部員紹介や歴代記録の確認等はコチラ→一橋大学体育会水泳部
2012/9/23  引退してしばらく経過  引退

お久しぶりです。4年の木舩です。
最後に、この部ログを書いたのは、だいぶ前だったように思います。
ログインのページが最初見つかりませんでした


なぜ久しぶりに書く事になったかというと、僕も森と同じく、他の同期よりも先に引退したからです。森と同じく、大学院受験のために引退しました。
今までの先輩方のように、部活と勉強の両立することができれば良かったのですが、バイトの関係もあり、また自分の力不足が原因で両立することができませんでした。大部分が自分の勉強不足が原因ですが


さて本題に入ります。
「あなたはなぜ水泳をやってきたか」

僕は、多分水泳が楽しかったからだと思います

何が楽しいかと言われるとよくわかりません。
僕はずっと水泳を続けてきましたが、練習が嫌な時もありました。
やる気がでないとかちょっと調子に乗った発言もありました

でも、やっぱりベストタイムが出たりすることは楽しいものでしたし、次の大会でもっとタイムを上げられるように練習頑張ったりとやる気が出たりもしました。

部活に入ってやることも楽しかったです。キツい練習でも部員のみんなとすることで頑張れる時もありました。
水泳は一人でやるにはなかなか頑張れないような気がします。負けたくない相手とか目標タイムとか。
何より仲間の存在が楽しくしてくれたのだと思います。


ただ今水泳を離れて正直泳ぎたい気持ちでいっぱいです。楽しみを取られた日々を送ってます


楽しみがなくなっただけでなく、後悔も残った気がします。結局のところ僕は中途半端だったなと思いました。
大学の水泳でも中途半端になった気がします。結果もいろいろと。

なので、先輩としていい見本にはなれなかったのではないかと思います。後輩に何かを残せる立場でもなかったとも思います。

こんな中途半端にならないように最後までやりきってほしいと思います。

文章がグダグダになってしまいましたが、まとめると後輩のみんなには最後までやりきって欲しいということです


最後になりましたが、これまで応援してくださいましたOBOGの方々、ありがとうございました。OBOGの方々から多くのことを教えていただきました。ご迷惑をお掛けすることも多く、また大変お世話になりました。本当にありがとうございました。



次は、赤塚に回します。
1

2012/9/17  お久しぶりです  引退

お久しぶりです。森龍之介です。
自分は法科大学院受験の準備のために一年早く部活を引退させていただきましたので、ここに書かせていただくのは約一年ぶりです。


同期よりも一年早く部活からいなくなった身としては、引退扱いにしてもらって、ここに引退の記事まで書かせてもらうことはおこがましいと思うのですが、主将や部のみんなが引退扱いにしてくれるとのことなので、その厚意に甘えさせていただこうと思ってます。


受験の経過についてですが、とりあえず私立を確保いたしましたので、あとは国立に向けてもうひと頑張りしていこうという段階です。頑張ります。





さて、本題の「あなたはなぜ水泳をやっていましたか?」についてです。
部活を三年半続けた他の同期と一緒になってこれを書くというのはどうなのだろうかとも思うのですが、一橋大学水泳部の部員として引退させてもらえるので、自分もこれについて書かせていただこうと思います。


自分は中学、高校も水泳部に所属していました。そして、その時その時で水泳をやってきた理由はまちまちです。なので、「あなたはなぜ大学でも水泳をやっていたのか」について書かせていただこうと思います。


自分の高校水泳生活最後の半年間は自分の中ではかなり充実したものであり、特に思い残すこともなく、大学に行ってまで水泳を続ける気はほとんどありませんでした。

しかし、大学に入学してサークル紹介を見て回っているとき、水泳部の人に話しかけられ、そのまま水泳部のブースに連れて行かれ、話を聞くことになってしまいました。話を聞けば、朝練だし、土曜は練習があるし、正直「うわー、ダルっ」としか思いませんでした。

ただ、家に帰って、サークル紹介の時に渡された水泳部のチラシの『今後の予定』の欄に『全国国公立大学選手権』と書かれているのを目にしたとき、「大学には国公立大学の全国大会があるんだよ」と高校の部活の顧問が言っていたのを思い出しました。それを聞いた高校時代の自分は「国公立の全国大会くらいなら自分でも出場できるんじゃないか」と思った記憶があります。
このことを思い出して、もしかしたら自分でも全国大会に出場できるかもしれないと思いあがりました。

なので、「あなたはなぜ大学でも水泳をやっていたのか」の理由はやっぱり全国公に出たかったからというのが一番大きいと思います。

ただ、結果だけ見れば、全国公に個人で出場することはあと一歩及びませんでした。しかし、リレーメンバーとして出場させてもらうことができたので、全国公の試合で泳ぐことはできました。泳いでる間はテンションが上がりっぱなしでした。ですので、出場させてくれた部のみんなには感謝でいっぱいです。


そういうわけで、入部当初は全国公に出ることしか考えていませんでした。だから、一年の夏季で関カレの標準記録を切ったときも、全国公の標準記録と自分の記録の差に愕然としただけで、喜びは大きくなかったように思います。

