「あ〜あ。きれいな顔してたのに。殺しちゃうんだもの。台無しだわ」
婿候補、という割りにはぞんざいな扱いぶりだ。
「顔! 顔など、ドゴンドッチの色子であればともかく、王家の男子にとって飾りのようなものでございますぞ」
「なあに言ってるのよ。男は顔よ、顔。料理ひとつだって、顔のいい男の作った料理の方がその逆よりずっとおいしく感じるもの。私の初めてだって、どうせなら顔のいい方がずっと気持ちいいに違いないんだわ」
「ひ、姫様! 王家の役割をなんと心得ますかっ。そもそもかような事態になったのも姫様のそのお考えが……は?」
くどくど言葉を続けようとするイグエを、あらためて姫が指先で遮った。
「お説教はあとあと。さっさと逃げないと」
「逃げるですと?」
「イグエ。お前いま誰を殺しちゃったか分かってる?」
「もちろん。商人エニゴノスのどら息子、長子テマブロスでございます」
えへんとばかり、イグエは胸を張った。姫は小さくため息をついた。
「大、が抜けているわよ。エニゴノスといえば、向こう百ダーリ四方でいちばんの大商人なのよ」
「そのようでございますな」
「なに落ち着き払ってるの。そのエニゴノスが自分のひとり息子を惨殺されて黙ってるわけないでしょっ! ばれたらすぐに手勢を連れて追いかけてくるわ」
「むむむ……」
「さあ馬を用意して!」
こうしてふたりはまた流浪の旅を続けることになったのだった。
次回へつづく
『ニミウラ姫の純潔』は、架空世界カナンを舞台にしています。
同じ世界を舞台にしたほかのおはなしをウェブサイト『神と人の大地』で読むことができます。

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