あれ…ちょっと長すぎるかな…
まあ、気にしたら負けです。
小説:ヤマアラシの見た光E
学校の教室に入ると、日野の気分は妙に晴れやかになった。クラスメイトと話したりしている時、彼は全ての嫌な事を忘れることができた。しかし、1人で自分の席に着いた途端、彼の中には周囲を見下す嫌悪感が戻っているのだった。
(なんだろうな、あんな事喋って満足できるのか。幸せな奴等だな)
仲間の元から離れる事が、彼には不愉快極まりない事であった。その心に生じた不安を塞ぐかのように、自分が他の人間より能力のある、種族の違う存在であるような気がしていたのである。
「日野君、ちょっと消しゴム借りても良い?」
「ん、ああ、いいよ、好きに使って」
こんな何気ない会話の中に、日野は一瞬の喜びを感じる。そして、隣の席に座っている北川が顔を正面に向けた瞬間、彼にはそれが裏切りのように感じられるのである。その苛立ちが自分でも可笑しい事が分かっていても、それを禁じ得ない。そして、自分が苛立っているのがさも北川彼女自身にあるように思うのである。
授業が終わり、生徒達が教室を出て行く。日野は、再び井出に呼ばれ、教室に1人待っていた。
(あいつの考えを正すべきか)
日野は考えた。
(あいつは全てにおいて誰よりも劣っている。それを自覚させるべきか)
井出が教室に入ってくる。毎回この時になると、日野は何があって自分が井出の為に相手をしてやっているのか分からなくなる。
「ごめん、待った?」
「いや、大丈夫」
日野は素っ気無い雰囲気を出そうとしたが、つい顔には笑顔が浮かんでしまった。
「あれ、今日は絵は描かないの?」
「うん。今日は、俺の意見を日野君がどう思ってるか聞きたいと思ってさ。」
日野の胸に強い不快感が湧いた。
(あの話か。お前がそんな事を言う資格があると思うのか。言ってもどうせ分からん奴にくどくど話すつもりもねえけどな。)
「ふうん、どんな話? 面白そうだね」
ありきたりな聞き方だった。
「うん。この前も言ったんだけど、こいつらが馬鹿に見えるって話。どう思う?」
日野は自分の顔が引き攣りそうな事に気付き、慌てて自分を律した。
「んー、何でそう思うの?」
「こいつら、自分の事しか考えてない。馬鹿だよ、本当に。自分が良ければそれで良いって思ってるんだ。それで自分の身を滅ぼすことになるかもしれないなんて事はさっぱり考えない。人が自分に合わせる事がさも当たり前のようにしてる。自分がどんなにちっぽけな存在か分かったら、周りに合わせてもらうなんていう考えが浮かぶ筈も無いのに」
「うーん、確かにそれはあるかもしれない……でも、自分の為に動いてもらう分相手の為にも動くって事なんじゃない? 結局プラスマイナスゼロっていうか」
「いや、そういうことじゃないんだって。自分が何かをされている事に対して感謝の気持ちも無い。高野がファミレスに誰かを誘って他の奴らがついて行く。それならそれで良い。だけど、周りにいる連中が嫌々ついて行っているって事が分かってない。人の気持ちが分からないような奴は駄目だと思わない?」
日野は思った。周りの奴が嫌々ついて行っている? そんな訳無いだろ。お前が誘って貰えないから僻んでるだけだろ。仲間がいないから悪態ついてるだけだろ。なら、俺はどうなる? こいつは俺が好きでこんな所にいると思ってんのか? 気持ちが分からないのはどっちだ! ならお前はそのお前の言う馬鹿野郎の1人だ。おめでとう馬鹿。ゴミ。
「それは……ちょっと言い過ぎかもしれないよ? 例えば、井出は俺がここにいるのを、好きでいるんだと思う? いや、勿論そうだし、例えばの話なんだけど、例えば、もしかしたら俺は嫌々ここにいるかもしれないとか思わない? それは、どうやって判断すればいい?」
日野は、なるべく自然に井出に問うた。
「ああ、それなら簡単な話だよ。日野君には俺と同じ事を思ってる節があるんだ。だから、君をここに呼んで、いずれこういう話をしようと思ってた」
「え?」
驚いた。井出は彼の侮蔑の念に気付いていた。日野は、当然のように井出に対する烈しい侮蔑と怒りを感じた。
(は? 俺がお前と同じ考えを持ってる? 畜生、何だこいつ。ふざけてんのか? ああ!? 何考えてんの? 殴られたいのか? そういうこと? ならいっそ殺してやろうか!!)
突然、叫びたいような衝動が日野を襲った。歯を食いしばってどうにかその感情を抑えると、井出に言った。
「いや、多分そんなことないと思うよ。俺は寧ろ皆に頭が上がらないような事ばっかりしてきてるし、馬鹿にするなんてとんでもない、俺にはできない」
井出はそれを聞くと少し目を逸らして考えたような素振りをした後、こう言った。
「そうか……まあ、いずれ分かると思うよ。明日はちょっと忙しいから、よかったらまた来週にでも残ってもらえる?」
「ああ、全然オーケー。分かるかどうかは分からないけどね……」
井出が教室を出て行った後、日野は彼の机を蹴り飛ばした。

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