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2013/9/30  新体制  

お久しぶりです。
新体制になり主将になりました。宮内洋平です。

今まで、僕は3チームで水泳をやってきました。どこでもキャプテンや主将なんてやる気もないし、横でちゃちゃ入れるのが僕の役目だったのでまさか大学になってこんなことになるとは思いもしてなかったです。
しかし、決まってしまったからにはやらなきゃなりません。頑張っていきます。

さっそく今日から新体制での練習が始まりました。
やはり2年半一緒に練習してきた先輩方がいない練習というのはさみしく感じます。
いつも同じコースで泳いでいる先輩、隣のコースでいつも競り合っていた先輩、先輩の力の大きさや存在の大きさを肌で感じてます。
色々言っても始まらないのでこれからは引っ張っていけるだけの力を付けていきたいです。
最大の目標は来年も関東学生選手権になります。
今年はいろいろな幸運が相まって無事三部に残れたのでこの先輩方が残してくれたものを今年も継承していけるよう精進してまいります。


次は水球面主将の米田創貴に回します。
よねだよろしく
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2013/9/27  「前」主将の三浦です。  引退

こんにちは!前主将の三浦です!
すでに引退してから1か月たちました。
毎朝決まった時間に起きる生活が終わり、いまやすっかり堕落した生活になっています笑
部活をしている頃はやりたいことが山ほどあって、いくら時間があっても足りなかったのに、引退した今は「今日はなにしようか」と悩む日がたびたびあります。
本当に部活づくしの生活だったんだな、と改めて実感しています。

みんなも書いている「なぜ水泳をやってきたか」を僕も書くことにします。

僕は小学校の時からずっと水泳を続けてきました。
最初は兄がやっていたために、なんとなく始めたのを覚えています。
その後も、中学、高校、大学と、すべて水泳部に入りました。
それはもちろん泳ぐことが大好きだったからというのもありますが、
競泳ならではの、「自分と戦う」というのが楽しかったのだと思います。

競泳は、もちろん他の選手たちともタイムを競うわけですが、
それ以前に過去の自分自身との戦いになります。
偶然や運というのは、ほとんど関係なく、あくまで実力勝負。
結果が出せなければそれは全て自分の責任です。
逆に、努力すれば必ず結果に結びつくともいえます。
かなりの負けず嫌いの自分にとって、結果に言い訳のできない、その明快さが好きでした。

こういった理由で競泳をやってきた中でわかったことがあります。
それは、競泳は1人ではできない、ということです。
競泳は個人競技であり、別に一人でも練習できますし、大会にも出られます。
しかし、1人だけでは絶対に続きません。
練習や大会のとき、「あいつが頑張ってるんだから自分も頑張ろう」、
「あいつには絶対に負けたくない」というように、
周りの人の頑張りを見て刺激を受けなれば、到底続けられるものではないと思うのです。
少なくとも、心の弱い僕はそうでした。

そういう意味で、部活という場所は競泳をするにあたって最適の場所でした。
常に周りから刺激を受けることができ、仲間とともに一緒に上を目指せる。
練習が大っっっっ嫌いな僕が今までやってこれたのは、仲間がいたからです。

先輩、後輩、そしてなにより、同期。
この仲間たちと一緒に頑張ってこれたことが、部活を通して得られた何よりの財産だと思います。


そして、主将としてやってきたことでおそらく誰よりも強く感じたことがあります。
それは、OB・OGの方々にどれほど支えていただいているか、ということです。
この場をおかりして、お礼を言わせてください。
本当にありがとうございました。
これからは自分がOBになるわけで、先輩方にしていただたいた分を
しっかりと後輩たちに返していこうと思います。

最後に、これだけはどうしても書いておきたいと思います。
4年間本当に辛かったけど、楽しくて、すごく幸せでした。

さて、いよいよ大学の夏休みも終わりを迎え、部活のオフも明けます。
宮内主将の下での新体制がスタートするわけなので、
次はその意気込みなどをお願いしたいと思います。

それでは宮内、よろしく!
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2013/9/23  おら、水泳部が好きだ!  引退

おはようございます

今回でブログの順番が回って来ないことに、ちょっとホッとしている田中遥です
実はジャージ姿で駅に向かう時も、ベランダに干すのでさえ、ビジネスエリート日本代表を背負っているような気分がするというか、中身と外見が合わなくて。。いつまでも慣れませんでした

思えば大学一年の春
水泳をやりたくて、探し求めた水泳部。コンパにいってもいいですか?というメールを出し、返事を待たず、お邪魔させて頂きました。
そして気がついたら引退。じぇじぇ
今、振り返ると水泳部での濃い時間の中で、尊敬できる先輩に囲まれ、日々を思うとなんのためらいもなく、水泳部の先輩をはじめ、同期や後輩をすごい!と思います。
中学高校をみても、先輩との繋がりはほとんどなかったような。仲いい先輩というと、物理の先生ぐらいでしたので。

だから、水泳部に出会ったことで、私は変わったんじゃないかと思います。
OB・OGの方をはじめ、絆の強さや先輩方の部活や後輩への愛情。メガロスや大学でプールを持っている練習環境。
時には引退し数十年たっている先輩が毎年何度も、部員全員分のしゃぶしゃぶをおごり、面白い話をしてくださる気前も性格もいい方がいらしたり。今、思うと後輩にしかも私は他大学。そんな子の分まで、ご馳走するなんてなかなか出来ることじゃない。話を伺う機会なんて滅多にないので、いつも楽しみでした

