沖縄の話をするときに、「オバァ」という言葉、
オバァという存在を抜きにしては語れない。
沖縄に産まれ出でたら目も見えない内からオバァと出会う。
そして自分の寿命を終えるとき、ニライカナイで両親と
一緒に迎えてくれるのもオバァがいるそうだ。
このような紹介をすると、ロマンチックな空気が肌を触れる。
沖縄の唄に「うやのいうこと、かんのことば、
ばっしんなよ〜」と言う一小節。
標準語にすると「親の言うことは、神の言葉、忘れるなよ!」
と言う意味。
親と言うのは、子供の親。当たり前のことでも現在この世で
一家の家のトップであり物を考え指図をする人、
それが「オバァ」である。
オバァの特徴として多くみられるのが、自分の言うことが
すべて正しい!と思っているのが「オバァ」
子供たちの数倍人生をかさねてきて、多くの失敗と成功を見て
体験して実践してきた人なのだから、たとえ間違いであっても、
そう簡単には認めない。
あきらかに間違っているのを気づいたオバァは、
「ヒャッ ヒャッ ヒャッ」と不気味な
笑いでまるめこもうとするのもオバァ特有である。
色々と祝い事や行事が多い沖縄では、昔からのしきたりを知る
オバァという存在はかかせないのだ。たとえ沖縄県知事で
あろうとも、自分のオバァには逆らえないはずだ。
沖縄で一番偉い人といっても過言ではない。
それがオバァという宇宙のような存在である。
