2010/8/22
見逃していた矢野顕子のドキュメンタリー「18年後のスーパーフォークソング 矢野顕子 歌とピアノと絆の物語」。録り置きしていた8/19の再放送を見る。
すばらしい。やっぱり、矢野顕子、最高のピアニスト。
スーパーフォークソングのビデオを見たのは10年くらい前だろうか。
ワン・ツー・スリーとリズムを刻みながら出だしのフレーズを何度も何度も繰り返すピアニストの姿。曲は「それだけでうれしい」。じっと耳を澄ますエンジニアの静かな佇まい。曲の中頃まで完璧な演奏がひとつのミスタッチで録り直しになる。ピアニストのいないところで、彼女は曲を途中で繋がせてくれないんだと苦笑するエンジニア。「一発録り」の真剣勝負、その現場の神々しさをカメラはモノクロームの光で定着させた。ピアノを弾く矢野顕子の美しさ、その指の動き、上半身をスイングさせながら、背筋から両肩を経て肘から手首を介して指先へと、美しい力動がなめらかに伝わっていくその姿に呆然と見とれるばかり。

正直、これまで自宅で音楽を聴くときにエンジニアの存在を意識することはなかったし、メディアで現場のエンジニアが前景化することはあまりなかった。音楽の制作現場から自身の演奏で活躍の場を広げたミュージシャンで、よく聴いたのは10ccだとかアラン・パーソンズ・プロジェクトくらいで、確かに彼らのアルバムの音はすごくよかったけれど、実際のところスタジオで演奏するアーティストの音がテープやハードディスクといった媒体に定着されるまでにどのようなケミストリーが生じるのか、私たちはそのことについてこれまであまりにも無関心だった。
現在までの矢野顕子の4枚のピアノ弾き語りアルバム、ライヴ一発録りということから、正直あまり録音エンジニアの出る幕があるのかとも思えるのだけれど、それぞれの場所のそれぞれのピアノとの対話から生まれる弾き語りアルバムの、その場の空気感も封じ込める現場監督としてのエンジニアの作業の重要性は私たちには窺え知れないものがあるのだろう。
SUPER FOLK SONG(1992) Home Girl Journey(2000)
PIANO NIGHTLY(1995) 音楽堂(2010)
今回の『音楽堂』の制作に際しても、エンジニアの吉野金次はひとつのアイデアを提示している。神奈川県音楽堂の10年物のコンサートグランドの低音を生かすことをねらいとして、ピアニストの左手側に二つのマイクを設置し、さらにピアノ低音の二つの音源を左右へ広がりをもたせて、その中に彼女の歌がくるまれるような音作りを考えたという。
矢野顕子の左手が奏でる音をとらえること。これはアメリカ音楽界の重鎮Tボーン・バーネットが2008年のアルバム『akiko』でもアルバムの音作りに際して焦点化したことでもあった。「顕子、君の左手が奏でる低音は強力だから、今回のアルバムはベーシストなしのセッションでいこう」それがアルバム制作の初期段階で彼が提示してきたアイデアだったという。エンジニアが音楽プロデュースに占める部分は決して小さなものではないのかもしれない。
吉野金次は、矢野顕子のピアノがますます成長してきているという。切ない詞を美しく歌い上げることに加えて、この5年でリズム感が格段に良くなってきたという。美しいけれども、儚いわけではない、力強さと凛々しさに満ちた音楽。これからも、矢野顕子からは目が離せない。
自分自身の数少ない矢野顕子ライブ体験の中で、彼女のピアノ弾き語りでもっともインパクトが強かったのは2000年7月18日の『Beautiful Songs』、2度目の大阪のパフォーマンスでの奥田民生の曲「すばらしい日々」で、この音源がおそらくCDに入れられたのだと思うのだけれど、久しぶりにアルバムをとりだしてみれば、これもエンジニアは吉野金次なのだった。

