「か、金なら渡すから、どうか命だけは……」
そう金入れの袋を差し出す行商を俺は蹴り飛ばした。
「ばぁか。そんなもんがなんの役に立つんだよ。ここらじゃそんなもの、使うところなんかねぇんだ」
行商の手を離れた布袋からは、じゃらっと音を立てて銭がこぼれた。
「食い物か、着るもの。でなきゃ薬だ」
「そんなものは持ってない。私は、壺売りなんだから……」
「なんだとぉ」
「本当みたいだ。荷車の荷物、みんな壺だよ、空っぽの」
行商を脅しつけている俺の後ろで荷車に積まれた荷物をあさっていたゴスワンがのんびりした声で言った。
「なんてこった。壺なんかもらったって、俺たちには使い道がない……しょうがねえ」
「みっ、見逃してくれるのか?」
俺たちが自分の荷物に興味がないことがわかると、行商の男は引きつった笑顔を浮かべた。
「盗るものがないんじゃ、もう私には用はないだろう? な? じゃあこれで……」
這うようにして荷車の方へと向かおうとする行書の襟首をつかまえる。
「ななな、なにを……っ」
「取るものならあるだろうが。その服、脱いで置いていけ」
「ひいいーーっ」
裸の行商と牛に引かれた荷車が行ってしまうのを見送って、俺たちは街道を離れて森へと戻った。
俺たちはふたりでこんなふうにして、街道を通る商人や旅人を襲って暮らしている。襲うといっても俺たちはごくまともな方だ。必要なものを必要なぶんもらうだけで、殺しも滅多にしない。女だって、さらったり売り飛ばしたりなんてひどいことはしない。ちょっとお楽しみをさせてもらうことはあるが、そのくらい可愛いものだろう。
「スアルよう」
ゴスワンの声はあいかわらずのんびりだが、なんだか不服そうな響きがあった。
「なんだい」
「あの牛はもらわなくてよかったのかい? 久しぶりに肉が食えたろうに」
「ばぁか。牛まるまる一頭、ばらして食うのは大変だろうが。隠れ家の近くであれだけの肉を腐らせてみろ、えらいことになっちまう」
「そ、そうか。でも……肉が食いてえなあ」
張りだした枝をかがんで避けながらゴスワンがぼやいた。ゴスワンは俺より頭ふたつ背が高い。その姿を見ただけで降参する獲物も多いから助かってるが、実際には荒事はからっきしだ。殺し合いになればたいていは俺が戦闘に立つ。
「罠にもなんにもかかっていなかったしなあ。そこらの村でも、肉なんか滅多に食わねえし」
肉が食いたい、というゴスワンには俺も賛成だったが、いかんせん俺もゴスワンも、猟師の才にはまるで恵まれてない。そんなものがあったら、こんな生活はしていない。獣の神に嫌われているのかもしれないが、あのての神には変に好かれても困る。
「あの銭もってカライにでも行けば、肉を食えるんだろうが……まあ、そいつは無理ってもんだな」
「どうしてだよ」
「カライにゃ、さむらいどもがうじゃうじゃいるんだぞ。すぐに見つかってつかまって、首だけ晒されっちまわ」
「ううーーっ」
ゴスワンは呻いて自分の首を撫でている。
「まあ、明日になればまた誰か通りかかるだろう。なにか美味い食い物をもってるかもしれねえ」
俺たちはそんなふうにして、毎日を暮らしていた。
今日の次には明日があったが、その先になにがあるかなんて考えたりはしなかったのだ。

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