3月 12日 (木) 雨
彼と何気ない世間話が続く。 どうやら関東の人らしい。 言葉の違いですぐ分かった。
「関東からいらっしゃったんですか?」
「ええ。 東京です。 でも今は全て処分して車で放浪してます。」
・・・放浪? 放浪にはとても思えない。 身なりもすっきりしているし、しかも何やら余裕を感じさせる。
「いや〜 実は10年前に妻を亡くしまして、数年前に会社を処分しておまけに家も何もかも一切処分して車で生活してます。」
驚いた!! とても辛い裏事情があったのだ。 辛くて辛くて何もかも嫌になって全てを放り投げて・・・ ん? でもそんな風にはとても思えない。 むしろ少し早い第二の人生を満喫してるかのように明るくはつらつとしている。
「娘が芦屋に嫁いでいるのでそこを取り敢えずの住所にして、実質はキャンピングカーで気の向くまま全国を旅してます。 室戸には10日ぐらい前からかな。」
「キャンピングカー? もしかして道の駅キラメッセに居ました? 見かけたような気がしますが・・・」
「ええ そうです。」
「家も会社も全部処分してあの車買ってそれに入る物だけ持って行きたいとこに行って、良いですよ。 今はパソコンも携帯もあるので全く不自由ないですよ。」
そのとうりだ。 私達もここに来るまで何度も引越しをしたがその度に不要な物、何年も使ってない物を処分してきた。 要らないのだ。 要らない物に囲まれて暮らして来たのだ。 押入れは不要な物で占拠され何処に何があるのか記憶のノートさえ入る隙間もない。 数年前に話題になった新書本で、
“捨てる技術”
というのがあった。 気になりつつも買わないでいた。 いや! 買わなくて良かったかもしれない。 一部屋しかない現状では新書本一冊分の体積を確保するのが難しい。
「良かったら車見せてください。」
「どうぞ、どうぞ」
とても気持ちよく彼は車に案内をしてくれた。 白く大きな車だ。 高さはどの位あるのだろう。 3メートル以上ありそうだ。 扉が開いた。 彼が中から促してくれた。
「おじゃましま〜す。」
「うわ〜 広い! 凄いですね〜 これは動く別荘ですね。 流しもあるよ。 食器置き場も、パソコンもテレビも・・・ 運転席があるのが不思議な感じだな〜」
感動した!! 天然木を使った高級感のある車内しかも充分な広さがあった。 4人が座れるほどのソファーにテーブル、向かいには小さなオーディオセット、運転席の上にはベッドスペース、何も不便はないだろう。 生活に最低限必要な物は全部ありそうだ。
「最近はあっちこっちに道の駅はあるし温泉もある。 車にトイレとか風呂とかなくて良いんだよね。 むしろ無い方が後々楽だしね。 そのスペース分を見てここ!」
彼が一つの大きな扉を開けた。 服が沢山掛けられている。
「ここは本来トイレなんだよね。 でも要らないでしょ」
なるほど、納得。 あまりに快適なのですっかり寛いでしまった。 それにしてもここの中にいるといろんな事を考えてしまう。
“人は何故定住するのか?”
“大きな家が本当に必要か”
彼は言う。
「必要じゃない物が多過ぎる。 小さいと言う事はそれだけ経費がかからない。 つまり省エネだ。 エコだ。 この車で生活し始めてから身も心も軽くなった。 お陰で昔の仲間に『若返ったな』なんて言われるよ。 アハハ〜」
単に強がりで言ってたら身体から負のオーラが滲み出るだろう。 しかし彼からはそんなものは微塵も出ていない。 鮮やかな虹の上を歩いているかのように明るい。
「ちょっと東京に用事があるので行って来ます。 室戸は良いとこだよここは。 海も綺麗だし、魚は美味いし。」
すっかりお邪魔してしまった。 時間を忘れていた。 辺りは真っ暗になりプラネタリュームがすでに始まってる。
ドゥルル〜〜ン、 エンジンがかかった。
「また来ますよ。」
ハンドルの付いた別荘は満天の星の下を西の方に走って行った。

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