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2010/8/14
先週の日曜日8月8日、NHK-FMで正午過ぎから12時間のぶっ通しのラジオ番組“今日は一日プログレ三昧”が放送されました。私は当日外出していたのでこの番組を聞けなかったのですが、2chで親切な方が音源をupしてくれたので、先週はこれをiPodにおとして移動時間中ずっと聞いていました。NHK鹿児島でこれを録音していただいた方、ありがとうございます。
それにしても、NHKは思い切ったことをやってくれました。これまでも、昭和歌謡やアニソン、ヘビメタなどのテーマで行われてはいましたが、プログレという決してメジャーではないカテゴリーの音楽を一日中流し続けるというのは大英断でしょう。媒体としてのFMの新たな可能性を感じさせる画期的な企画ではないでしょうか。また事実、このような枠に長尺曲の多いプログレッシヴ・ロックというのはぴったりなのです。
今回は、パーソナリティの山田五郎氏をはじめ、清水義央氏(KENSO)や関根史織嬢(Base Ball Bear)などのゲストの面々のプログレに寄せる熱い思いがジンジンと伝わってきて、曲間のコメントや会話も楽しいものでした。失敗ジャケ買いのコーナーや清水氏の変拍子教室、クラシックの原曲との比較視聴などそれぞれのコーナーもツボにはまっていましたね。極め付けは、スタジオ・ライブのアルタード・ステーツのメンバーによる「クリムゾン・キングの宮殿」のアルバム完全コピー・ライブで、そこまでやるかという執念の凄まじさを感じました。

12時間で70曲余りのプログレがかかりましたが、終わってみるとまだまだ時間が足りないというのが正直なところ。それでも1曲目イエスの「危機」から始まった時にはこの番組にかける制作側の並々ならぬ思いが伝わってきました。ロゴタイトルはダテではなかったのですね。クリムゾンも後期はなくて最初が「アイランド」というのは、個人的にはグッときました。「プログレ好きって自分で詩を訳したりするんだよねー」という山田氏のコメントに頷く自分がいました。
夏にプログレは結構合うんじゃないかという話も確かにそうかもしれません。オザンナやアレアなどの熱い(暑苦しい)ロックを汗かきながら聴くというのもオツなものです。若くてかわいい関根譲がゴングやサムラ、タルなどについて嬉しそうに話しているのを聞くと日本の未来もまだまだ明るいと思えてきます。
個人的には、ケストレルやXレッグド・サリー、マンドレイクなど、持っていたまま長く聴かずにいたアルバムの再発見などもあってよかったです。鈴木慶一氏もアンソニー・フィリップスのファーストをリクエストしていて、さすが御大、目の付け所が渋いと思いました。私もこのアルバムは大好きです。ひとつ気になったのは、ELPのタルカスをカヴァーしたアーティストということで吉松隆や国府弘子、上原ひろみが話題になっていましたが、ピアニストの黒田亜樹の「タルカス&展覧会の絵」への言及がなかったこと。これは次回があればリクエストしましょうか。
それともう一つ、曲を取り上げるときにこれはプログレではないという言い方は極力避けたいところです。プログレというのは偉大な折衷主義の産物であって、いろいろな要素がハイブリッドに混交しているところが面白いところです。ですから、個人的にこれがプログレだと思えばプログレになるんですね。この曲のこういうところがプログレだ、ここをこう聴けばこれも立派なプログレだというスタンスのほうが、聴こうと思う音楽の領域が広がっていいと思いますよ。
最後に、番組にならって私的ジャケ買い失敗・成功のコーナーです。
左(ジャケ買い失敗):“ZYGOAT”Burt Alcantara
青が基調の幻想的で美しいジャケットアートに釣られて、スケールの大きなシンフォニック・ロックを期待したが、蓋を開けてみると何やらうねうねとしまりのないシンセ・ミュージック。北村昌士のライナーノーツも内容に困惑してか焦点の定まらない記述に終始している。
中(ジャケ買い成功):“Fully Interlocking”SOLUTION
オランダのグループ。本国では当時結構人気があったらしい。エッシャーやマグリットを思わせる幻想画とマッチして、音楽に派手さはないがAOR的でしっとりとした抒情派シンフォ。大阪のとある古レコード屋で安く手に入れた見本盤のお下がり。実際に店頭で見たことはない。
右(ジャケダサで内容も今一):“FUSION”Lockwood・Top・Vander・Widemann
なんだか安直なタイトルとジャケに抵抗を感じたものの、このメンツなら間違いはないだろうと思って購入した輸入盤。期待が大きすぎたのか、悪くはないが何だか煮え切れない内容でほとんど聴かずじまい。どうしてマグマの面々がこんな企画盤めいたアルバムを作ることになったのか。

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