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2015/9/29  続引退の辞  引退

こんにちは。
4年生リレーの1人目は有田が務めます。
名字の都合で何かと先陣を切ることが多く、いつも理不尽に思う訳ですが、どこに訴えれば良いのでしょうか。今度こっそり教えて下さい。

先日引退を迎えました。
手帳の日記も部活についてばかり。水浸しな大学生活でした。
また来月になれば、窓越しに朝日を浴びながら、水飛沫、笛の音、部員の声が聞かれると思って疑いませんが、もう新シーズンはスタートしているのですね。
ゴミ収集車の音で目を覚まし、食欲と裏腹にぽってりしたお腹を眺めながらそんな事を思う毎日です。


本題に入ります。
毎年恒例の「なぜ水泳をやってきたか」ですが、一言で言えば、「先輩の魅力」でした。中高にプールがなく、水泳とは縁のない生活を送ってきた私にとって、競技としての魅力も大きかったですが、新歓の際に飲食店で騒ぎすぎない、挨拶を欠かさない、入部した後、怒っても翌日には笑ってご飯をご馳走してくださる、そのような(大袈裟ですが...)尊敬できる先輩方に肩を並べたい!という思いが一番強かったです。

他にどんなお話をすれば良いかわからないので、1年生から振り返る事にします。
どのように思うか、人それぞれかと思いますが、鼻で笑ってもらえれば十分です。笑

・1年生
練習に付いて行けなかった記憶しかありません。同期の初心者も必死で泳いでいましたが、私はすぐに弱音を吐き、当時のマネージャーさんをはじめ多くの方にご迷惑をおかけしました。そんな中でも近いコースの先輩方が声をかけて下さったり、主将がドリルの時間に指導してくださったりし、なんとか続ける事ができました。

・2年生
合宿前後から膝を痛め、シーズンで1度しか大会に出られませんでした。
シーズンの殆どをプールの上で過ごし、これ程不全感を感じた事はありませんでしたが、今となっては貴重な経験でした。
当時の水友にも書きましたが、「誰でもできる事を積極的にこなす事」これがその後の目標となりました。例えば、下宿組以外より先に練習に行く、大会等の片付けを率先してやる等、大した事ではありませんが、ここで腐らずにいられた理由です。

・3年生
幹部学年として、特に会計という役職上、大会運営、大学、OB・OGの方々、多くの方々と折衝を行うのが非常に楽しく、また同時に部活動を支える環境を知り、身の引き締まる思いをしたのをよく覚えています。
競技では先輩後輩に関わらず、様々な泳ぎ方、意識を教えてもらい、一番成長でき、充実した時期でした。

・4年生
それまで見上げてばかりでしたが、最高学年という立場になり、正直荷が重かったです。学業、部活、就活と、なかなか両立できず、結局夏季公認では関カレ標準も0.9秒足りませんでした。終わった直後こそ、惜しいと思いましたが、その大会でそれぞれの目標を切った後輩、友人を見ると大きな0.9秒であったと思っています。
何より、関カレ後のみんなの充実した、あまりに眩しい表情を見ると、「自分が思うより先に限界と達成感があったのだな」と思わずにはいられなかったです。

そんな4年間でした。
入部して以来、先輩方から、ここはクラブチームではなく、「部活」である、という話を伺い、意識してきました。強さだけではない、初心者も含め、みながフラットにやりがいを持つことを目指す部活が大好きでした。



最後に、私を部員として受け入れて下さった先輩、後輩、同期、また、日頃からご支援いただいております、OB•OGの皆様に心から感謝申し上げます。
私も以後、水友会の末席に加えて頂き、現役部員の活動を見守りたいと思います。皆さん、応援しています。



レポートさながらの長い文になってしまいました。失礼いたしました。


2人目は金子です。
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2013/9/27  「前」主将の三浦です。  引退

こんにちは!前主将の三浦です!
すでに引退してから1か月たちました。
毎朝決まった時間に起きる生活が終わり、いまやすっかり堕落した生活になっています笑
部活をしている頃はやりたいことが山ほどあって、いくら時間があっても足りなかったのに、引退した今は「今日はなにしようか」と悩む日がたびたびあります。
本当に部活づくしの生活だったんだな、と改めて実感しています。

みんなも書いている「なぜ水泳をやってきたか」を僕も書くことにします。

僕は小学校の時からずっと水泳を続けてきました。
最初は兄がやっていたために、なんとなく始めたのを覚えています。
その後も、中学、高校、大学と、すべて水泳部に入りました。
それはもちろん泳ぐことが大好きだったからというのもありますが、
競泳ならではの、「自分と戦う」というのが楽しかったのだと思います。

