6月 6日(水) 晴れ
近頃は日が長くなってなかなか太陽が沈もうとしない。 7時過ぎだと言うのに辺りはまだ明るく、雲は淡いオレンジ色に染っている。 水平線まで届くにはもう少し時間が掛かりそうだ。
そんな夕方1台のバイクが止まった。
「あっ、いらっしゃい」
「ご飯食べに来た〜〜 ん〜〜〜 今週のカリーは・・・」
「今週は“スリランカ式 ココナツミルクのカリー”! これは良くやるけど今回のは少し作り方が違うで〜 いつもは豚肉の薄切りを使うけど今回は“豚の肩ロース”を使った。 美味いよう〜〜」
「じゃ〜それと、後でキーマンの紅牡丹とラズベリームースくださ〜い。 そう言えばこの前のブログの“ブマンテツ!” 聞いてみたいな」
オホッ! なになに? “ブマンテツ”、いやいや“武満徹”を聴きたいとな? あんたも好きね〜
「ね〜ね〜武満聞いたことなかったっけ? 何? ない? よっしゃ、掛けたろ〜 でも帰り道気を付けや! 思い出したら下へ落ちるで〜 知らんで〜 ほんまにええの? 」
彼女は山の方に住んでいる。 帰る頃には山道はまっっっっ暗だ!! 墨の中を泳ぐように1台のバイクが走る。 一本のヘッドライトだけが頼りだ。 バックミラーに何か映らないだろうか。 何も映らなければ良いのだが・・・ ああ〜〜〜この音楽を彼女に聞かせても良いものか。
「ほな、行くで! ・・・・・」
例の“弦楽のためのレクイエム”
バイオリン、チェロ、コントラバスたちが重く重なり合いそして軋み合いまるで悪夢にうなされているかのようだ。 漆黒の中を一人彷徨い走る彼女の姿が浮かんだ。
「・・・どう?・・・」
「うふふ〜〜 へ〜〜〜? うふふ〜〜〜」
「怖くない? ・・・」
「うふふ〜〜 なんかサスペンスみたい うふふふふふふ〜〜〜」
彼女は全く怖がる様子もなく食後のキーマンを楽しんでいる。 どうした事か。 普通女の子はこういった音楽は皆怖がるものだが彼女はそれどころか微笑さえ浮かべている。
『うふふふふ〜〜〜〜 うふふふ〜〜〜』
音楽はどんどん緊張感を増していく。 クライマックスに達した時聴きなれているはずの私の方がなんだか恐怖に満ち溢れて来た。
“なんか今日はいつもより怖いな〜 おかしいな〜”
窓の外はすっかり闇になっていた。 この店だけがぽつんと置き忘れられたような感じになっていた。
カウンターの中から駐車場に取り付けた明かりが見えた。 枯れた椰子の木を途中で切ってその上にビンと電球で作った物だ。
“あれっ!! 今日あの明かり点けたっけ? いや! 点けた記憶はないな。 でも点いてるな。 もう閉店時間だし消してこよう”
そう思って私はその明かりを消す為に外に出た。 特に気にしないでその明かりの電源の所に行きコンセントを抜こうとした時・・・・
「・・・コ、コンセントはささってない・・・ 明かりも点いていない!!! そんな馬鹿な! さっきカウンターから外見たとき確かにこの明かりは点いていたはず。 見間違えるはずはない。 だって自分で作った物だし、しかもビンと電球で作ったやつだから他の物と間違える訳はない!!」
しかし実際コンセントは刺さってない訳だし勘違いってこともある。 気を取り直して店の中に戻った。
店には大音量の“武満徹”が充満していた。 再びカウンターに戻り外を見た。
“点いている!!!!! コンセントの刺さってない明かりが点いている!!!!! ・・・”
「うふふふふ〜〜〜」
「・・点いていないはずの明かりが点いてる???」
「うふふふふ〜〜 」
彼女は微笑を浮かべながら武満を吸い込んでいた。
真っ黒に塗られた窓ガラスに確かにビンの明かりが映っていた。
曲は“地平線のドーリア”に変わった。 ノンビブラートのバイオリンがとても怪しい。
ありえない恐怖が背中を走った。 この事実をどう捉えたらいいか。 落ち着くしかない。 深呼吸をした。 もう一度した。 深く、ゆっくり。 一人じゃなくて良かった。 もう一度映った明かりを見る。 いや! 間違いなくその明かりが点いている。 ビンの中に裸電球、その周りの針金の装飾。 ん? 針金? 待てよ! 外の明かりには針金の飾りはしてないはずだぞ!! でも映っているのは飾りがあるな〜〜・・・なんだ! そうか。 分かったぞ!!
“F卓の明かりがガラスに映っているのか? な〜〜〜〜んだ 驚いたな〜〜 びっくりさせやがって・・・は〜〜〜〜やれやれ・・・・・よかった〜〜〜”
丸いテーブルの上にある照明も外のそれと同じようにビンと電球で作った物である。そっちに方は針金で飾り付けをしてある。
「あ〜〜〜良かった〜〜〜 まじ、焦ったよ!!」
こんな時によりによってBGMが“武満”だったもんでほんと良すぎる演出だった。
一件落着で全くタイプの違う“武満徹”を掛けた。
CDタイトル『明日晴れかな、曇りかな』混声合唱の物だ。
“武満”には合唱の曲もありほのかにジャズの匂いがする作品も多くある。
「うふふふふ〜〜 良かった〜 帰りがけにこんな音楽で・・・」
音楽は物凄く周りの環境を操る力がある。 同じ場面でも“怖〜い曲”を掛けるか、“楽しい曲”にするかじゃえらい違いだ。 明かりの一件の時でも、もし“ボサノバ”が流れていたらそんなに焦ったりしなくても冷静に判断できただろう。 そう言う意味でも
“音楽は恐ろしい存在だ。”

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