肩が凝っては戦は出来ぬ。
緩勾配の風景L
夏も終わりを迎え、今までの暑さが嘘のように肌寒い夜が続いた。正志は、自分の家の北側にある公園で小夜と待ち合わせた。小夜は、見ているだけで肌寒くなるような薄着でやって来た。愛犬を連れている。その姿を最後に見たのが、随分前の事のように感じられた。
「すみません、わざわざ来てもらっちゃって」
「いいえ、それより五神さん、その恰好で寒くないですか」
「私は平気です。この子の散歩をする時は、振り回されるから薄着で十分なんですよ」
「そうなんですか」
2人とも何を話すべきか分かっているものの、何となく切り出せず、時間だけが過ぎていった。
「先日はごめんなさい」
沈黙を破って小夜が言った。初めは走り回っていたポンちゃんも、おとなしく地面に伏している。
「いえいえ、良いんですよ。あの……もし俺なんかで良ければ、言える範囲で聞かせてくれませんか?」
小夜は緊張した表情になったが、辺りを見回してから口を開いた。
「私、お父さんの気持ちをいつも裏切っちゃうんです。怒られてばっかりで」
正志は答えた。
「いや、あれは酷すぎますよ、いくらなんでも。度が過ぎてます」
小夜は首を大きく横に振ると、続けた。
「私が悪いんです。お父さんを困らせてきたんです。叩かれて当たり前の事を、してきたんです」
正志は反論しようとしたが、数日前の佳之との会話を思い出し、思い直した。今は、とにかく小夜の気持ちを吐き出させてやりたかった。そして、努めて穏やかに聞いた。
「嫌な気持ちには、ならないんですか?」
「……私、時々堪らなく悲しい気持ちになるんです。お父さんを裏切ってばかりいて、それでまだ反抗しようとする自分がいるのを感じるんです。駄目なのは私なのに。それなのに」
小夜は目に涙を浮かべていた。
「お母さんが死んで、お父さんには気持ちのやり場が無くなったんです……後悔で、自分が……自分が許せなかったんです」
最後は嗚咽混じりだった。正志は胸が締め付けられるように感じた。そこには、小夜の溢れんばかりの父親への愛があった。殴られ、傷付けられ、心が擦り減っても。それでも尚、小夜は父親を愛していた。小夜には、その葛藤が生む辛い思いのやり場が無かったのだ。
しかし、正志には疑問があった。小夜の父親は、何故妻の死を乗り越えられなかったのか。何故、小夜に当たるようになったのか。父親の後悔とは何なのか。
正志が尋ねると、小夜は静かに語りはじめた。


0