【小説 国王記 05】
クルグランのによってボルイ村を占拠していた賊は一掃された。といってもそれですぐに村の生活がもとに戻るというわけでもない。
賊どもによって村の働き手にあたる男たちは多くが殺されていたし、放置されたままになっていた彼らの遺体も埋葬してやらねばならない。
クルグランが殺した賊どもの死体も同様だ。生きていたときがろくでもない奴ばらだっただけに、長く放っておくと良くない神を呼び集めるもとになりかねない。しばらくは、そうかなりしばらくの間、村の生活はもとに戻りそうにもなかった。
なによりも村人たちからは気力というものが失われてしまった。ごく一部の者を除いては、死体の片づけさえ子供のオライが指図してやらねば誰も動き出そうとはしないほど皆無気力で魂だけラノート神に奪われしまったかのような有り様だったのだ。
指図を受けないでも自分で行動できる大人は少数ながらいた。誰になにも言われずとも自分から働いていたのは数人の女たちだった。といってオライを手伝って死体の片づけをするというわけでもなかったのだが。
彼女たちは皆クルグランに群がっていたのだった。
賊どもを一掃したあとのクルグランは、特に何をするでなく、賊どもが占拠していた家、かつての村長の家に居座っていた。
そのクルグランに女たちは群がっていたのだった。
クルグラン自身がなにか要求したわけでもないのに女たちは食べ物や酒を彼のもとへと運んでやり、その世話を焼いた。
そして賊どもに無理やり供させられていた自分たちの肉体さえ、自ら積極的にクルグランに差し出していたのだった。
オライなどにはむろん詳しいことはわからない。だが幼いだけに、女たちの行為がなにやら後ろぐらい汚らしいものに見えたことだろう。ましてその女たちの中に自分の姉が混じっているとあっては。
彼はクルグランに対してなにか圧倒的なもの、憧れとも畏怖ともつかない感情を抱いていたのだが、それとクルグランのところから戻ってきた姉のひどく消耗していながら満足しきったような潤んだ目つきを見るときのなんともいえない複雑な気持ちとの折り合いは容易につけられそうもなかった。
日に日に女がましさを増していく姉に対して隔意を感じずにはおれないオライだったのだ。と
午後。乾いたひやっとする風が村をすり抜けていく。すぐに農期は終わりを告げる。そうすれば冬だ。ろくに収穫もなかった今年、村はどうなってしまうのか。幼いオライにはそこまでの考えはなかったが、それでも寒々しい村の風景にどうしても心をささくれ立たせずにはおられない。
壊れた荷車に腰掛けたオライは、手にしていた石くれをぶんと遠くに放りなげた。石はなににぶつかるでもなく、地面の上を何度か跳ねて止まった。
石の止まったところにクルグランがいた。野盗どもとは違って、彼はずっと家の中に籠もっているということはなかった。日に何度かはこうして外へ出て歩き回っている。クルグランがオライのところへ歩いてくる。まるで巨象のような重々しい足取り。
「お前たちの暮らしは貧しいな」
オライはうなずきもせず答える。
「このあたりの土地はどこももともと貧しいんだ。一生懸命働いても、大して作物も取れない。けど、そればかりじゃあない。野盗どものせいだ。あいつらが荒らし回っているせいで、どこの村でもまともに田畑をやっていられない。だというのに、王様は税を納めろというばかりで奴らを退治してくれない。それどころか、逆らった村にはさむらいを送って襲わせさえするんだ」
熱っぽいオライの言葉に、しかしクルグランの方はさして興味を示したようではなかった。だが、ぽつりと
「野盗に、さむらいか」
とだけは言った。
そんなクルグランが村を出ると言ったとき、引き止める者は誰もいなかった。
村に残った乏しい食べ物と、それから女たちを独占された格好になった生き残りの男たちはいざしらず、あれほど彼にまとわりついていた女たちも、わずかな未練もみせずに歩み去っていくクルグランをぼんやりと見送るばかりであった。
ただひとり、オライだけがクルグランのあとを駆け足で追いかけた。
「待て!」
「なんだオライ」
「行くのか」
「ああ行く。俺は戦わねばならん」
オライはひと息おいてから叫んだ。
「おれも連れていけ!」
クルグランは答えないまま再び歩き出した。
「俺も連れて行け!」
クルグランの歩みはさして急いではいなかったが、オライにしてみれば駆け足でなければ追いつけない。
あっという間に村の境を出た。
そう気がついてオライは背後を振り返る。
そこには生まれてこの方、ほとんど離れたことのなかった村の全体が見渡せていた。
上り坂の上から見るボルイ村は複雑な凹凸を見せる丘の間に押し込んだように小さく見えた。
オライはクルグランの背中に叫んだ。
「俺も連れて行け!」
初めてクルグランが答えた。
「俺は誰も連れていかぬ」
「じゃあ俺は……!」
「お前はお前の思うところに行けばいい」
一度も足をゆるめないまま、クルグランは道を進んでいく。
その背中をしばらく見つめていたオライは、再び村の方を見て、そして走り出した。
クルグランの背中を追って。
つづく

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