5月 19日 (土) 曇り
タイトルは判らないが心地よく軽快なナンバーだ。 コンサートのテーマが“そら・・・” だからか何処となく彼女の衣装が空を飛ぶ鳥を思わせる。 一曲目が終わりすぐに二曲目に入った。 気持ち良さそうに歌声がホールに響く。 少しハスキーでパンチのある声だ。 こちらもドキドキのうちにあっと言う間に二曲目が終わった。
「みなさ〜ん こんにちは〜 ・・・」
マイクを客席に向けてみる。
「・・・・・」
もう一度・・・
「あれ〜 みなさ〜ん こ・ん・に・ち・は〜〜〜・・・」
低く静かに・・
「こんにちは〜〜〜」
あははは〜 まあまあ〜 綾香さん そんなに元気良く“こんにちは〜〜〜”なんて言われても結構皆さん年齢層が高いようなのでご希望どうり
「こ・ん・に・ち・は〜〜〜〜〜」
なんてちょっとこっぱずかしいな〜 いやいや、心の中では最大限の笑顔であなたのことを歓迎しているのだけれどなかなかどうして・・・ ま〜良いじゃありませんか、じっくりあなたの歌を聞かせてくださいよ。 本当ならこんなホールじゃなくてもっと小さな、ま〜入っても100人位のライブハウスあたりがあなたのその声がより魅力的に聴けるのだけれど・・・ バーボンでも飲みながらだと最高だろうな〜
何曲目か、その曲は私も知っていた。 以前テレビドラマの主題歌になっていた曲だ。 “森の時計”という喫茶店の物語だ。 うちも喫茶店なのでかなり楽しみに見ていた。 その曲は何とも切ないバラードで胸を締め付けてくる。 メロディーも良いのだがやはりあの声が堪らない。 小さい身体とは似つかわしくないジャズ的な声だ。
彼女は音大卒とは聞いていたがクラシックではなくジャズ科らしい。 しかもこの春卒業したばかりだと言う。
「やっと卒業しました〜〜 27・・・、いやっ、23で〜す。 あの別にさば読んでる訳じゃないですよ。 私良く思ってもないことを口走るんです。 ホントですよ!! 23です。」
あるある。 確かにある。 思ってる事と言ってる事が違ってそれを取り繕うとして妙に嘘っぽくなってしまう事が・・・ 最近私なんぞはもっとエスカレートして上半身と下半身が別々の行動をしようとしてこけそうになる事がある。
右手で牛乳を取ろうと冷蔵庫の扉を開けるのだが、その1.5秒前に考えていた「洗い物をやろう」と言う考えが残っていて洗い物の方へ足だけ行こうとする。 普通手と足は一つの身体で繋がっているのでそれぞれ別の方へ行こうとするとおかしな事になる。
「おい!! 足!! 何処へ行くんだよ!! こっちだよ、冷蔵庫!!」
「何だよ、手!! さっき洗い物やろうとしてたじゃん?・・・」
こういう事ってない? ましては言い間違いなんてざらだ。 だから23ってのはホントでしょ? 27は口だけが勝手に“27”って言っただけ。
コンサートはどんどん進んで行き、まるで結婚披露宴の時のお色直しの様な真っ赤なドレスに変わった。 8時を過ぎたあたりだろうか、曲もアップテンポが続き本来的には大いに盛り上がって観客総立ちと行きたいところだろう。 ・・・がしかし・・・ 観客は大人が多い。 みんなじっくり聴きたい。 座って堪能したいのだ。
彼女はマイク片手にノリノリだ。 27、いや23だ! 若いとは恐ろしい。 ついに痺れを切らしたのか・・・
「みんな〜〜〜 立って〜〜〜〜」
歌の合間に両手を挙げスタンディングを促した。
「お〜の〜 腰痛いな〜」
こんな始末である。 私も流されるまま立ち上がった。 大人とは恐ろしい。 私はリズムに合わせて手拍子しながら自分より後ろの客席を見渡した。
「お〜〜 やっとる やっとる、 みんな言う事聞いてあげているな〜 よかった〜
『あたしら〜は立てらんで〜 かまんろ〜 座って聴きよっても〜』って、みんな座ったままやったら綾香ちゃんに悪いもんな〜 でもどうせやったらもっと楽しそうに手拍子してやったら良いのにな〜 えらい難しそうな顔して・・・ 眉間にしわ入ってるぞ。 うわっ! あっちもや、こっちもや。 こりゃ千何百人もの大人がしかめっ面で手拍子してたらさぞ歌いにくいやろうな〜 」
彼女も必死で歌っている。 途中お色直しを兼ねて映画仕立ての仕掛けがあり、それには皆一様に
「お〜〜」
と、感激の拍手があがった。
さ〜〜〜〜ついにエンディングが近づいて来た。 今度は何を要求してくるだろう。もっとも最後だから盛り上がって終わりたい気持ちは分かるが、こちらとしてはじっくりと・・・
彼女はバックのミュージシャンと共に片手を振り上げリズムに合わせて左右に振りだした。
『いろいろあるんだな〜』 お客も辛いが出演者も辛いな〜 やっぱり表面的に盛り上がらないといけないのだろうか。 私たちはじっくりあなたの歌を聴きたいのだが。
さすがに全員が手を振っている訳ではなかった。 ま〜許してあげてちょうだい・・・
一応の盛り上がりを見せてプログラムは終了した。 そしてお約束のアンコール。
その拍手がかなり長い間続いてやっと皆さん再登場。 エンディングの感じからしてアンコールの予定はなかったのだろうか。 鳴り止まぬ拍手に本当に驚いていた様子だった。
『何だ〜 みんなしかめっ面だったから怒ってんのかと思っちゃった。 いい人達じゃん!! 高知の人って』
心の中で綾香ちゃんはそう思った。 きっと! そして応えてくれた。 ジャズのスタンダードナンバーだ。
“カモニ マイ ハウス”
ハスキーな太目の声がジャズにぴったりだ。 素敵なアンコールで素晴らしいコンサートを締めくくった。
ところで・・・切に思う。 ライブハウスで『平原 綾香』を聴きたい。 過度なPAはなしで適度な音量で。 スタンディングも腕振りもいらない。
大人対応のあなただから。

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