ニミウラ姫が故国を逐われてはや一年になる。ついてきたのは老さむらいのイグエひとりのさみしい道行き。
けれどさみしいわけは人数のせいばかりではない。
「まったく、あの程度の腕前で姫様の婿になろうとは笑止!」
槍の血脂を拭い終えたイグエはからからと笑った。
「笑止! ……じゃないわよ、この馬鹿っ」
「こ、これは姫様、お怒りのご様子……」
さっきまで獅子神のようにいかめしい顔をしていたイグエは姫の怒声におおいにうろたえた。
そのイグエの平たくつぶれた鼻先に、ニミウラ姫はびしりっと指を突きつける。愛らしい姿の姫君なのだが、それだけにというべきか、こうして怒っているときには妙な迫力がある。
「そうよ、いかってるわよ! せっかくのわたしの婿候補だったのに、なんてことしてくれるの!」
「いや……そうは申されましても、姫様の婿にめったな男は……」
姫は弁解するイグエの横をつんとすり抜けると、いまや遺骸となって動かなくなった男の身体を足先で小突いた。
次回へつづく
『ニミウラ姫の純潔』は、架空世界カナンを舞台にしています。
同じ世界を舞台にしたほかのおはなしをウェブサイト『神と人の大地』で読むことができます。

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