夜の城下。外套を頭からかぶった姫と、鎧姿のイグエはミリ神の社へとやってきた。イグエの掲げた松明の炎にふたりの姿は水面に移った影のようにゆらゆらと揺らめいている。
女の裸身を浮き彫りにした艶めかしい二本の柱の間をくぐって拝殿へと進む。イグエにとっては初めてのミリの社だ。男の来る場所ではない。
「ふふ。まるで『赤目の仮面』みたいじゃない?」
「は?」
「もう、紙芝居のお題も知らないの? 見かけ通りの不調法ね」
「もうしわけありません……っ」
姫としてはこの道行きをなにか恋物語的な雰囲気になぞらえたかったらしいが、イグエにはそんな知識は残念ながらまるでないのだった。姫はため息をついて小さく手を振った。
「まあいいわ。お前はそこに控えておいで」
「は。いえ、しかし……」
「嫁入り前の娘の祈りの場にいっしょについてくるつもり? ちゃんと約束したでしょう? 逃げたりしないわよ」
「ははっ」
イグエはその場に膝をついて頭を垂れた。
「…………」
そのやや髪の薄くなった頭をしかめ面で見下ろした姫はすぐにそれを振り払うようにことさらに大きな動作で振り向いて、拝殿へと進んでいった。
次回へつづく
『ニミウラ姫の純潔』は、架空世界カナンを舞台にしています。
同じ世界を舞台にしたほかのおはなしをウェブサイト『神と人の大地』で読むことができます。

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