも良い様に思えてくる。ずっとこうしていられたらどんなに楽だろうかと、上手く働かない脳がぼやいているのが聞こえた。エスカレーターが終わりに近づき、歩き出さないといけない時になるまで、俺はずっとそうしていた。眠りから無理矢理起こされたように、物足りない気分で足を進める。俺は幸せなこの生活に、慣れてきてしまっているのかもしれない。そして、その上更に楽をしようなどと考えてしまっている。考え出すと自分が嫌になる。俺は何て贅沢な考えをしてるんだ、と。
「カズ君、大丈夫?」
声をかけられて、はっと我に返る。
「ん、ああ…… 大丈夫。じゃあ野菜見に行くか。」
思考を取り戻すと、それまで自分を支配していた緩みきった精神が恥ずかしく思えてくる。そして、心はしっかりと縛りつけておかないと駄目だ、と強く思った。
二人で食品売り場を歩く。もう慣れきった光景だ。
「あ、守屋君だ。」
少し経って、胡桃が言った。今いる所から少し離れた飲み物売り場に、一人の少年が立っていた。
「同じクラスの人?」
「うん。明るくて、誰とでも仲良くなっちゃう人なんだよ。」
少年は胡桃に気付くとこっちに近づいて来た。
「おっす、胡桃。こちらはお兄さん?」
笑顔で、明るい雰囲気は俺もすぐに好感がもてた。
「そうそう。」
胡桃が答える。少年は俺に頭を下げた。俺も頭を下げ、
「こんにちは、守屋君。良かったら今度うちに遊びにおいでよ。何も無いけどご飯くらい出すからさ。」
と、何となく言う。
「あ、マジっすか! 是非!」
少年は笑顔で答える。その笑顔の中に、全くそんな気が無い事がよく感じ取れた。確かに、同級生の異性の家に遊びに行くなんて事は、そうそうあるもんじゃないが。
「じゃあ、待ってるからね。」
俺も少年に笑顔で話しかける。本当は同い年である事が、違和感を誘った。
守屋少年と別れた後、二人で野菜売り場を見て回った。胡桃はいつも通りあれこれと比べて、なるべく新鮮な物を探していた。奥の方にあるジャガイモに手を伸ばしたとき、俺は、胡桃が頭に着けているヘアピンに気付いた。
「そういえば胡桃のヘアピン、昔着けてたやつと違うな。」
俺が聞くと、少し寂しそうな顔をして、胡桃は伸ばしていた手を戻し、言った。
「うん。……これ、お母さんの形見なんだ。」
「え、本当か。……そりゃ悪い事言ったな。」
慌てて取り下げる俺を見て、胡桃は首を振る。
「ううん。お母さんが死んだって聞いた時、私、頭が全然回らなくなっちゃって。お父さんもお母さんもいなくなってどうすればいいんだろう、ああ、カズアキ君の所に行こう。カズアキ君ならきっと私を受け入れてくれるだろう、って思ったんだ。」
「でも、それで胡桃まで危ない目にあったんだよな。」
「うん、なんか足元もふらついてて、視界もはっきりしてなかったし…… とにかく、あの橋まで行けば大丈夫だ、って思ってた。でも、川に落っこちちゃって。ああ、死ぬんだなって思ったときに、カズ君が助けてくれた。凄く怖かったし、悲しかった。でも、カズ君のお陰で私は生きてる。だから、最期までとっても優しかったお母さんの記憶が、段々薄れていかないように、と思ってこれを着けてるんだ。」
胡桃の話を聞いて、俺は一つの考えを導き出した。
「胡桃、お前やっぱり凄いな。普通の人は忘れようとするもんだろ。でも、胡桃は自分の身の回りで起きた不幸な事を、忘れて解決なんてしようとしないんだよな。自分の一番信頼できる人がいなくなった穴なんて、そう簡単に受け入れられるもんじゃない。それを乗り越えて行ける胡桃は、本当に凄いと思うよ。」
俺の言葉に、胡桃は少し笑った。寂しげな笑顔だった。
「でも、私が今生きていられるのは、全部カズ君のお陰なんだよ。例えあの時おぼれてなくても、カズ君がいなかったら今頃私は生きてなかったと思う。」
「何言ってんだよ。そんな訳ないだろ。」
「あのね、私、あの時もしかしたらカズ君がおぼれてるんじゃないかと思ってたんだ。それでとっても不安になって、いてもたってもいられなくなって、橋の所に向かったんだよ。もしカズ君がいなくなったら、私はこれからどうしたらいいんだろう。私の事を気にかけてくれる人なんて誰もいなくなって、途方に暮れて、最後は生きているのが辛くなって――」
胡桃の声が震えていた。
「だから、全部カズ君のお陰なんだよ。私に希望をくれたのは、カズ君なんだから。ありがとう。本当にありがとう。」
俺はしばらく黙って思いをまとめた後、言った。
「俺が今こうして生活できてるのは胡桃のお陰だ。だから、御礼なんて言われるご身分でもない。けど、気付いた事が一つある。」
そして、胡桃の肩に手を置いた。
「昔の俺には親がいなくなる悲しみなんてさっぱり分からなかった。でも、今の俺には家族がいなくなる辛さが痛いほどよく分かる。そして、この気持ちを俺に取り戻させてくれたのは紛れもなく胡桃だ。本当にありがとな。」
胡桃が黙って笑う。今度は寂しさなんてない、純粋な笑顔だった。
「よし、じゃあこれ買って帰るか。明日からまた学校だし、早めに休んだ方が良いだろ。今度あの守屋って奴、うちに連れて来てよ。」
「分かった。カズ君も守屋君とだったら絶対友達になれると思うよ。」
(友達か――)
その日、俺の気分はとても弾んでいた。

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