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ウナレの功績は、以下のようなものだった……。
●有能な部下が付き従ったこと
王妃を陰に日向に守り通したハンムーの近衛武人“粘り腰”のウドゥンを初め、ウナレは個性的で優秀な部下に恵まれていた。
神出鬼没で情報通のジャメナは、女装の舞姫にして謎のハンムー貴人。
宮廷楽士の少女トゥエラルヴァは、スクスを自在に操る元暗殺者だ。
モロロット王の命を狙って近づいた旧シクの王女イシュターノは、改心して“華の間”専属の舞姫となる。
王妃の策を戦に活かせたのは、老練なワフィスと若きシオンの二人の軍師がいればこそだった。
高名な傭兵隊長のズウェイも、後述する出来事から王妃に恩義を感じ、後にはカヤクタナの将軍となっている。
カヤクタナ古参の猛将の中にも、ソヴァ、ジャラルといった王妃の才能を認めた者たちがいた。
●“華の間”が役に立ったこと
ハンムー産のチャンをたしなみ、官能的な話題や舞に興じる……このサロンに集う奥方たちから、王妃はカヤクタナ貴族の情報を得ていた。モロロット二世が捕囚された時、反対勢力の動きを事前に牽制できたのもそのためである。
無論、“華の間”はハンムーの文化を伝える本来の役目も十分に果たしていた。王妃が美的センスに優れていたのは事実で、いつもその場に相応しい姿で人々を魅了した。爛熟したハンムー末期の貴人である彼女は、衣装や化粧が周囲にもたらす効果を熟知していたのである。
ムトジューアの「旅行記」にも、婚礼の儀に臨んでは「カヤクタナで仕立てた新緑のツァパレリ」で現れ、モロロット王に代わって軍議に臨んだときには「ハンムーの戦車競技コルモロックの衣服」に身を包み、ズウェイを籠絡する時には「薄衣を七枚重ねた扇情的な衣装」をまとい――と、王妃の衣装に関する記述が数多く残されている。
●身を挺して傭兵の離反を押さえたこと
クンカァンとの二度目の会戦に勝利したものの、モロロット二世が行方不明となり求心力を失った上に、カヤクタナは資金不足にも陥っていた。
金で動く傭兵たちの離反を防ぐため、ウナレは単身、最強の傭兵隊長ズウェイの宿所を訪ね、慰留を懇願した。
この説得が実を結び、軍議の席でズウェイは(王妃の個人的な財産から報酬を得ていたのを隠し)無料での奉仕を宣言する。他の傭兵たちが面子を保とうとこれに応じ、次々に無料での参戦を宣言したため、カヤクタナ軍はモロロット二世が帰還するまでに態勢を立て直すことができた。
●クンカァンとの休戦・通過条約を即断したこと
モロロット王不在のカヤクタナに侵攻したクンカァンは、休戦と軍の通過(領内の進軍についてはカヤクタナが補給を負担する)を迫った。
カヤクタナ側では、聖都防衛の壁となるべく徹底抗戦すべし――との意見が大半を占めたが、交渉に臨んだウナレ王妃は、独断で敵の要求を受け入れ、クンカァン軍にウラナングへの道を明け渡した。
聖都への忠誠を忘れたのとのティカンの代表者の非難に対して、王妃は「我が義祖父ナンハバスが何故に聖都をお救いできたか道々とっくりとお考え遊ばれるがよかろう。今、カヤクタナが滅ぶわけにはまいらぬのじゃ」と反論している。
彼女は(夫に気に入られたい一心で、ではあるが)英雄ナンハバスの戦記を学んでいたのだ。カヤクタナが滅びれば、ハンムーとヴォジクが真剣にウラナングを守るか危ぶんでもいた節もある。
また、通過時に一度でもカヤクタナの民や財貨に被害が及べば条約は破棄されたとみなす、と確約させてもいた。おかげでクンカァン軍は、魔賊を規律正しく行軍させるのに骨を折ることとなった。
●オロサス家の若者を支援したこと
通過中のクンカァン軍は、輜重隊を襲う盗賊にたびたび悩まされた。盗賊団はクンカァンの前王オロサスの紋章を掲げ、カヤクタナは彼らとの関係を否定した。
だが、ウナレ王妃が軍師のシオンを通じて、オロサス家の若者ムンディとオルクを秘かに支援していたことは言うまでもない。
彼らは、後にクンカァンを平定し、王妃のカヤクウル建国に力を貸すことになる。
●クンカァンにウラナングを占領させたこと
ウナレは、カヤクタナの英雄ナンハバスの戦略を手本とした。
通過を許した時点で、すでにクンカァンの聖都占領を見越していたのだ。
責めやすく守りにくい聖都を、彼女は「ウラナングは押しの強い殿方を拒めぬか弱い乙女のようなもの」と評している。
占領後には「これまで、クンカァンという殿方が気を配る婦人はボログロニ(クンカァン軍の根拠地)一つであったし、彼の地は守る必要すらなかった。じゃが、これで守らねばならぬものが二つ……守勢に立つのは難しかろう」とも述べていた。
彼女の唯一の誤算は、クルグラン王が普通に征服活動を行うと考えたことだろう。
だが、聖都奪還は容易ではなかった。クンカァン人の軍勢には有効な策ではあったが、闇の領域でカナン全土を覆う魔賊に対しては不十分だったのである。
●武人にない発想の転換をはかったこと
闇の領域が旧シクを覆った時には、彼女は誤算に気づき、モロロット二世と共に速やかに方針を修正していた。
人の戦をしない敵に対し、常識的な戦いを挑んでも勝てないと悟った彼女は、決戦に際して飛行都市ヴェニゲと古の獣との連携を図ったのである。
「最後の神」戦役では、人の戦いと同時に、秘史である神の戦いが進行していたが、ウナレ王妃とその信奉者たちは、人の戦いに最善を尽くすことが己が役割と心得ていた。
●クマリを救出し、その所在を隠したこと
モロロット二世の命で、占領下のウラナングから秘密裏にクマリ(レシマ)を連れ出したのは、ソヴァとズウェイだった。
救出されたレシマはカヤクタナに匿われたが、王妃はクマリの所在を隠すように進言した。「カヤクタナがクマリを抱え込んだ」という口実を他国に与えないため、そして、フィリシにせよレシマにせよ、うら若い娘が旗印に利用されることは、彼女の本意ではなかったからだ。
●ヴォジクの謀略にはまらなかったこと
王妃はバーブック王をこの時代における最高の策略家と意識し、国境を接していない遠国ヴォジクの動向にも常に気を配っていた。
いかなる戦局においてもヴォジクを警戒し、その影響力の浸透を許さなかったのだ。この布石がなければ、二十年後の東西二大国によるウラナング同盟成立はなく、ヴォジクとの争いが長く続いただろう。
●飛行都市ヴェニゲの処遇
ヴォジクの通商に対抗する切り札が、「最後の神」戦役時にカヤクタナから飛び立ったヴェニゲであった。
戦役後、ヴェニゲはモロロット二世から自由貿易の権限を与えられ、空飛ぶ交易都市として各地を巡った。大河を往き来するヴォジクの船に頼ることなく、交易が可能となったのだ。
ヴェニゲの太守となったトニ・トリュガルが、ウナレ王妃の信奉者なのは言うまでもなかった。
(後編に続く)

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