とにかく、いい人にも、いい環境にも恵まれ、強く長い歴史ある体育会で過ごせて、感謝しています
内心、いつ、つまみ出されるかとハラハラしていました。でもお陰様で無事に引退を迎え、見方や考え方もずいぶんと変わった気がします。また、なにより前向きに頑張ってる部員に、励まされ、勇気をもらえ、最後の関東大会での声援は今でも忘れられません

まだまだ水泳部は最高!という話をしたいのですが、ノロケていると、うんざりされてしまうかもしれないので、この辺で。

それと
なぜ水泳をやってきたか。ですが、水泳経験は小学生の時だけなので、この水泳部が新たなスタートだと思います。
いつか、八十歳になった時にでも答えられるよう、元気モリモリで泳いでいたいです力こぶ
まよが書いてたように、一人は寂しいので、同期の女子に泳いでる〜?一緒に泳ごう〜と誘い誘われ、ほそぼそと。
最後に大好きな水泳部を離れることはとても悲しいですが、今後も泳ぐことを続け、何事にも前向きに頑張っていきたいと思います

次は、八十歳になっても、素敵なおじさまになり威厳をはなってそうな三浦くんに回したいと思います

よろしくお願いしまーす!!
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2013/9/19  お世話になりました  

こんばんは。金城です。

今僕は愛知の実家に帰省中です。内々定先から毎週送られてくる「ちゃんと勉強していますか?このままだとまずいですよ?」メールに怯えながら日々勉強に励んでいます。

さて、「あなたはなぜ水泳をやってきたか」ですが、たくさん理由はあります。ただその中で一貫して自分の中にあったのは「頑張っていない自分が嫌い」ということです。僕は何度も頑張らない経験をしてきました。そして頑張らない・楽をしてしまったことを何度も後悔してきました。
僕の中で水球・競泳はすべての事柄の中で一番きついものです。ですが、だからこそ水球・競泳の練習で全力を出せたとき、試合で自分を出し切れたときには、「頑張ることができた」と感じることができました。
水泳を全力でやることで、自分の嫌いな「頑張っていない自分」を出さないようにすることができました。
これが僕が水泳をやってきた理由です。少しわかりにくいですが、思ったままを書かせていただきました。


OB・OGの皆様には本当にお世話になりました。直接的にも間接的にもご指導・ご支援いただいたことに心から感謝しております。あまり感謝の気持ちをお伝えする機会がなく、ブログでしかお伝えできないことをもどかしく感じます。
また、お世話になっておきながら学生リーグ・三商で不甲斐ない結果となってしまったことをお詫びいたします。


水球メンのみんなは、自分が後輩だった時には考えられないくらい真面目に、一生懸命練習しています。現役部員に求められるのは何よりも練習することだと思います。みんなの頑張りは、必ずOB・OGの皆様に伝わるはずです。今以上に一生懸命練習に取り組んでください。


最後になりますが、一橋大学の水泳部に入らなければ経験できないことがたくさんありました。
素晴らしいOB・OGの皆様、同期・後輩のみんなに恵まれ、僕は幸せ者です。
ありがとうございました。

次は遥ちゃんに回します。よろしく!
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2013/9/14  ありがとうございました。  

お久しぶりです。四年マネージャーの小早川です。
(元?)主将の故郷、山形にてこのブログを書いています(._.)φ来る途中仙台駅でなぜか米田くんとすれ違って、世間は狭いなーと思いました!


本題に入ろうと思いますが、まずは、多大なご指導、ご支援をして下さったOBOGの方々には心から感謝しております。この場を借りて御礼申し上げます。本当にありがとうございました。


さて、毎年恒例となっている問い『あなたはなぜ水泳をやってきましたか』ですが、私はマネージャーだったので、『あなたはなぜ水泳マネージャーをやってきましたか』という問いに変えさせて頂きます。
それは、『水泳部が好きだったから』と『理想のマネージャー像である先輩がいらっしゃったから』です。


一つ目の答えは単純すぎるかもしれないですが、私は本当に水泳部が大好きでした。毎日毎日朝早くからハードなメニューをこなし、水泳と真剣に向き合う選手たちが私には眩しくて、そんな選手たちと関われることが私にとって誇りでした。こんなできの悪いマネージャーですら必要としてくれて、部員の一員として認めてくれたことが私はすごく嬉しかったです。だから、少しでもみんなの役に立ちたいと思いながら活動してきました。選手たち一人一人の泳ぐ姿、水球をする姿、速くなろう強くなろうと必死に練習する姿が私には輝いて見えました。陳腐な言葉でしか表現できず情けないですが本当に輝いていたのです。立場は違うけれど、こんなみんなと目標を共有できることが嬉しくて、少しでも認めてもらいたくて、その思いがマネージャーを続ける原動力の一つでした。


そして、二つ目ですが、私にはこの三年半を通して、常に「理想のマネージャー像」がはっきりと頭の中にありました。お世話になった先輩マネージャーのようになりたくて、少しでもいいから近づきたいと思っていました。部活動のことで悩んだとき、「あの先輩だったらこうするだろうな」とか「こう考えるだろうな」と勝手に想像して答えを出すことも多々ありました。私には到底叶わぬ目標ではありましたが、先輩方の存在がなければ、私は最後まで前向きに部活動を続けることはできなかったと思います。
感謝の気持ちしかありません。


最後になりましたが、この三年半一橋大学水泳部の一員として活動させて頂けたことを私は心から感謝しています。たくさんの素敵な出会いと経験をさせて頂きました。本当にありがとうございました。
私は引退しましたが、今後も水泳部の皆さんの健闘をお祈りしています。
頑張って下さい!


次は金城君に回します☆彡よろしく!
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