競泳は、もちろん他の選手たちともタイムを競うわけですが、
それ以前に過去の自分自身との戦いになります。
偶然や運というのは、ほとんど関係なく、あくまで実力勝負。
結果が出せなければそれは全て自分の責任です。
逆に、努力すれば必ず結果に結びつくともいえます。
かなりの負けず嫌いの自分にとって、結果に言い訳のできない、その明快さが好きでした。

こういった理由で競泳をやってきた中でわかったことがあります。
それは、競泳は1人ではできない、ということです。
競泳は個人競技であり、別に一人でも練習できますし、大会にも出られます。
しかし、1人だけでは絶対に続きません。
練習や大会のとき、「あいつが頑張ってるんだから自分も頑張ろう」、
「あいつには絶対に負けたくない」というように、
周りの人の頑張りを見て刺激を受けなれば、到底続けられるものではないと思うのです。
少なくとも、心の弱い僕はそうでした。

そういう意味で、部活という場所は競泳をするにあたって最適の場所でした。
常に周りから刺激を受けることができ、仲間とともに一緒に上を目指せる。
練習が大っっっっ嫌いな僕が今までやってこれたのは、仲間がいたからです。

先輩、後輩、そしてなにより、同期。
この仲間たちと一緒に頑張ってこれたことが、部活を通して得られた何よりの財産だと思います。


そして、主将としてやってきたことでおそらく誰よりも強く感じたことがあります。
それは、OB・OGの方々にどれほど支えていただいているか、ということです。
この場をおかりして、お礼を言わせてください。
本当にありがとうございました。
これからは自分がOBになるわけで、先輩方にしていただたいた分を
しっかりと後輩たちに返していこうと思います。

最後に、これだけはどうしても書いておきたいと思います。
4年間本当に辛かったけど、楽しくて、すごく幸せでした。

さて、いよいよ大学の夏休みも終わりを迎え、部活のオフも明けます。
宮内主将の下での新体制がスタートするわけなので、
次はその意気込みなどをお願いしたいと思います。

それでは宮内、よろしく!
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2013/9/23  おら、水泳部が好きだ!  引退

おはようございます

今回でブログの順番が回って来ないことに、ちょっとホッとしている田中遥です
実はジャージ姿で駅に向かう時も、ベランダに干すのでさえ、ビジネスエリート日本代表を背負っているような気分がするというか、中身と外見が合わなくて。。いつまでも慣れませんでした

思えば大学一年の春
水泳をやりたくて、探し求めた水泳部。コンパにいってもいいですか?というメールを出し、返事を待たず、お邪魔させて頂きました。
そして気がついたら引退。じぇじぇ
今、振り返ると水泳部での濃い時間の中で、尊敬できる先輩に囲まれ、日々を思うとなんのためらいもなく、水泳部の先輩をはじめ、同期や後輩をすごい!と思います。
中学高校をみても、先輩との繋がりはほとんどなかったような。仲いい先輩というと、物理の先生ぐらいでしたので。

だから、水泳部に出会ったことで、私は変わったんじゃないかと思います。
OB・OGの方をはじめ、絆の強さや先輩方の部活や後輩への愛情。メガロスや大学でプールを持っている練習環境。
時には引退し数十年たっている先輩が毎年何度も、部員全員分のしゃぶしゃぶをおごり、面白い話をしてくださる気前も性格もいい方がいらしたり。今、思うと後輩にしかも私は他大学。そんな子の分まで、ご馳走するなんてなかなか出来ることじゃない。話を伺う機会なんて滅多にないので、いつも楽しみでした

とにかく、いい人にも、いい環境にも恵まれ、強く長い歴史ある体育会で過ごせて、感謝しています
内心、いつ、つまみ出されるかとハラハラしていました。でもお陰様で無事に引退を迎え、見方や考え方もずいぶんと変わった気がします。また、なにより前向きに頑張ってる部員に、励まされ、勇気をもらえ、最後の関東大会での声援は今でも忘れられません

まだまだ水泳部は最高!という話をしたいのですが、ノロケていると、うんざりされてしまうかもしれないので、この辺で。

それと
なぜ水泳をやってきたか。ですが、水泳経験は小学生の時だけなので、この水泳部が新たなスタートだと思います。
いつか、八十歳になった時にでも答えられるよう、元気モリモリで泳いでいたいです力こぶ
まよが書いてたように、一人は寂しいので、同期の女子に泳いでる〜?一緒に泳ごう〜と誘い誘われ、ほそぼそと。
最後に大好きな水泳部を離れることはとても悲しいですが、今後も泳ぐことを続け、何事にも前向きに頑張っていきたいと思います

次は、八十歳になっても、素敵なおじさまになり威厳をはなってそうな三浦くんに回したいと思います

よろしくお願いしまーす!!
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2013/8/28  あなたはなぜ水泳をやってきたか  引退

