忘却の川へ流れ去る諸々をしばしこの岸辺に繋ぎとめて..日記についての日記、もしくは不在の人への手紙。
2007/3/17
久しぶりの休日の土曜、寒いけれど気持ちのいい快晴でした。
地元の学校の公開講義に出かけました。この学校はSHH(Super Science High school)指定校ということで、大学との連携で様々なイベントやプログラムが組まれていて、土曜日の公開講義もその一環として行われたものでした。お題は「脳の不思議を科学する!」ということで、ATR脳情報研究所所長の川人光男氏と国立精神・神経センターの本田学氏のそれぞれ50分毎のパワーポイント講義とパネル・ディスカッションという構成でしたが、それが非常に面白かったので、ここに書きとめておこうという次第です。
お二人とも素人にも興味をわかせるようなわかりやすいプレゼンテーションでしたが、内容は非常に高度なものでしたから、正確に内容をまとめられるかどうか自信はありませんが、話半分ということで。
川人氏の講義で面白かったのが、ブレイン・マシン・インターフェース(Brain Machine Interface)という技術でした。人の脳と機械を直接繋いでしまう技術ということで、事故で下半身不随になったアメリカ人の紹介がありましたが、彼は脳に直接100本の電極を差し込んで、自分のPCに直結させ、脳のニューロン信号をデジタル化し、その情報によってPCのカーソルを動かしてメールを読んだり、テレビのチャンネルを変えたり、ゲームで遊んだりといったことを行っているのでした。
川人氏の発想の面白さは、脳をただ机上にのせて観察・研究するだけではなく、脳科学とロボット工学をダイレクトに結びつけて「脳を創ることによって脳を知る」、つまり、脳の信号をロボットに送り、報酬と罰という学習機能を介在させながらフィードバックさせることによって、ロボットに人間のような動きを習得させているところにあるでしょうか。そのことを彼は「教師有学習」とか「道具の内部モデル」と話していたようです。
もう一人の本田氏もユニークな研究者です。彼は芸能山城組のメンバーでもあり、あの大友克洋の『アキラ』の音楽にも携わっていたということです。芸能山城組自体がリーダーの山城祥二=大橋力をはじめとしてユニークな研究者集団という別の顔を持っているようです。
本田氏の発表も「美と快の脳科学」という題で非常に刺激的で面白いものでした。自身の音楽現場の発見からのエピソードから話がはじまりました、音楽を聴く場合、人には聴こえない22khz以上の高周波の音を重ね合わせて聴く場合とそうでない場合とでは音楽の聴こえ方が全く違うのだそうです。高周波の音を合わせて聴くほうが圧倒的に音楽がいいという感覚が音楽人に共通してあるのですが、それは音響実験の検証では説明がつかないものでした。それに対して本田氏は様々な科学的・文化論的な知見から説明を加えます。22khz以上の高音域を人が聴くと遅効的に脳内にドーパミンなどの快楽物質が発現されることが実験によって明らかにされ、それが人を気持ちよくさせるのだということです。そして、その音楽が嵩じた場合、人は憑依トランスの状態にまでなるといいます。
その格好の例がバリ島の祝祭であり、このような高周波域を豊かに持っているガムランの音楽を長時間聴き続けながら祭りに参加する人々は徐々にトランスに入っていくのです。とくにクラウハンという祭りでは、祭りの重要な役割を担うバロンという獅子のお面を被ったキャラクターがいて、彼が祭りにトランスの状態をつくるきっかけとなりますが、そのお面の裏側にもたくさんの鈴が取り付けてあって、それが出す高周波音によってバロンの演者のトランスを加速させるのではないかと説明されていました。ガムランをはじめとして、発声法でもモンゴルのホーミーなど、民俗音楽にはこういった高周波帯域の音が豊かに存在するといいます。逆にピアノなどの音にはこういった高周波は含まれません。また、CDなどの音も意識的に不可聴域の音はカットされるので22khz以上の音は含まれません。このような高周波の音は自然界に多く存在するということで、通常の暗騒音や都市の喧騒、そのほかの環境音も含めてそれが最も多く含まれるのが熱帯雨林の自然音だということです。
もともと人類はアフリカの熱帯雨林から生まれ出で来たのであり、その音は人類の生存にとって非常に重要な要素なのではないかということ。古来より人々は、このような高周波帯域の音の性質を認めた上で、祭りなどの麻薬効果にうまくそれを利用してきたのではないかということです。バリなどの劇場国家はとくにその要素が強くなるでしょう。本田氏はバリの水利組合と祭祀共同体の複雑な錯綜関係を引き合いに出しながら、そこに祭り=トランス的快楽による社会の調節・統制システムが働いているのではないかと示唆します。とにかく、高周波帯域が不足しがちな都市の人工音の環境が今後人間にどのような影響を及ぼすことになるのか、非常に心配だということです。
会場には生徒たちや一般の人たちもたくさん詰めかけ、積極的な質問が飛び交い、なかなか楽しかったです。限られた一部の教育現場ではありますが、このような知的興奮を掻き立てる取り組みも行われているのだということが興味深く、こんなレベルの高い話が聞けるなんて、今の子供たちはつくづく恵まれているなと思いました。

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投稿者: イネムリネコ
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