ただ、周りの先輩達を見ると関カレに懸ける思いは並大抵のものではなく、関カレの標準を切る、なんとしても決勝に残り、一点でも多く獲るという気概がビシビシと感じることができ、この大会の大きさを徐々の知っていきました。

そして、いざ関カレが始まると、自分なんかは全然決勝には及ばず、ダメダメでした。そんな中、決勝に残り、大声援の中で泳ぐ先輩や同期をものすごくかっこよく思いました。そして、「自分も決勝に残り、得点をとり、部活の貢献したい!」と思いました。

これが「あなたはなぜ大学でも水泳をやっていたのか」のもう一つの理由です。

これについては、その翌年に達成することができました。決勝の大声援の中で泳ぐのは気持ち良かったです。


月並みですが、やっぱり大学で水泳を続けることができたのは、目標になる勝ちたいと思わせてもらえる先輩、切磋琢磨しあえる同期、負けたくないと思わせてくれる後輩、そして、OB・OGの方々のご支援があったからです。自分は二年半しかいませんでしたが、本当に感謝しています。勧誘された時、そのままスルーしてしまっていたらもっと寂しい大学生活になっていたと思います。ありがとうございました。

次は木船に回します


2

2012/9/14  引退です!  引退

松村です。ついに最後のブログとなりました

初めてブログを回してくれたのが花井だとは記憶にありませんでした(笑)

彼が書いている通り、最近立川にオープンした、黄色の看板でおなじみのお店で働き始めました。8月は水泳一色の生活でしたが、ここ数日はアルバイトの記憶ばかりです・・・そろそろ泳ぎたくなってきました


さて、「なぜ水泳をやってきましたか」という問いです。

最後の数カ月は部活について色々思いめぐらしていましたが、改めて何か書こうとすると難しいです。


私が3年半水泳をやっていたのは、
水泳が学生生活で唯一がんばれることだったからだと思います。

では、なんでがんばれたのでしょうか?

水泳が好きだったからです。
そして、すてきなメンバーに恵まれたからです。



運動なんてろくにしたことがなかった私でしたが、新歓コンパに参加したのは水泳部だけ(人見知りのせいです)、見学に行ったのも水泳部だけ(面倒くさがりだからです)で、早々に入部を決意しました。あまり先のことは考えていませんでした。

そもそも水泳部に入ったきっかけは、ひとつ上の先輩が作った「選手求む」とかかれたビラでした。選手求む・・・なんかかっこいい!と心を動かされたようです。

深く考えずに入部したので、始めはとても大変でした。
朝練の後、なんでこんな辛いことしてるんだろう・・・と家で泣きました。
水泳やるために大学に入ったんじゃないよね、とかなりネガティブになる時もありました。

でも、気が付いたら部活優先の生活になっていて、日常生活のいろんなことを、すぐ水泳と結び付けてしまう自分がいました。

それほどまでに水泳の魅力に引き込まれた上に、一橋大学水泳部に自分の居場所を与えてもらっていました。



「最大のリスクは何も夢中になれることがないまま人生を終えることだ」


と、最近誰かがテレビで言っていました。

本当にそうですよね。
勉強でも、スポーツでも、趣味でも、仕事でも、なにか夢中になれることを見つけられると、自分らしく生きられるというか、充実感が生まれてくるのでしょう。


この長いようで短い大学生活の間、水泳という夢中になれることに出会えて、本当によかったです!



そして、ありきたりな表現ですが、ひとりではここまで来れなかったと心から思います。

水泳部を昔からずっと見守ってくださっているOBの方々。
今まで培われてきた伝統を、教えてくださいました。名前を覚えてもらえるだけでも嬉しく、いつもたくさんの方に応援していただいているのだと感じていました。遠方の大会にも応援に来ていただき、そのたびに身が引き締まる思いでした。

卒業してからもつながりを持ってくださる少し上の世代の先輩方。先輩たちの背中を見て、色々なことを教わりました。自分のことだけではなくて、後輩のため、部活に何か残したい、と行動する姿がとてもかっこよく、憧れました。

そして、同期。いつも頼りっぱなしでした。初めは男の子しか居なくてさみしく思いましたが、今ではそんなことも思わないくらいみんな頼もしい存在です。引退まで、本当に支えてもらいました。

最後に、後輩たち。疲れているのに攻めのサイクルで練習したり、私よりもたくさん練習に来ていたり、頭があがりませんでした。
悩む時もあるかもしれないけれど、引退まで水泳部を続けてほしいなと思います。最後にならないと見えないものは、きっとあると思います。



文章が下手なので伝えきれないこともたくさんありますが・・・
これからもこの部活への愛着は消えないことは確かです。


みなさん今までありがとうございました。



次は、ひさしぶりの登場!森龍之介君に回します





1

2012/9/12  最後です。  引退

こんばんは。
4年の花井です。
ついに最後です。最後なので新たにカテゴリを追加してみました!