こんにちは4年の尾見です。暑さも和らぎましたね
先日行われた三商大戦へ応援に来ていただいたOBの方々、本当にありがとうございました。そしてその期待を裏切ることになり、申し訳ありませんでした。

最後の三商には特別な思いがありました。昨年神戸大に負け悔し涙を流してから、次は必ず借りを返すという思いで今日までキーパーの練習に臨んできました。目標としていた学生リーグでの複数勝利を逃した以上、三商での水球優勝は絶対果たさなければならないものでした。
市立に5mでのペナルティー合戦に持ち込まれ、左端にシュートを打たれ負けが確定した時は頭が真っ白になり、部員の誰にも顔を向けられませんでした。あのミスが無かったら、あそこでシュートを防いでいたら勝てたのにと、後悔ばかりが湧いてきます。

特に後輩たちには、一度も勝ちを見せてやれなくて申し訳なく思います。3年生の時に初めて勝った時の嬉しさは僕の自信になり、その後のエネルギーにもなりました。特に初心者にとって、一回でも勝ちを経験することは精神的に大きな支えになります。後輩たちにもそれを与えたかったのにできなかったことが、本当に申し訳ないです。

この3年半の水泳部生活の中で、水球を2年と8か月、うちキーパーを2年間させていただきました。中高と競泳をし続け、大学からもなんとなく競泳をやりたくて水泳部に入りました。水泳を始めたきっかけは周りの勧め程度のものでしたが、それをずっと続けてこれたのはやはり楽しかったからです。

辛くて辞めたくなる時もありましたが、ベストを更新する楽しさや、みんなで練習する楽しさがなければやっていけなかったでしょう。水球にも、競泳とは違った楽しさを見つけられたからここまで本気になれたのだと思います。
僕の場合キーパーですから相手のシュートを防いだ瞬間とかいろいろありますが、とにかく言葉では書ききれないほどの楽しさがありました。

競泳・水球含め、とくに一橋水泳部はこれまでで最も楽しく充実した水泳生活を与えてくれた場だと断言できます。こんな経験は引退してからは味わえないだろうと思うと名残惜しいです。

後出しみたいですが、「あなたはなぜ水泳をやってきたか」というテーマの答えは以上となります。

最後になりましたが、同期や後輩の皆さんにはいままで本当にお世話になりました。ありがとうございました。卒業するまでにはまだ時間があるので、できるだけ練習にきて指導面で協力できればと思います。(特に花岡)
長年水泳部を支えて下さったOBの方々にも、改めてお礼を申し上げます。僕もOBとして奮起し、尾見さんの会が開けるぐらい稼ぎたいと思います

しばらく4年生の記事が続きます。次はチッサーに競泳にかけた想いを語って欲しいと思います。


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2012/10/1  引退  引退

こんばんは。4年の赤塚です。遅くなりすみません。最後の部ログを書かせて頂きます。

さて、「なぜあなたは水泳をやっていましたか」というテーマです。

僕が水泳を続けてきた理由は「悔しいから」です。

水泳が好きにもかかわらず、タイムの遅さから「いちおう、水泳をやっていました」と卑下してしまう自分が悔しかった。
いつも森にあとちょっとのところで勝てないのが悔しかった。
怪我で練習ができず、花井に抜かされたことが悔しかった。
人手が足りないのに、水球に参加できないことが悔しかった。
泣くけーすけや堀江を見て、自分の無力さが悔しかった。
4部降格を自分のせいだと責める木舩になにも言えないのが悔しかった。
初心者の福井さんに勝てない自分が悔しかった。
新入りの宮内にも横国の同期にも完敗した自分が悔しかった。
これからという時期に本気になれず、関カレを泳ぎ終わっても何の感慨も湧かない自分が悔しかった。
志半ばで引退した同期に自信をもって「3部残留してみせるから」と言えない自分の実力が悔しかった。
いつまでたっても100の関東標準を切れない自分が悔しかった。
最高学年として部を引っ張るタイムが出せないことが悔しかった。
全国公に出られなかった自分が悔しかった。
未だに得点をしたことのない自分が悔しかった。
応援してくれるみんなに応えられないことが悔しかった――。

最後の関カレの最後のレースで得点できたことで、はじめてこの3年半の自分を許すことができると感じました。
たった2点ですが、いまは水泳を続けてきたと胸を張って言うことができます。

悔しいと思える環境、頑張ることのできる環境、これらは快く支援して下さるOBOGの方々、そして部員であるところの先輩、後輩、同期なしでは考えられません。
水泳を納得するまで続けることができたこと、自分は幸せだったと本当に感謝しています。
3年半、ありがとうございました。

次はけーすけに回します。
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