例年ですと、この9月は部活がないのでぐーたらすごし、オフ明けに悲惨な状態となっているのが常ですが、今年は最後の夏休みということで何を血迷ったのか旅行やらなんやら多忙な日々を過ごしています。
引退しましたと周りには言っておりますが、正直その実感はまだありませんね。10月からまた練習があるのではないかという気がします。きっと10月になってさみしくなり、みんなを自分の家に呼んでしまいそうです(笑)。

さて本題の
「あなたはなぜ水泳をやっていましたか?」
という問いですが、自分には特に理由はなかったと思います。入部したときから当たり前のように、早起きしたり、小平へ自転車をこいだり、他大へ行き、そして練習し、楽しく飯でも食べて帰る。体育会としての理由としては宜しくないですが、こうしたあたりまえな時間を過ごすことができたことが一番の理由なのかも知れません。
 書いてみたら前回の中村君の「なぜ水泳部に関わっていましたか?」の答えになっていました。

ではこの水泳(水泳部)によって、何が違ったか、特に一番頑張った水球について考えてみました。
何となく始めた水泳、特に全くの未知の領域であった水球も好きになっていました。
一年の時は3人しかおらず、嫌で仕方がなかった時期です。しかし、人数が増え少しはでいるようになってきてから、その嫌な感じはなくなってきました。印象的なのは、2年の時突き指でOB戦を上から見ていましたが、そのとき無性にやりたい感じがし、水球やりたいんだ、好きなんだということが分かりました。そこからは部員もそろいだいぶ環境が良くなり、ただ練習が楽しくなりました。練習を増やしても抵抗はなく、往復2時間以上かけて他大へ行くことも苦ではなくなりました。

また、この大学の部活では本気になることができました。今までの自分はどこか冷めているところがありましたが、水球でこれほど勝ちたいという思いでやってこれました。そして三商や学生リーグで勝った時のことは今でも新鮮で今後忘れることはないと思います。

いうまでもなく、とても充実した部活生活でした。このように過ごせたのも同期や先輩、後輩、それを支えてくださったOBの方々、総じて水泳部のおかげです。
本当にありがとうございました。
今後はOBの一人として水泳部の活躍を見るのが楽しみです。

次は最近立川でバイトを始めたという松村に回します。
ちなみにみどりさんは僕のこのブログにおいて、最初にブログを回して最後にブログを回した人でした(笑)
0

2012/9/5  引退  

こんばんは。4年の中村です。引退してから早1週間が経とうとしています。
締めコンは今シーズン最大に荒れたものとなり、1、2年生が大変なことに
なっていました。もうこんな、皆が皆リミッターを外して騒ぐような飲み会は
ほとんどないかと思うと(卒コンはありますが)、少し寂しいものがあります。

さて、恒例のお題です。
「あなたはなぜ水泳をやっていますか」
このテーマで書き出そうと思いましたが、自分の水泳歴は小学校でちょっと
と大学4年間だけですし、この4年間のことで「水泳」だけにフォーカスする
のは違う気がする。ので、2年前の森先輩のテーマを拝借したいと思います。



「あなたはなぜ水泳部に関わっていましたか?」



「水泳部での活動、人との関わり、
それら全てひっくるめて楽しく、充実していたから。」




改めて4年間を振り返った時に、出てきた思いです。
勿論楽しいことばかりではありませんでした。関カレに出場するために泳ぎ始めた
バタフライの練習は死ぬほど辛かったですし、あの汚い小平水もおそらくリッター単位で
飲みました。合宿では、1回も外に出ることなく、食って泳いで食って泳いで食って寝る、
この繰り返ししかしてない自分を、なんでこんなキツいことやっているのだろうと1年の
頃は思ったこともありました。自分のミスや怠慢で、先輩やOBの方々からお叱りを
いただくことも少なからずありました。
 それでも最後まで挫けることなく続けてこられたのは、たくさんの楽しさと喜びを、
この活動を通していただいてきたからです。それも、自分一人に帰属するものだけでなく、
チーム全体で分かち合えるものを。1年前の初夏、初めて200mバタフライで関カレの
制限タイムを切った時、レース中泳いでいる横でずっと応援し、自分のことのように
喜んでくれる部活の皆のことを、今でも鮮明に覚えています。関カレに出場することができる
ことよりも、そこまで必死に応援してくれ、一緒に喜びを分かち合ってくれた皆の存在がうれしかった。
日々の練習の中で、お互い競い合い努力を重ね、最後の一人が泳ぎ切るまで声を出す、それが
仲間と頑張ることの楽しさだ、「チームとしての競泳」だ。実際に泳いでいて、そのことを実感し、
納得はしても、やはりそれまでどこかもやもやとしていたものが、鮮明になった瞬間でした。



――――――――――



 長いようで短い大学生活、数ある選択肢の中から水泳部という道を選んだことは、
本当に幸運でした。得難い経験をたくさんさせていただきました。有形無形の多大な
ご支援を下さったOBOGの皆様には感謝してもしきれません。
4年間、本当にありがとうございました。



読み返してみると、あまり上手くまとまっていませんね笑。
次は花井に回します。
1




AutoPage最新お知らせ